第3話 原点あるいは分岐点
「おい、見てくれよ、これ」
廊下を駆ける声。差し出す手には青い石が輝いていた。透き通る石に日の光が差し込む。掌にすっぽりと収まる石は複雑な乱反射の混ざりあう光を放っていた。
「何?これ、青い……けど、宝石みたいだね」
幼さの残る二人だった。片方は日の光をよく浴び、シャツの襟から日焼け跡が見えていた。天然パーマのかかった出で立ちが一見すると異国人的に感じる雰囲気を醸し出している。手に持つ見慣れぬ青い石もこの雰囲気に一役買っているのかもしれない。もう一方の少年は曲がった背中が特徴的だった。眼鏡の奥からは紫がかった隈が顔を見せる。猫背とあいまってひどく不健康そうである。
「だろだろ?昨日道で拾ったんだけどさ、どっかで高く売れるんじゃないか?これ。いっかくせんきんってやつだよ、な?」
南国の海を思わせるような透き通る青は確かに特別に見える。磨かれたように滑らかな球面は授業で見た勾玉によく似ている。
「一攫千金ねぇ……」
目を細めて訝しげに一瞥する。怪しむ少年が見る限りでは、珍しくはあるが宝石というほどの代物ではないという評価だった。
「ただの石じゃないの?それか玩具。それにもし、それが宝石だったとしてどこで売るんだよ。大人じゃないと取り合ってくれないだろ」
徐々に全容を現し、差し込む朝日と同じように気づけば活気は満ちつつあった。喧騒に差し込む少年らの会話は教室にも名残を残す。
「それは……、わかんないけど、つまんないこと言ってないでさ、あるかもしれないぜ?俺たちくらいの年齢のやつがニュースになることだってないわけじゃないだろ、もし本物だったら……」
「はぁ、まぁいいけど、じゃあ放課後校門のあたりに集合ね」
溜め息を吐いて呆れたような作り笑いを見せる。しかし、目には一筋の期待感が宿っていたことを一方の少年は見逃さなかった。
「よし決まりだな。じゃあとりあえず―」
挙げる声が途切れる。壁にしては柔らかく、しかし自信を包むほどの巨体であった。肩に伝わる反発が男児二人を振り返らせた。
「邪魔だ、どこ見てんだ?お前ら」
胸に広がる黒い髑髏が怪しく笑っているように見えた。背中にプリントされた英字の意味を理解することなどできないが、きっと冒涜的な羅列に違いない。少年たちの視線は自然と上へと向かう。小学生に見合わぬ巨体と獲物を見つけたハイエナの如き表情に危機感を感じざるを得なかった。丸太のような腕が威圧的に彼らを覆い隠し、巨人の眼光を教室からでは拝めないことが下野には残念でならなかった。
「いや、その……」
「いいよ、いこう」
言い淀む少年の手を引いてもう一方の少年は立ち去ろうとしていた。しかし、阻むのは万力を秘めたかのような腕。掴む力の強さに思わず顔を顰めた。睨むように相手の顔を見上げても何処吹く風だった。たかだか小学四年生二人の感情の発露では二つ三つ上の彼の心を揺らすには至らなかった。少年らの乏しい経験では龍も目の前の障害も巨という点で何ら変わりない。
「おい、まぁ待てよ」
巨人の笑みを見てなお、笑いかける余裕などなかった。
「右手に持ってるそれが売れるとかなんとか、楽しそうだったなぁ、そんなに良いものだって言うんだったら見せてくれよ。何があって俺にぶつかったのかをなぁ」
後を引く喋り方が耳の奥にも残って離れない。少年たちに抵抗する気力はなかった。今までも微かに感じつつあった大人の言う社会の理不尽。空想のように遠く離れていた事実が眼前に立ち昇っていることは明白であった。差し出すことで安寧を得られるというのなら最高でなくとも生きていけるのだ。
「これでいいか?これで」
心に嘘をついているわけではなかったが差し出す手に降り積もる汚泥にも似た何かが存在していた。心から微かに溢れた反抗心は彼の荒れた語気のとおりだ。乱暴に奪い取られる石。目の前の大きな手と比べてしまうとひどく小さく見える。少年らもこれが宝石であるなど、元々本気で期待していたわけではない。目の前の光景は自ずから選んだのだと胸の奥に言い聞かせた。
「は?何だこれ、ただの石じゃねぇか。まぁとりあえず貰っといてやるよ。じゃあな」
巨体から想像できる通り彼の声はよく響く。舌打ち交じりの不機嫌な目つきと他者に打ち勝つ優越感の混じる口元が裏表のない無邪気さを見せていた。胸を張り他者に憚ることはない。彼こそ小さな王国の玉座に座る者なのだろう。石は彼が満足のいくものではなかったが、余興にはなったらしい。無遠慮に、力任せに他者を押し退けて去っていく。徐々に小さくなる背中は離れてみればちっぽけだった。
また一つ妥協なくを知った少年たちの背を眺めて感じるものがないはずがなかった。
「小四相手でも容赦なし、か。相変わらずだな石崎のやつ。あの身長で迫られたらたまったもんじゃない、何センチだ?160はあるよな」
「それであの力、石崎と同じ六年生だって手を付けられない。災害とでも思って耐えるしかないさ」
石崎博、彼の傍若無人ぷりといえば語るに尽きない。学校へ来ても街を歩いても、恐喝と暴虐の限り。何も知らず、何も持ち得ない小学生らは彼に成すすべなどなかった。確かに猿山の大将と言ってしまえばそれまでだか、獅子ならいざ知らず猿山に留まる児童が勝てる道理もない。新品の玩具を奪われただの、因縁をつけられ殴られただの彼の話題は年中事欠かなかった。先月、下野も菓子についていたキャラクターカードを奪われたばかりであった。なんの気なしに普段とは別の下校ルートを辿ったことが運の尽きだった。下野は高笑いと共に去っていった石崎を思い出し渋い顔をする。復讐心は胸のうちに燻っているがそれ以上に報復への恐怖心が激しく吹きつけていた。石崎はいつも一人だった。時折、彼につきまとう者はいる。さながら核弾頭のように、暴力装置のボタンだけをちらつかせていた。しかし、石崎は平等だった。傍らに人がいないが如く、彼には誰がどうであろうと関係がなかったのだ。日々の些細な違いで取り巻きさえ被害を被ることになる。最初は薄ら笑いを浮かべていた者たちもそんなことを繰り返すうちに離れていった。ゆえに彼は一人なのである。下野が彼を恐れるのはその見境のない暴力ではない。それ以上に人間性を掴みきれない得体の知れなさが下野に石崎を敬遠させていた。
「弱気だなあ、さとしは。悔しくないのか?悔しく」
机に腰をかけるしょうたは腕を振り意気込んでいる。
「ほら、こうやってワン、ツーでいけたりしない?」
テレビ番組の影響だろうか。見様見真似らしき彼なりのボクシングは空を切るだけだ。明らかに不慣れな腕の振りが石崎に届く光景は想像できなかった。
「無理でしょ」
「だろうな」
理解と納得は近いようで遠い。抗う自身を夢想することがそれを如実に表している。やり場の無い感情を見上げる。真っ白な天井の一部、微かな黒いシミが目立っていた。一つ、二つと刻まれた年数の分薄汚れていくのだ。人生の勲章であるか、悲しき宿命であるかはまだ二人にはわからない。しょうたは悲観的な人間ではないはずである。にも拘らず口から不意に漏れ出ていた。
「どうしようもないことばっかだな……」
「どうしたの?」
唐突な声に下野としょうたの肩が跳ねる。しかし驚きも束の間、後方からの声は聞き覚えのあるものであることに気がついた。
「おい、さおりかよ」
しょうたは先程の驚きなどなかったかのように平静を保った。
「そんな驚かなくたって」
「別に驚いてねぇよ」
さおりに被せるようにしょうたが話す。
「驚いてたでしょ、後ろから見てたんだから」
「驚いてるってことにしたいのかもしれないけど、残念ながら驚いてない」
時に小学五年生とは思えぬ知識を披露するしょうたも普段は年相応である。互いの主張を押し通す両者。それらを支えるのは微かなプライドなのだろう。感情的なさおりに対してしょうたは聞き齧った持ち前の知識で対抗する。
「これはな、本で読んだんだけど、ミオクローなんとかっていって、身体がビクッとなることくらいあるだろ?ウトウトしてるときとか、そうじゃなくても。それが偶々起きただけなんだよ」
「そんな屁理屈ばっかいってさぁ」
呆れるさおりを見てしょうたは勝利を見たようだった。おおかた彼の父親の書斎から漁った医学書からの出典だろう。しょうた、黒田しょうたの父親は医者、さらに父親の父親も、さらにさらにそれ以前も。紛う事なき医者家系というやつだった。彼もその影響は強く受けている。両親から医者になれ、と強く圧されたことはない。絶対に、確実に、私が、と口にしたことはなかった。しかし、しょうたには口以上に視線が形にならない両親の気持ちを語っている気がしてならなかった。結果として中学生の兄は有名私立へ進学したし、将来はしょうたもそうなるのだろう。家が環境が家族が良くも悪くも人格形成において多大な影響を誇っている。それが彼に追い立てられるような焦りと同時に純粋な知識欲を成した。だからこそ彼は貪欲に知識を吸収した。彼の父親の居ぬ間を見計らって読む専門書は彼を満たしてくれている。今回のミオクローヌス(自身の意思とは関係のない運動を起こしてしまう不随意運動の一つ)はそんな余暇に手に取った知識だった。知識の力を実感したのか、知らない単語には反応しきれないさおりを見て、これ以上捲し立てる気はないようだ。しょうたとさおり、二人の快活さには見習うべきところがある、と考えていた下野も今回ばかりは呆れを隠すことはなかった。
「はいはい、一旦どうでもいいよ、それは。落ち着いて。それでさゆり、いつもより早いよね?今日はどうしたのさ」
間へ割って入る。下野が指す教室の時計の時刻は午前八時を指していた。彼女が来るには十五分ほど早い。早起きなど自発的に行う勤勉な人間ではない彼女のことだ、何かがあったのだろう、と下野は考えた。問いかけに対して表情を一変させる。
「あ、そうだった。昨日の帰りね、聞いちゃったんだよね」
「というと?」
仄暗い廊下が不気味な時間帯だった。微かに匂う古びた校舎、暗闇が口を開ける階段、裏返る日常が人々の不安を掻き立てる。古びた蛍光灯は明滅する音を立てていた。赤く差し込む光が湿り気を帯びた空気をぼんやりと照らす。さゆりの影は長く引き伸ばされ、暗くはっきりとした跡を刻んでいた。周囲に人影はない。外で遊ぶ子供たちさえも皆帰路につき始める頃だ。遊び場ですらない校舎にここまで長く留まり続ける理由などなかった。時計の音と足音が重なる廊下はやけに長く感じる。手に持ったプリントを握りしめ、さゆりは思わず天井を見上げていた。通常であれば電灯の輝く六面に囲まれているはずだったのだ。体を撫でる清涼な風、フローリングに反射する光。カーペットへ全身をあずけると有機物も無機物も一切が混ざりあった生活の香りを吸い込む。液晶の中のお笑い芸人がそれぞれ持ち前のトークを披露している。スマートフォンを持ち合わせていない彼女は娯楽といえばテレビの他なく、テレビの虫というべきほどにのめり込んでいた。クイズ、ドキュメンタリー、グルメ。見られるものであれば何でも見たし何でも楽しむことができた。そんな彼女はなかでも世界の不思議、外側への期待を煽る話が特に好きだった。今夜の『世界の都市伝説&ミステリー特集』など彼女が期待してやまないのも無理はない。しょうたに言わせれば根拠に欠ける非科学的産物らしいが、地球外生命体にせよ来たるべきシンギュラリティにせよ、あるなしではない。あって欲しいのだ。月の裏側には宇宙人が―などと、聞いたときは双眼鏡を片手に身をひねり、裏側を覗き込もうとしたこともあった。時たま小学生の彼女には分からぬ話もあるが、それでもプロの話術は凄まじく、分からなくとも面白いを体現していた。彼女は自身が知らぬ何かを語り引きつける彼らには一種の敬意を抱いていた。今夜も柔らかなソファに身を沈め、非生産的に映像を眺める。今日一日、身が飛び上がらんばかりに膨らんだ期待感を無情にも針が一刺し。たった一つの忘れ物のせいで狂ってしまった。プリント1枚の存在に気づかなかった過去の自分を恨むように眉間にシワをつくる。暗い校舎の不気味さよりも手早く時間までに帰宅できるかだけが彼女には気がかりだった。時計は午後六時に針を伸ばそうかというところ。机の中のプリントはすでに回収済みである。足早に階段を降りる彼女についていけぬプリントが空気抵抗を受け、頼りなくよれてしまっている。しかし彼女が手に持つプリントをさして気にする様子はない。前を見るばかりで、足取りは速くなる一方。職員室から漏れる光が知らせてくれる、玄関はすぐそこであることを。玄関までの距離はおよそ六十歩ほど、五九、五八、五七と着実に近づいている。少し頭を空想の彼方に飛ばしてしまえば職員室の前までたどり着く。微かな話し声が聞こえていた。彼女が音を頼りに想像した談話の様子では人数は七、いや八人ほど。会話は滅茶苦茶に絡まり合って少し耳を向けた程度では全容を掴むことはできなかった。彼女のなかの好奇心が前へと進むための足を掴み取る。自身を除いていて生徒など一人もいない校舎だ。職員がこうも残っていることは彼女も予想していなかった。風の噂で小学校教諭の苛烈さを知らないではないが、改めて現実をまじまじと見つめてみると、微かな驚きがそこにはあった。この学校の職員は多くはない。戦前から生きた歴史ある校舎を誇るこの学舎は今では工事を繰り返せど隠せない疲れの色が垣間見えた。古ぼけた校舎は実に百余年の時を刻んでいたが、そこに敬意を払い祀ることなどあるわけがなく、寂れた学校にいるのはやる気のない教師と既に顔見知りである近所の子供たち、退屈を感じるのも致し方ない。さおりの母親に聞けば取り壊しの話さえ上がっているらしい。市もリソースをこちらに割く理由はないのだろう。現状を望もうとも維持費もそれなり大金だ。長期的に見ればやはり取り壊しは正しい。しかし人の言う正しさは人間性を考慮に入れないこともしばしばである。微かな胸痛みが心に歪な引っ掛かりを生み、事実を飲み込むたびそのことを意識させられる。魚が一匹、身を捩ったところで大海にうねりは生まれないことはわかってはいる。それでも事実と自身の行く末が無性に気になった。もしや校舎の取り壊しについて話しているのではと、淡い期待を寄せて耳をそばだてた。
「これどうします?壁、ちょっと剥がれていますからね。工事が必要かと」
「そう言われてもですねぇ。結局必要なのはお金、工事費用だって大してありませんよ。第一取り壊しが決まってますから、無駄じゃないですか?直したところで」
「そうですよねぇ……」
「最近トイレも直しましたよね、まぁ生活には必要不可欠なものなので仕方ないですけど。本当に余裕がない」
「あのぉ、取り壊しって結局いつなんですか?もう決定したとは聞いてますけど」
「具体的な日にちまではまだ……、でも冬あたりには取り掛かり始めると」
「なかなか急ですよね、僕も老朽化がひどいのは実感してますから反対はしないですけどね」
「でも子どもたちがなぁ、すこし可哀想な気もしません?」
「仕方ないじゃないですか、それは。それより仕事、通知表そろそろやっておかないとあとで面倒ですよ?」
「大変ですよねぇ、とくに担任の先生方は」
「授業プリントもあるし……、私も気が滅入りますよ」
この先埋もれることになるであろう仕事の山を頭に浮かべ乾いた笑いが飛び出す。皆仕事に移る。室内は紙の上を滑るペン、弾かれるキーボード、姿勢を変えるたびに軋む椅子と響く音が実に多様だ。身体を伸ばし再度気合を入れなおす彼らは本格的に仕事を終わらせる気らしい。先程と打って変わって沈黙が飽和していた。さおりは薄い壁に密着した状態から恐る恐る身を離す。胸を張るような収穫はなかった。知れたのは周知の事実となっている取り壊しだけ。世に常に人の知らぬ真実が存在しているのだと、陰謀めいた怪しげな香りを錯覚するほどにテレビに毒されていた自身を自嘲する。
「あ!そうでした。あの、屋上のとこの鍵も一応壊れてたので伝えておいてください」
思い出した勢いのまま声を上げた。
「はぁ」
「いやぁ、その、昨日見回りの方から聞いたんですけど、鍵閉まんなくなっちゃったらしいです」
「それもじゃあ、明日、他の方言っておきます」
そこに必要性など感じていなかったゆえに事務的に対応した。
「ありがとうございます」
先程の勢いは萎み、赤面して答えた。俯きがちに着席した。壁は薄い。壁にのめり込むほどに耳を埋める必要はなかった。彼女は駆け出した。駆けて玄関を飛び出し、駆けて帰路は彼女の後ろへ流れていった。彼女にはつい数分前のように思い起こされる、昨日のことである。
「なるほどね……」
「それで?その話がどうしたのさ」
反応は両極端だ。既にその先へ考えを巡らせるしょうた。それに対して下野は事態を把握しきれてはいなかった。
「わからない?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに得意気である。後ろに手を組んで二人を見渡す。この勿体ぶる仕草が下野に苛立ちを沸き立たせる。
「はいはい、そういうのいいから。とりあえず言いなよ」
くどくどと語られた話は、その割に肝心な部分がさらりと流されてしまっていた。意図したものであるのだろうが、直球に話してしまえばよいのに、とそう思わずにはいられなかった。うんざりした気持ちをぶつけられてなお、さおりの余裕の表情は変わらなかった。むしろその言葉こそ期待していたのかもしれない。
「まぁ、まぁ落ち着きなさい。つまりね、この学校は老朽化が激しいらしいの、取り壊されるらしいし当然ね。ほら、針谷先生たちも話してたけど、トイレとか壁とか直さなきゃいけないものはいっぱいあるんだって。けどね、直すところも多いし、どうせ取り壊しちゃうし、目につかないところは直してない。壁は直すと思うよ、だけど昨日聞いた話だと後回しにされそうな場所があるの。なんだと思う?そう、屋上だよ、屋上!」
天啓を得たとばかりに大きく両腕を広げる。確かに彼女の話の中で鍵が壊れていることが言及されていた。危険性から閉ざされていることはだれもが百も承知。しかしいずれの時代も未知に恐怖と魅力を感じずにはいられなかった。ギリシャ神話において神はパンドラに箱を持たせた。災いの詰まった箱をだ。何故彼女がパンドラの箱を開けてしまったのか、開けねばならなかったのか。真実がどうであろうと人が人である以上避けられぬものだったのだろう。好奇心、欲求は人の性だ。未知と付き合わずに生きていくことはできない。共に人生を歩むなら、恐れ慄く暗闇でなく、好奇を携えた秘境でありたいものだ、と三者異なる道を進みながら底に残ったものは似通っていた。
「屋上に行ってみようってだけだろ?」
すかさずしょうたが補足した。端的な説明を好む彼は堪え性がないのだ。自身の説明を掠め取られたように感じたさおりは不満げだ。
「そういうこと、ねぇ、いかない?」
彼らは娯楽に飢えていた。肯定しがたい内容ではあった。大人たちはもちろん怖かった。それはこの場で微かな笑みを向けるしょうたでさえだ。時間が引き伸ばされ、音が鈍く聞こえた。何秒が経とうと肯定する者はいなかった。だが、否定する者もいなかった。ちらりと視線を飛ばす。交差する意思は互いに伝わっている。言葉なしに結果などこのときから決まっていた。
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