❀第136話 ありきたりな青春のワンシーン −前−
四月二十七日、金曜日。今日は、薫先輩と私がこの高校で過ごす最後の日。私は彼に髪をポニーテールにしてもらって、手を繋いで登校した。
お昼休み。今日はふたりで中庭に行って、私の作ったお弁当を食べることにした。彼はゆっくりと私の料理を味わって、「美味しいよ」って言ってくれる。
食後のデザートに蜜柑を食べると、水筒の麦茶を飲んで息をついた。私は「薫先輩?」と彼を呼んで、ある悪戯を試みる。
「なぁに、桜子ちゃん」
「うーんとね、ちょっと目瞑って。チュウしてあげる」
「ん、仰せのままに」
彼が従順に目を閉じてくれたのを見て、私は口元を緩めた。そして静かにお弁当バッグに手を伸ばし、小さなパッケージを破く。
「薫くんっ、大好き」
「うん……ん?!」
私は彼に一瞬のキスをして目的を果たすと、クスクスと笑い声を上げた。びっくりしたのか、彼は目を丸くしてこちらを見ている。
「えへへー、仕返し。レモン味のキスだよ」
「レモン味……って、これ、なんか変な仕掛けとかしてないよね」
「変な仕掛けをしてたのは貴方だけでしょ。私のは、普通のレモンミルク味」
「レモン、ミルク?」
「そうそう。酸味もあるけど、前のレモンキャンデーより甘いでしょ」
「うん、そうだね」
「これからの思い出は、私が甘さを足してあげるね。私は魔法なんて使えない普通の女の子だから、貴方のつらい記憶を消すことはできないけど……薫先輩に、いっぱいの幸せとときめきをプレゼントするよ」
彼は「ありがとう」と小さく呟いて、私に濃厚なキスをした。甘酸っぱいレモンと優しいミルクの味がして、だんだん甘ったるくなる。
今まで苦い思いばかりしてきた私たちには、このくらいがちょうどいいのかもしれない。
放課後。紗衣ちゃんと彩奈ちゃんが、講義室のひとつの使用許可をとって、私を招待してくれた。あまり厳しくない先生に頼んで、飲食の許可も取ったらしい。
「はい、『桜子ちゃん新生活がんばれパーティー』のはじまりはじまり~」
「これ、コンビニで買ってきたケーキね。桜子が最初に選んでいいよー」
「わぁ、ありがとうございます。嬉しいです。じゃあ、苺ショートで」
「はーい、これスプーンね」
くっつけた机の上には、ケーキとお菓子とジュースが並べられている。私はケーキを食べながら、ふたりとたくさんの話をした。
「桜子ちゃん、結婚式はいつするの?」
「まだあんまり決めてないですけど……私が高校を卒業したあとか、二十歳になったあとかって感じですね。入籍は数日後に」
「式のときは、招待状ちょうだいね」
「はい、もちろん!」
「引っ越し終わったら、すぐ連絡して! 電話でもメッセでもいいから。こういうときって『必ず手紙おくるから!』が定番だけど、ぶっちゃけ便箋と封筒と切手なんて面倒くさくて続く気しないからさ。三人でビデオ通話とかしようよ」
「はい、ぜひしましょう。画面の向こうでも、ちゃんとオシャレしますね。あ、新居は電車でちょっと行けば太宰府天満宮に行ける場所なので、受験生の年になったら、お守り送ります!」
「ていうか、私らが遊びに行っちゃおうよ。三人で直接会って、お参りしよ」
「いいんですか? 来てくれるなら、きっと嬉しいです」
「次の冬休み……いえ、行けそうなら夏休みにも会いに行くわ。そのときは歓迎してね」
「はい、いつだって歓迎します。私……紗衣ちゃんと彩奈ちゃんと出会えて、友だちになれて――とっても幸せです。ありがとう……っ」
これまでの思い出が胸に浮かび、私は思わず涙ぐむ。紗衣ちゃんと彩奈ちゃんが、私をぎゅっとハグしてくれた。
「私も、桜子と友だちになれて良かったよ。ありがとう」
「私も……桜子ちゃんのこと、大好きよ」
「私たち、ズッ友ですか?」
「うん、もちろん!」
私は「ありがとう」と「大好き」をたくさん言って、とうとう泣いた。人生で初めてできた、本当の大切なお友だち。きっと一生忘れない。
――紗衣ちゃん、彩奈ちゃん。大好き。私と友だちになってくれて、ありがとう。楽しい学校生活を送らせてくれて、ありがとう。
紗衣ちゃんと彩奈ちゃんとのパーティーが終わると、私は薫先輩との待ち合わせ場所に向かった。もう室内にいるかなと思っていたけど、彼は入り口前のベンチで私を待ってくれていた。
「薫先輩、おまたせしました」
「ううん、全然。楽しめた?」
「はい、とても。――じゃあ、入りましょうか」
「うん」
彼と手を繋いで、これまで何度も通った、あの扉を開けてもらう。私たちが、この高校で最後に行きたかった場所。私たちの関係が始まった場所。――放課後の図書室。
足を踏み入れると、カウンターには今年度の新しい委員らしき子と司書先生がいた。私は図書室の空気をめいいっぱいに吸い込む。懐かしい、という感情が全身に広がるようだった。
先輩とふたりでカウンターに向かい、司書先生に話しかける。
「こんにちは」
「お久しぶりです」
「あら、あなたたち……。こんにちは。たしか、四月末で転校するんだったかしら?」
「はい、そうです。お世話になりました」
「そう、元気でね。で? ただ挨拶に来ただけ? それとも何かご用? 残念だけど、もう貸し出しはできないわよ」
「ええ、わかっています。あの、無ければ別にいいんですけど……去年の当番表って、まだありますか。もう一回、見たいんです」
「あぁ、当番表? 引き出しのどこかにあると思うわ。ふたりは元図書委員だし、どうぞ入っていいわ。散らかさないでね」
「わぁ、先生優しいですね! ありがとうございます」
「ありがとうございます」
無事にカウンターの向こう側に行く権利をもらった私と彼は、慣れた手付きで引き出しを漁る。昨年度の図書委員の当番表は、すぐに見つかった。火曜日の欄を、ふたりの指先で撫でていく。
│火|紫月 桜子|花咲 薫│
くじ引きで同じ火曜日をひいて、毎週会うようになった。ここから始まったふたりの関係。この図書室からお互いの隣に居るようになった私たちは、これからの人生でも隣を歩いていくことになる。
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