第10話 【葡萄の湯船】で過ごす一夜
しばらくすると、娼館に備えてある衣類へと着替えたピンスが部屋に戻ってくる。通気性が良く、圧迫されない軽い着心地の服は、寝巻きにピッタリだ。
入浴したおかげか、ピンスは比較的すっきりした様子だった。
「さっき廊下でバベンさんに会ったら、『泊まるなんて珍しいな』って言われたよ」
ラコに促されてピンスはベッドに横たわる。彼女はその光景を思い浮かべているようだ。
「ピンスさんはなんて答えたんですか?」
「ラコとタヤに泊まるよう提案されましたって言ったんだよ。そうしたら『普段から遠慮せず泊まれ』って言われたよ」
身体をベッドに預けると全身に泥が詰まったかのように重く感じる。横たわるピンスの姿を見たタヤはラコに笑いかけた。
「ラコ、ベッド使ってもらえてよかったね。ピンスが来る前に急いでシーツを取り替えてたもんね」
「そうなの? 先に使わせてもらって悪いね」
「シーツだけじゃなくて、お風呂にも入り直して待ってたんだよ」
「タ、タヤっ、それは内緒だよ」
顔を真っ赤にして少女を止めようと必死になるラコは、内心でピンスがベッドを使ってくれたことに歓喜した。
騒がしい二人を他所に、三人の中で一番お姉さんなミーマがピンスのいるベッドに上がる。
「だいぶお疲れのようですね。良ければお身体を揉みましょうか?」
「お願いします」
夜警では新人を守るために体当たりをしたりと無茶な動きもしたし、神経を研ぎ澄ませるのも疲労となった。何より命のやり取りは身体だけでなく精神も疲弊させる。彼女の厚意に甘えて癒されたかった。
「では失礼します」
ミーマは一声かけてからピンスの背中を押していく。
「ううっ、あっ……ああっ……」
ミーマに身体を揉み解されて甘い吐息と声を漏らす。快感に蕩けたピンスの表情はその容姿も相まってなんとなく淫美に見えてしまう。
ラコがピンスに見惚れているとタヤが唇を尖らせた。
「ミーマずるい。私もやるっ」
タヤが背中を押すミーマの真似をしてピンスの片腕を揉み出すと、遅れてラコも名乗り出た。
「私も揉みます」
ラコはピンスの足に触れて指で押していく。皮膚の下に溜まった疲労が揉み解されていくのを感じながら、ピンスは甘い声をあげた。
「あうっ、うう……あっ……」
「あははっ、ピンス女の子みた〜い」
誰も聞いたことがないようなピンスの声にタヤが笑う。少女のように感じるのは声だけではない。その容姿もそうだが、マッサージで血流が良くなったのか身体はほんのりと赤みを帯び、その顔も全身からの快楽を受けたことがわかる表情だ。
「しょ、しょうがないよ……これっ……すごく気持ちいい……」
「ピンスさんたら、そんな顔してたら女の子に間違われちゃいますよ」
タヤと共に笑うミーマだったが四人の中でラコだけが無言だ。それもそのはずで、ラコは足のマッサージを担ったために彼女の位置からはピンスの表情が見えない。
自分は人生におけるとんでもないチャンスを逃したのではないかと思いながら、ラコはひたすらピンスの足を揉むことに集中する。
その甲斐あってかピンスはしばらくの間三人からのマッサージを受けて癒されていた。
心地よくて眠いが、会話のネタぐらい出そうかとピンスは今日の出来事を話し出す。
「今日は巡回のときにロウソペッカリーが出てきたよ。それも二頭。そのうち一頭はすごく大きかったんだ。街を出るときはみんなも魔獣に気をつけてね」
夜警の経験者であるピンスの忠告に、ミーマが言葉を返す。
「それを言うならピンスさんも怪我とかしないように気をつけてくださいよ」
ピンスの話に聞き入っていたタヤが素朴な疑問を抱く。
「ろーそぺっかりー? ってどんな生き物なの?」
「猪みたいな魔獣だよ。とっても危険だから見かけたらすぐに逃げて大人に教えてね」
「怖いの?」
「怖いよ。お肉は美味しいけどね。明日のお昼くらいに今日の魔獣をお鍋にするらしいから、集会所においで」
ピンスの誘いを耳にしてタヤに電流が駆け抜けた。
「お鍋っ!? 食べたい!」
無邪気なその様子に微笑むミーマ。
「明日一緒に行きましょうね」
タヤに話しかけるミーマを見てから、ピンスは会話に参加していない女性のことも忘れずに誘う。
「ラコも一緒に行こうよ」
「勿論です。ピンスさんとならどこまでも一緒に行きますよ」
言葉とは裏腹になんだか元気がなさそうなラコ。どうしたのだろうか。
「ねえピンス。ピンスは技師がお仕事なんでしょ。どうして自警団の仕事に参加したりするの?」
元気のないラコを他所に掌を揉み込むタヤが再び疑問を投げかける。
確かにピンスは技師として生計を立てており、その本業も順調だ。わざわざ危険のある魔獣との戦闘に参加する必要はない。
少し唸るような声を出して考えたピンスはお茶を濁すような回答を口にする。
「色々あってね。まあ、惰性で参加して怪我とかは洒落にならないから気をつけるよ」
ピンスの言葉にはラコが返す。
「ピンスさんにはあんまり危ないことをしてほしくないです。もしものことがあったら、きっと私は悲しいでは済みません」
赤毛の乙女は技師の少年が傷つくことを想像して胸の奥に痛みを感じる。
もしかしたらさっきから元気がないのは、ピンスに万が一が起きたときを考えていたのかもしれない。
ピンス自身、今回の巡回で危険な目に遭っているので彼女の言葉は身に沁みる。
それと同時に、そこまで心配してくれる相手がいることを嬉しくも思う。
「ラコ、ありがとう。心配してくれて」
「ピンスさん……」
ラコは悲しそうな、でも気持ちが通じて嬉しそうな声で想いを寄せた少年を呼ぶ。
二人のやり取りの裏ではタヤが船を漕ぎ始めていた。流石にこれ以上の夜更かしは彼女に良くないので会話を切り上げる。
ピンスも眠いので丁度良いタイミングだった。
「三人ともありがとう。タヤもおやすみ。僕ももう寝ちゃいそうだ」
ピンスは再び欠伸をする。ミーマがタヤをベッドに移すのを見届けてからピンスも瞼を閉じた。
「おやすみなさい」
心地よい眠気のなか、ピンスがそう言うと誰かが返してくれた。
「おやすみなさい」
最後に言ってくれたのは誰だろう。
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