❀第120話 告白 −下−

「なりません。貴方としか、幸せにはなりません。……私の家族を奪ったと言うなら、先輩が私の家族になってください。先輩のお母さんとお父さんを、私のお義母さんとお義父さんにしてください。女装しても貴方は可愛い。悪党を懲らしめられる強さも持ってる。可愛くてかっこよくて強いパパなら、子どももきっと安心です。貴方との子どもなら、溺愛できる自信がじゅうぶんにあります。……いつか、叶えさせてくれますか? 貴方との赤ちゃんを、私は生み育てたい」


 彼の頬が、ゆっくりほんのりと紅く染まった。時間差で気づいたのか、しばらくしてから慌てたように口元を手で隠す。とっても可愛い。


「桜子ちゃん、それってプロポーズ? めっちゃ顔熱いんだけど」

「はい、そうです。私と結婚してください。薫先輩。婚姻届なら持ってます」

「マジか」


 椅子の上に置いていたトートバッグから、クリアファイルを取り出した。クリスマスイブに買ってもらった結婚情報誌の付録。ハート柄のピンクの婚姻届。


「ちなみに、私の情報は記入済みです。あ、こちらは同意書です。未成年の婚姻には必要ですからね。親が死んじゃってたらいらないとかいう話もあったんですけど、なんか不安ですし、葬儀でこっちに来たときに祖父母に書いてもらってました」

「それ、ルール的にありなの? 同意って言っても、まだ誰と結婚するかわかってないじゃん、それ。あと……あのときに、よくこんなことできたね?」

「だって私、このままじゃひとりになっちゃうもん。パパとママが死んじゃって、田舎のおじいちゃんとおばあちゃんは滅多にこっちに来てくれないって知ってるし。誰かと結婚しなきゃ、ひとりで頑張らないといけない。

 おばあちゃんたち、話したらわかってくれたよ? あとでやるのが面倒くさかっただけかもだけど、ちゃんと同意は得た。いざ結婚するってなったら、夫はこんな人ですよーって報告はする。そういう約束してる。オールオッケー、モーマンタイ」

「でも……でも、君は」


 彼の唇が震え、その先を紡がない。理由は察した。彼が毎日『死なないで』って言ったのは、私の死を何度も経験してきたからだ。今回も、そうなることを恐れてる。だから、私が言わないと。――私たちの現実を。


「わかってる。95.1パーセントの確率で、私は今月中に死んでしまう。そうでしょ?」


 彼が夢見たのは、二〇一八年の四月、私と一緒に桜を見ること。それは4.9パーセントの確率の夢だった。それは、私が生きている確率だった。


「……荒唐無稽な呪いだけど、そう言われてる。正しくは、二〇一七年の三月一日から十三ヶ月の間に、君は99パーセントの確率で絶望して死ぬ。って」

「でも貴方は繰り返してきたから、新たな計算式で確率を割り出した。五回繰り返して一回以上助けられる確率が、およそ4.9パーセント」

「桜子ちゃんももう数Aで勉強したから、わかってると思うけど、数学的には間違いだ。助けられたら終わりなんだから、一回より上は存在しない。今だって、本当は1パーセントなんだと思う。でも……それでも、俺が前向きに頑張るために。君が生きてくれる未来を、できるだけ明るく願えるように。俺が願える最大限が、4.9パーセントだった」

「ありがとう、願ってくれて。なら……私たちが、4.9パーセントを乗り越えられたら。四月一日に、私が生きていたら。本当の夫婦になってくれますか? 薫くん」

「……フラグになるのは嫌だから、まだ答えない。ただ、俺の妻になる覚悟があるのなら、約束をしてほしい。俺の覚悟も聞いてほしい」

「はい、約束します。いくらでも聞きますわ。愛しい貴方」

「ここでふざけるのは、ずるいと思う」

「ふふっ。だって薫くん、笑ってくれないんだもん」


 まったく君というひとは、と彼がため息をついた。私が笑えないとき、彼は必死で明るさを差してくれたから、彼が笑えないなら私が笑う。お互いにとって、光と闇であり続ける。今は深く重い純黒で、私の月明かりをすべて飲み込んで。薫くん。


「いままでは、やり直してこれたけど……もう、やり直しは効かない。君も俺も、もう来世がない。これで最後だ。もう終わりなんだ。……だからこれからは、何かあったらちゃんと言って。死んじゃう前に、ちゃんと『助けて』って言って。そう約束して、桜子ちゃん」

「はい、約束します。薫くん」

「なら今度は、俺が誓う番。何があっても、俺は桜子ちゃんの味方でいる。何があっても愛し続ける」

「ありがとう、大好き」

「……正直、犯罪とかの被害は、どうしたら遭わなくて済むのかはわかんない。いくら気をつけてても、悪意は突然襲ってくる。俺も身をもって知ってる。こんな人生なんだって、諦めてた節もあった。

 でも桜子ちゃんのことは、諦めたくない。何かあったら、俺はすぐに助けたいと思ってる。過去の記憶のせいでつらいことがあったら、話聞いたりして癒やしたい。何が正解かは今もわかんないけど、桜子ちゃんがひとりでつらい思いしてたら嫌だから、俺のこと頼ってほしい。

 俺を嫌いになったら、他の誰かに頼るのでも良い。もうひとりで苦しまないでほしい。生きることを、諦めないでほしい。俺のエゴだってわかってるけど。生きるのがつらいこともあるって、知ってるけど。でも、言いたい。桜子ちゃんには、本当に幸せになってほしい。生きてほしい」


 私の恋人は、今日も愚直で、とっても可愛い。だから私も「可愛い」を作る。可愛くて優しい彼女を演じてる。


「うん、頑張る。頑張って生きていくよ。でも、薫くんのことは嫌いにならない。これは私が誓うこと。……私も、長話していい?」

「ああ、もちろん」

「万が一、もしかしたら……だけどね。私はまたいつか襲われるかもしれないし、殺されるかもしれない。先輩が言ったみたいに、どうすれば被害に遭わなくて済むかなんてわかんないから。

 でもねっ、私がまたそういうことになっても……もし、私がまた死んじゃったとしても。先輩のせいじゃ、ないよ。薫先輩が悪いんじゃない。今までに私が死んだのも、先輩のせいじゃないよ。だから、自分のことを責めないでね。……ありがとう、薫くん。あなたは、なんにも悪くない。頑張ってくれて、ありがとう。諦めないでくれて、ありがとう。……ありがとうっ」

「やっと、泣いたね」


 彼が眦に手を伸ばし、指先で熱を拭った。ああ、本当だ。泣いてしまった。我慢していたはずなのに、ぽろぽろと情けなくこぼれていく。彼の唇が弧を描く。


 強かに彼を堕としたかったのに、どうやら負けてしまったみたい。悔しい。悔しい。私のほうが、彼をいっぱい好きみたいだ。私のほうが、深く彼に惚れてるみたいだ。……悔しい。


「……なんで、笑うの?」

「君が泣いてくれたから」

「笑わせようって、頑張ってるときは、笑ってくれないのに。私が泣いたら笑うなんて、ずるい。意地悪」

「人のこと言える? 意地悪でずるい、桜子ちゃん。大好き。愛してる」


 意地悪さもずるさも、たくさんの日々を一緒に過ごした彼にはバレてしまった。彼に愛されたくて、惚れられたくて、悪いことも考える彼女なんだって。


『大好き』『愛してる』って言われたら、私はまた嬉しいと思ってしまって。ちょろいから何度でも喜べて、また彼を好きになる。さらにいっぱい、愛があふれる。彼にはずっと、敵わない。


「なんでっ、今そんなこと言うの! もっと泣いちゃうじゃんか、馬鹿」


 馬鹿って言うし、嫌いっていうし、うざいとも言う。私はそういう彼女だった。彼はこんな嘘を口に出さないけど、私は口に出してしまう。愛情のベクトルが重ならなくて悔しくて、思ってもないことを言ってしまう。


「……桜子ちゃん」


 彼がやわらかく微笑んで、私の頬をゆっくりと撫でる。私の悪いところ、全部を許されたようだった。ちっちゃな意地悪で気を引こうとするおばかさんを、全部まとめて愛しているような声だった。


 カチリ、と心が重なった気がした。ベクトルなんて、どうでもいい。


「私も大好き、愛してる」


 意図せずして漏れた、愛だった。彼もぽろぽろと泣いていた。風が吹かない病室で、ふたりきりのキスをする。


 透明な雫が伝った道に、やわらかな冷たさが触れた。その冷たさを覆い隠すように、お互いの熱を求めて触れあう。愛を証明する言葉を吐いた。


「生きててくれて、ありがとう。薫くん」


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