3-6
麗奈の青いスマホが振動し、連絡が届いたことを知らせる。
大体十分おきくらいに、何度も何度も。
相手はもちろん母さんだ。突然娘が家出したせいでパニックになっているのだろうが、そろそろ落ち着いてほしい。
もう僕の家に到着して、ご飯も二杯おかわりしたという
「電話、出なくていいからね」
浴室から麗奈の冷めたボイスが、反響しながら聞こえてくる。
星乃家がおねむの時間になって帰ったので、現在麗奈は入浴中だ。僕は順番待ちをしているのだが、「余計なことをするな」という釘を刺してきたのだ。
「わざわざ出ないよ」
母さんの面倒臭さは僕が一番知っている。だからこうして一人暮らしを始めたんだ。自分から歩み寄るなんて自殺行為に等しいと断言出来る。
そんな精神削られるような環境に、麗奈は置かれている。僕がされてきたことを受け続けているのだ。今後、どんなに短く見積もっても四年弱の間、ずっとだ。そんなの耐えきれない。
そして家出して今に至る訳だ。
小学生が一人、遠く離れた地まで家出する。褒められたことじゃないだろう。でも、僕に否定することなんて出来ない。
僕だって高校進学という大義名分があっただけで、母さんの元から逃げたという事実は変わらないからだ。
しかし、このまま家出した妹を
兄としては実家に戻ってもらうのがベスト。だけどその辛さを分かっている身としては、正直そんな酷なこと言いたくない。
だけど、伝えないといけないことなんだ。
いつ、どのタイミングで、どんな風に話せばいいのだろうか。頭を抱えてしまう。
「いいお湯だったよ、おにい」
「入らないの?」
入浴後早々麗奈はスマホをいじり始め、瞳だけこちらに向けて言った。ながら作業みたいだ。
「う、うん。後でね」
僕は
これからどうするつもりなのか。
聞き出すタイミングが掴めず二の足を踏んでしまう。
通知を消している目は、血色良い肌とは対照的に氷のような冷たさだ。どんな気持ちでいるのか、いまいち判別がつかない。
「あ、そうだ」
ふと思い出したかのように、麗奈が顔を上げた。
「ボク、明日の朝には帰るから」
「……へ?」
「だから帰るって」
何の脈絡もなく、そう告げた。
タイミングを
「ど、どうして急に」
「何?帰ってほしかったんじゃないの?」
「いや、それはそうなんだけどさ。あまりにもあっさり決めたなーっていうか……」
実家の
急にどうしたんだ、うちの妹は。
「あの子を見て、気が変わっただけ」
「あの子って……梨々花ちゃんのこと?」
「そ」
そういえば、夕食後にずっと二人で遊んでいたな。
あの時に何かあったのだろうか。
「それに、おにいもうまくやってるみたいで、安心したから」
「ぼ、僕のことは関係ないでしょ」
「梨々花ちゃんとお幸せにね」
「それどういう意味かな!?」
「別に?」
そう言って、麗奈ははぐらかすだけ。
実の妹だけど、その内面は謎に包まれていて困惑してしまう。
以心伝心、とまでは行かないまでも、通じ合うのが兄妹だと思っていたけど、そんなこと
結局、麗奈の真意は分からないまま、翌朝すぐ帰路についてしまうのだった。
因みに学校の始業時間には間に合わないので、盛大に遅刻して行くそうだ。その強靱なメンタルだけは見習いたいと思う。
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