❀第128話 二年D組、紫月 桜子 −前−

 四月六日。新学期が始まる日。桜の花びらが舞い散る通学路を歩いて、私は薫先輩と一緒に登校した。


 朝は旧クラスに行き、クラス替えの結果はHRで知らされることになっている。


 一年F組の下駄箱で靴を履き替えていると、私は誰かに抱きつかれた。やわらかな感触に包まれて、心臓がとくんと鳴ってしまう。


「桜子ちゃんっ!! 久しぶり!」

「桜子ーっ!! 会いたかったぁ!」

「紗衣ちゃん! 彩奈ちゃん! ……お久しぶりです。本当に」


 モーニングハグをしてきたのは、紗衣ちゃんと彩奈ちゃんだ。連絡は取っていたけれど、こうして会うのは三月一日以来のこと。とっっても、久しぶりだ。思わず涙ぐんでしまう。


 ちなみに彩奈ちゃんからの呼び名が、春休み中に「桜子ちゃん」から「桜子」に変わっている。なんとなくで、そうなった。


 ふたりに両腕を取られて、侍女をともなう女王さまのように、私は懐かしい教室へと入った。鞄を机に掛けたあと、ふたりはすぐに私の席へとやってくる。


「聞きたいことは山ほどあるけど……桜子。よく無事だったね」

「はい。薫くんのおかげで無事でした。ご心配おかけしました。今はすっかり元気です」

「桜子ちゃんが無事で、本当に良かった。連続殺人事件の犯人も捕まって……ところで、薫くんって誰?」

「ああ、お兄ちゃんのことです。……実は、内緒の話なんですけど――」


 こっそり耳打ちすると、ふたりとも目を丸くした。私はにやにやする。


「ですので、もうじき人妻になります。えへへ。えへへへっ」

「うわぁ、すっごい惚気っぷり。――紗衣さん紗衣さん、どうしましょう? 私たち、桜子さんに置いていかれてしまうわ」

「そうねぇ、どうしましょう彩奈さん。いっそ、この可愛い子をうちの養女にしてしまいましょうか」

「あらっ、それはいい考え……って、そしたら私だけ他人じゃん!」

「あら、彩奈がうちの兄に嫁げばいいじゃない。……いや、貴女を『義姉さん』って呼ぶことになるのは癪ね。来ないで」

「紗衣が冷たい! クラス離れるの確実なのに! あと私、彼氏いるから!」

「もう、彩奈ってば現実的なこと言わないでよ。クラス離れるなんて、寂しくなっちゃうじゃない……」

「私も、彩奈ちゃんと別々のクラスなんて悲しいです……。ぐすん、ぐすん」


 我ら進学コースは、クラス替えをすると文理で分かれてしまう。私と紗衣ちゃんは文系だが、彩奈ちゃんは理系。彼女が違うクラスになることは確実だった。


「桜子ちゃんの嘘泣きカワイイ……のは置いておいて。いや、ふたりともしんみりするのやめてよぉ。会いにいくからさ」


 彩奈ちゃんが、紗衣ちゃんと私の頭を優しくぽんぽんと撫でてくれる。撫でられた、わぁい。と内心で喜びながら、私は泣き真似を続けた。


「会いにいくと言っても、私はそのうちもっと遠くに行ってしまいますからねぇ……。おふたりに会えなくなるなんて、寂しい限りです。ぐすん、ぐすん」

「……もっと遠く、って? どういうこと、桜子ちゃん?」


 紗衣ちゃんが訝るような声を上げ、私は嘘泣きをやめた。数秒間、記憶を辿ってみる。


 もしやもしや、私はふたりに大事なことを伝え忘れていたのではないか。誤魔化すように、わざと明るい調子で言ってみた。


「あっ、言ってませんでしたっけ? 私たち、ゴールデンウィーク明けに転校するんです」

「「……」」


 ふたりが沈黙する。ヤラカシタ。


「……その反応は、」

「「聞いてないっ!」」

「ごめんなさい、伝え忘れてました! ……テヘぺろ☆」


 可愛こぶって謝罪した。自分でも思う。イタイ。イタイタシイ。

 JKサクラコ、十六歳。陽キャのフリをするのは難しいと知る。


 おふたりさんが、私にひしりと抱きついてきた。絞め上げられるのだろうか。ビクビクする。


「えっと、あの、あの」

「「カワイイので許すっ!」」

「――ありがとうございますっ、紗衣ちゃん、彩奈ちゃん! ふたりとも、だぁいすきです!」


 好き好き好きーと愛の言葉を掛け合って、久しぶりにいちゃいちゃした。ゆりはーれむ、みたいなことを通りすがりに誰かに言われた気がするが、まあそんなことはどうでもいい。


 ラブラブしていると始業時間になって、ふたりは名残惜しげに私の席から去っていった。代表委員の紗衣ちゃんの号令で、朝のHRが始まる。


 こうして一年F組としてHRをやるのは、これが最後だ。なんか、切なくなってくる。文化祭のことなんかも思い出すと……やばい、泣いてしまいそう。こらえろ、桜子。


 結果として、二年生では三人とも違うクラスになった。


 紗衣ちゃんがC組、私がD組、彩奈ちゃんがE組だ。真ん中なので、集合場所は私のクラスになりそう。と言っても、ふたりと一緒にここで女子高生ライフを送れるのは、あと一ヶ月しかないのだけれど。


 私は、四月の一日も二日も三日も生きていた。薫先輩も、生きていた。彼は特進コースなのでクラス替えがなく、今日から三年A組になっているはずだ。彼も一ヶ月後には転校するけれど。


 転校は、私たちが好き勝手に決めたことではなく、彼のご両親の考えによってのことだ。


 先輩があんな事件に遭ったことで、親御さんの過保護っぷりが悪化した、らしい。先輩曰く。特にお母さまのほうが。


 先輩が親御さんと壮大な口喧嘩をした結果、いまのところは私とマンションでふたり暮らしをしているけれど、引っ越したら親御さんと同居することになった。


 もうこんな町うんざりだ! ということで、ここ関東から、はるばる九州地方まで飛んでいくこととなった。雪美さんの彼氏さん――六月に結婚予定――が、そちらに転勤することになったのも一因だ。


 それで、花咲一家のお引越しに、私もついていくことになっている。……が、実は私、まだ彼のご両親にご挨拶をできていない。彼が伝えてはいるけれど、直接お話ししたことがない。


 今日の放課後、お伺いすることになっている。紗衣ちゃんたちとラブラブしている間は忘れていられたが、考えると口から心臓が飛び出しそうだ。死にそうだ。


 過去の私は彼の実家にお泊りもしていたけれど、前と今とでは状況が違う。今の私は、身勝手に家出して、彼を死にそうな目に遭わせた恋人だ。嫌われていたっておかしくない。別れろと言われたっておかしくない。


 緊張で死にそうだーと先輩に言ったら、たぶん『桜子ちゃん、死なないで』『そうだ、駆け落ちしちゃえばいいんじゃない?』とでも言ってくる。呪いの期間が終わっても、彼は相変わらず心配性だった。無理もない。彼は私が死ぬことを、もう四度も経験しているのだから。


 彼と一緒に生きたいとは思うけど、私は駆け落ちしたいとは思わない。彼の家族を奪いたくないからだ。彼の持っている幸せを、持たざる私が壊したくないからだ。


 私にはもう家族がいないけど、彼にはいる。駆け落ちなんて、させられない。ちゃんと、彼のご両親に認めてもらえるように、頑張らないと。

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