✿第131話 マリッジブルー?

 四月二十五日、水曜日。今日はそれぞれ友だちと一緒にごはんを食べようってことで、俺は昼休みには桜子ちゃんと一緒にいなかった。


 屋上で陽一と会話しながら、桜子ちゃんが作ってくれたお弁当を口に運ぶ。彼女の手料理はいつも美味しくて、彼女はいつも優しくて、俺は毎日罪悪感でいっぱいになる。


 なんで「花泥棒」なんてやっていたんだろう。なんで、桜子ちゃん以外の女性と関係を持ってしまったのだろう。


 大人らしく責任を取れるわけでもないくせに、プロポーズをして結婚の約束をしてセックスまでして、俺は彼女をなんだと思っているのだろう。ただ俺の欲のために彼女を消費しているだけなんじゃないか。俺は彼女を大切にできていないんじゃないか。


 彼女は許してくれるって言うけれど、やっぱり俺は人殺しで、彼女を裏切った最低な野郎だ。彼女の両親を死に至らしめたことは、今も後悔している。


 俺が家族になればいいって問題じゃない。俺がどうにかできることじゃない。彼女の親は、どんな奴らであろうと、あのふたりしかいない。俺は親代わりにはなれない。


 どう足掻いたって、俺と桜子ちゃんとの間には血の繋がりなんてないのだ。俺が彼女をどんなに愛そうと、彼女の喪った家族は帰ってこない。


 それに、彼女は俺のせいで、過去の世界の記憶を思い出してしまった。襲われて、殺されて……そんなつらいことを俺は思い出させた。


 最近の彼女は、調子があまり良くなさそうだ。フラッシュバックを恐れるせいで寝不足なうえ、俺との行為がさらに彼女の体力を削っている。


 彼女は毎日笑ってくれて、毎日「大丈夫」と言ってくる。でも、俺にはとてもじゃないが「大丈夫」だとは思えない。


 このままじゃ駄目だと思うのに、俺は彼女無しでは生きられない。彼女のそばにいないと耐えられない。そのくせ、一緒にいると彼女を疲れさせて傷つけてしまう。もうどうしていいかわからなかった。最悪だった。


 初めて首吊りをしようとしたときは、たぶん無意識だったと思う。自然と体が死の方向を向いた。


 俺が自殺を試みると、桜子ちゃんは優しく止めてくる。追いかけっ子みたいで楽しかったその行為の繰り返しは、彼女の言葉で終わりを告げられた。


 彼女が、一緒に死ぬと言ったのだ。このまま俺が自殺して先立つくらいなら、私も一緒に死んでしまうと言ったのだ。


 それは、良い考えだと思えた。


 俺らは、どうせフラッシュバックやら罪悪感やらを抱えて生きていかないといけなくて、好きなひとと一緒になれたって、生きるのがつらい。なら、一緒に死ぬのもアリではないか。なんて、思ってしまった。


 彼女は頑張って、俺を前向きにさせようとしてくれていたのだと思う。すべての桜子ちゃんと代わる代わるお話をすることで、俺の自殺を思いとどまらせようとしてくれた。でも、俺は今日も死にたい。彼女が一緒に死んでくれるって言うなら、俺はそれがいい。


「かーおる。なんか悩み事? お前、最近メンヘラオーラやべえぞ」

「そう? そんなに病んでるように見える?」

「うん、見える。今にも死にそう」

「そうかー」


 実際、死ねるものなら明日にでも死にたいと思っている。陽一の目は鋭い。


「俺、マリッジブルーなんかな」


 俺がそう呟くと、陽一はなぜか吹き出した。


「いや、なにそれ! 高校生から出るセリフじゃねえって。まあ、話は聞いたけどさ。え、それでそんな鬱ってるなら、高校卒業してからとかでも良いんでねぇの?」

「うん、だよねー。でもさ、結婚しないで死んじゃったら、すごい後悔するじゃん。できるだけ早くしたい」

「とか言ってて、それでブルーになって自殺とかされたら、マジでたまったもんじゃないかんな」


 そのとおりだ、元も子もない。


「……俺さ、桜子ちゃんの夫になっていいのかな」

「なに、なんでその次元で悩んでんの? 両思いだろ? 細かいことは知らんけど、けっこう付き合い長いんだろ」

「すっげえ今更なのはわかってんだけど、遊び人時代のことが申し訳ない」

「マジで今更だな。若気の至りってことで良いじゃんか。いろいろ悩んでヤってたのは俺も知ってるし、彼女だってわかったうえで一緒にいてくれてんだろ。過去は過去でいいじゃん」

「あと、あとさ……クリスマスイブのこと、なんだけど」

「ああ、あれな」


 陽一には、俺の計画のせいで彼女の両親が死んだとまでは伝えていないけれど、あのときのことについて軽くは伝えている。


「俺とデートしてた間に、死んじゃって……最後、三人で再会させてあげたかったなとか。そもそも桜子ちゃんがいる状況で会ってれば、何かの奇跡が起きて紫月家も仲直りできたんじゃないかとか……。いらないことばっかり考える」

「お前、ほんっと面倒くせえな。雪美ちゃんにデコピン百発くらい食らえよ。ショックで頭治るかもよ?」

「あのデコピンそんなに食らったら、おでこ陥没するわ」

「いや、さすがにそれは言いすぎだろ。雪美ちゃんにチクるぞ……って、あれ? あそこにいるの、お前の婚約者ちゃんじゃん? 大学校舎の近く」

「え、どれ……あ、本当だ」


 陽一に言われ、立ち上がって見てみると、たしかに桜子ちゃんらしき人影が見えた。さっきまでは中庭でお友だちとごはんを食べていたはずだけれど……俺の見間違えでなければ、どうやら誰かと電話しているらしい。


「桜子ちゃん、誰と話してんだろ……」

「さぁ、浮気じゃね」

「バカじゃねえの? ――あっ」 


 一瞬おかしなものが見えた気がした俺は、瞬きを何回かしてみた。やっぱり気のせいか。


 桜子ちゃんがふたりいたように見えた、なんて。それこそバカだ。


 ――彼女と先週の月曜日からやっている思い出めぐりは、今日の放課後の図書室で最後。俺たちは、これからどうなるのだろう。


 ふと空を見上げて、そんなことを考える。


 桜子ちゃんは、俺らの甘い心中を許してくれるだろうか。

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