❀第135話 あの夏の日をやり直す −後−
「気づいたのは、君が死体になったあとだった。君が自殺して、自分の気持ちに気づいた。俺は恋をしてた。死なないと自覚できなかった。……俺の歪んだ恋心が、君を殺したような気がして。人に怯えて、でも恋に憧れてた俺が、恋するために君を死なせたような気がして。恋したかった俺は、無意識に君に死んでほしいと願っていたのかもしれない。そう思う。死体相手に、好きだって思った。キスしたい、ハグしたい、したい。君が自殺したと聞いてから思った。……君は、こんな俺を許してくれるっ?」
「せ、んぱい?」
「俺にはもう来世がないから、このまま死ねば、きっと幽霊になれる。幽霊になれば、君に会いにいけるから。……会いたいよ、紫月さん。俺は、君が死ぬたびに愛を深めた。死が愛の妙薬になるなら、君は俺のせいで死んだのかもしれない。君は俺が好きだから、俺に愛されるために死んだのかもしれない。そんな変なことばっかり、考える。俺の欲望が、ループを生んだんじゃないかって。……会いたい。会いたい。こんな化け物じゃない頃に戻りたい。恋心を自覚しなかった俺に、なりたい。もう死ぬことがない君を愛してみたい」
「花咲先輩」
「答えをくれ。裁いてくれ。……俺は、どうすればいい?」
答え? 裁き? バカみたいだ。やっぱり彼もバカなんだ。夢見心地が終わって、私は現実へと帰ってくる。
灰かぶり姫の魔法は解けた。今度は蛙を王子に戻す。――つらいからって、逃げるなよ。
「貴方は、生きてください。桜子にそう願ったのだから、貴方も生きてください。弱音を吐いて、あんなこと言った件については許しますから。弱くたって、脆くたって、別にいい。でも、嘘の理由に逃げて死ぬことは、駄目」
きっと彼が欲しがったのは、自殺を決行する心。でも、私はそんなの与えてあげない。これは私のエゴイズムであり、愛。私にだってプライドがある。彼がぱちぱちと瞬きした。
「花咲、薫。綺麗な名前だと思いました。やさしいひとだと思いました。何をしたって、私にとってはヒーローでした。ヒーローは自爆しませんので、貴方も生きてください」
「……紫月、さん?」
「やめてください。気色悪い。桜子が泣きますよ? ……貴方が死にたいのは、こんな理由じゃない。私に恋をしていた? それは、どうも。ネクロフィリアとは違いましょうか、これもある種のそれでしょうか。まあ、なんだって構いません。逃げないでください。
死体趣味なら、桜子を殺してそばに置けば良かったじゃありませんか。新鮮な死体がいいなら、ループして殺人を繰り返せば良かった。数の限度はあるにしても、手に入れようとすれば何度も貴方は桜子の死体を手に入れられた。なに? 俺のことが好きだから、私が死んだ? 愛されるため? 私の愛を舐めないでほしいんですけれど。別の桜子も言ったでしょうが、私は恋人の肩書が欲しいんじゃありません。自分を、心から、愛されたいんです。私は。甘言に騙されるような馬鹿じゃなくて、すみません。貴方の思惑には乗りません。貴方の逃げ道にも代替物にもなりません。
紫月 桜子は、強姦された過去を持つ。それが貴方と桜子を永遠に苦しめる鎖。ただそれだけです。なくしてから大切だったことに気づく、あるあるです。特別なことじゃありません。貴方は化け物ではありません。向き合ってください。桜子と生きる覚悟を決めたなら。
彼女は強姦された記憶を持っている。この一年間は忘れていられたけど、これからの人生ではそれがずっと彼女を苦しめる。死にたいと思うことだってあります。きっとまたリストカットする。心療内科のお世話にもなる。……それでも、好きならばそばにいてください。そうでないなら、去ってください。
貴方が去れば、たしかに彼女は死ぬかもしれない。でも、それは貴方のせいじゃない。救いの手を差し伸べられなかったことは、罪にはならない。先輩も、苦しみを抱えて生きてるんですよね。それもわかってます。でも、その苦しみを桜子関係の苦しみと混同しないでください。自殺するなら、貴方はちゃんと自分の理由で死んでください。人のために、人のせいで、なんて駄目ですから。
自分勝手に自殺した、幽霊になった紫月 桜子のプライドで……あなたたち、ふたりの共倒れは許しません。なんだっていいから、一緒にいるなら生きてください。それが、私の願いです。――あとで、桜子に謝ってくださいね。あんな告白、浮気も同然です。貴方が好きなのは私じゃない。貴方と生きる未来を望めなかった私じゃなくて、覚悟を決めて選んだ桜子。間違えないで。もう、絶対に」
言い終えて、ふぅ、っと息をつく。随分ベラベラと喋ってしまった。反省だ。彼がぽかんとした顔をしている。珍しい。
「……ほんとうに、紫月さん、だった?」
「ええ、そうですよ。まさか信じてなかったんですか?」
「ずっと、君にだけは会えなかった気がして。……病室でも、大学校舎の最上階でも」
「そうですね、いませんでしたから。ああ、改めて言っておきます。月が綺麗ですね、なんて告白。気づいてくれなくて良かったです。私がほんとうに言いたいのは『好きでした』ですから。あと、自殺するくらい追い詰められてたーってのも、ちょっと違います。たしかに自殺はしましたけれど、私は不運が重なって死んだだけです。別に花咲先輩のことなんて、ぜーんぜん、関係ないです。
私は貴方の恋人になれなかった。恋愛にはタイミングが大事ですからね。私たちは、重ならなかった。それだけです。……話せて、良かったです。ここに戻ってこられたことも。――終わらせましょう、花咲先輩。私たちの『恋』を。忘れなくて構いません。思い出にしましょう。前を向きましょう」
彼の背後にある窓から差す陽の光が、とても眩しい。私は笑みを浮かべた。彼も眩しそうに目を細める。……自殺、やめてくれるかな。
「その笑顔、世界で一番可愛いと思う」
「いまさら口説いたって無駄です。もう振り切れました」
「そうやってツンツンしてるの、すごく紫月さんっぽい」
「はい、紫月さんですからね。さようなら」
「もう、お別れ?」
そんな子どもっぽい声で、可愛らしく言わないでくれ。貴方と桜子の想いのベクトルが違うこと、私も知ってるけど。……でも、決めたなら、愛して。生きている彼女を愛して。もう私に会いたいと思わないで。
「お別れです。私たちは、別れるべきですから。会うなら今度はあの世ですかね。あ、そうだ。合言葉を決めておきましょう」
「あいことば?」
「はい。詳しいことは、あとで聞いておいてください。心に描き求めたものを具現化して行き先が決まる死後の世界。って言えばわかります。……私、ずっとあなたたちを描いていました。透明な紙とインクで描きました」
「そう、なんだ?」
「はい。薄氷の紙に、水飴のインクで。甘く幸せで、どこまでも透明な物語。この紙とインクを合言葉にしましょう。ひとつだけって言われたら、水飴のインクにしてください」
「ああ、わかった。本当に、もう、いっちゃうの?」
「はい、そうです。一緒になれないから、お別れです。私は桜子が世界から完全に消えるまで、自殺した幽霊。貴方はループして、この世界で生きている人。恋人には、なれないんだよ。私たちは」
「……最後に、キスをしたい」
「浮気ですけど、……まあ、最後なら。あとで桜子に絞られてください。……花咲、薫、先輩。好きでした」
彼が私の頬を包み込んで、近づいた。唇にやわらかさと、熱と、吐息が触れる。大好きな彼が生きている、その相手も生きている。喜びが胸を満たした。間近にある彼の顔を見て、焼きつけて、目を瞑る。私、いま、とっても幸せ。
さようなら、花咲先輩。どうかお元気で。お幸せに。……花咲先輩。
「――薫くん。そろそろ、帰ろっか」
「……桜子ちゃん?」
「うん、桜子ちゃんですよ。もう、ガッカリした。みたいな顔やめてよね。貴方のお嫁さんになる人なのに」
「うん、ごめん。帰ろっか」
桜子と先輩は、手を繋いで図書室を出ていった。四月二十五日、放課後のことだった。
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