❀第119話 告白 −中−
「……なんで、桜子ちゃんは」
「ん?」
「そんなにも、俺を好きでいてくれるんだ。なんで……何度も俺を忘れても、また恋に落ちてしまうんだ」
「好きにならないほうが、良かった?」
「誤算だった。好かれるはずがないと思っていたのに、君に『好き』だと言わせてしまった。一度許したら、もう止まれなかった。また君を好きになった。嫌われようと突き放しても、俺のほうが過去より愛してしまった。――九月一日。過去の君が自殺した日。『先輩と一緒に、生きていたいですよ』『ずっと一緒にいてください』って、君が言った。衝撃だった。君に望まれたことが嬉しくて、そして何より『生きていたい』という言葉が、めちゃくちゃに嬉しくて……いつか殺人犯になるつもりだったのに、このとき思ってしまったんだ。『俺も、桜子ちゃんと一緒に生きたい』って。『本当はずっと一緒にいたいよ』って」
あの日のあの言葉が、彼に強く届いていた。それを知って、私もひどく嬉しくなる。泣きそうになったけど、まだ我慢した。唇をぎゅっと噛んだあと、笑って開く。
「そっか。……ああ、そういうことか。だから『殺人教唆』になったんだね。検索履歴。警察に捕まる罪人にならないために、頑張ってくれたんだね」
「……俺は、罪人だよ。桜子ちゃん。たしかに、警察に捕まりたくないなぁ、って思った。でも、死なせたかったから、自分の手を汚さずに始末する方法を考えた。すごく悪いやつだと思う。俺は……これから、君に犯行告白をする。
俺は桜子ちゃんのお母さんと関係を持って、いつか殺そうとしてた。あのひとが君を放ったらかしにして、男のもとばかりに通ってて――いわゆるネグレクトをしてて――そのせいで君が大変な思いをして生きてきたのに、すごくムカついた。しかも彼女は、たまに帰宅したら君を酷く虐待した。許せるはずがない。……お母さんからの虐待が並行世界の君の自殺の一因になったのだって、許せなかった。
そして俺は、お父さんのことも殺そうとしてた。彼は幼少期の桜子ちゃんを虐待してた。それは、過去の君に聞いただけだけど。……ある時空での君は、彼に犯されて殺された。君は知らないと思うけど、俺もそのとき彼に滅多刺しにされて死にかけた。死ぬ前に時を巻き戻ったから、無事だったけどね。まあ、とにかく。君を死に追い詰めるかもしれない毒親たちを、俺はこの世から消したかった。
桜子ちゃんのお母さんについては、連絡先も知っていたし、過去の世界でも会ったことはある。SNSも知っていた。会って関係を持つのは簡単だった。俺は彼女と寝ながら、桜子ちゃんのお父さんがどこにいるかを探った。ふたりは、まったく連絡を取っていないわけではなかったみたいだから。一度で多くの情報を得ることはできなかったけど、どうにかしてお父さんとも接触を図りたかった。――あ、こっちは性的なものじゃないよ。殺すためのほうね。それは。――で、夏までは、俺がふたりとも殺すつもりだった。でも九月一日の君の言葉を聞いて、気が変わった。
俺は、自分が手を汚さない方法を考えはじめた。それで、お母さんのことをけしかけて、お父さんを殺させようかと考えてみたりした。でも、それだと殺人教唆でやっぱり罪だ。過去の殺人事件のデータを調べて、良いやり方を探してた。そして最終的に使ったのは、いわゆる
クリスマスイブには、酔っぱらったお父さんが、桜子ちゃんたちのアパートに押しかけてくる。並行世界ではそうだったから、今回もそうなると踏んで計画した。俺はお母さんとの連絡は、いつも電話でやっていた。未成年者との関係がバレたら警察沙汰ですよ、と脅して、証拠は残させないようにしてた。俺は、クリスマスイブの夜七時に彼女とアパートで会う約束を電話でした。
クリスマスイブの数日前、俺がアパートに行ったことがあったね。そのとき、俺は度数の高いお酒と新品の高級ナイフを置いていった。お酒は姉貴に頼んだものだ。ふたりとも酒癖が悪いんだって、前に桜子ちゃんが言っていた。度数の高いお酒をお母さんが飲んで酔っぱらえば、もう大変なことになるのは想像がつく。並行世界と同じなら、お父さんも酔っぱらっている。
俺の計画では、アパートで『若い彼氏』を待つ女は、きっとお酒を飲みはじめる。冷蔵庫に揃えていたのは高い度数のものだ、すぐに酔う。『若いイケメン彼氏』との逢瀬を楽しみにしている彼女のもとに、男がやってくる。男は彼女の元夫で、酔っぱらっていて、見た目がぱっとしない。そんな彼は復縁を迫る。彼女は嫌がる。ふたりは酒癖が悪く、すぐに手を上げる気性の粗さ。離婚前は喧嘩ばかりしていた。再会しても、きっとすぐに喧嘩する。近くにはナイフがある。酒瓶やグラスがある。きっと流血沙汰にはなって、もしかすると……死ぬんじゃないか。そういう、混ぜるな危険を混ぜてみる実験みたいなものだった。
結果、どっちも死んだ。ざまあみろだ。愛するひとを苦しめた毒親が死んだ。計画が成功した。それなのに……俺、あんまり喜べなかったよ。あのとき俺とデートしてた君が、家族での思い出話なんてするから……悪いことをしてしまったって、後悔したよ。観覧車のなかでは、どうか死にませんようにって、願っちゃったよ。でも、死んだ。聞いたとき、すごい罪悪感に襲われて、死にたくなったよ。
……ごめんね、桜子ちゃん。謝っても許されることじゃないって、わかってるんだけど。俺、桜子ちゃんのパパとママ、死なせちゃった。俺はループして何度も君との関係をやり直してきたのに、君が家族との関係をやり直せる機会を、永遠に奪った。ごめんね。……ごめんね」
「……薫先輩は、悪くないよ」
「嘘つき。泣いてるじゃん」
「泣いてないよ」
「いや、泣いてる」
ようやく真っ直ぐに私を見た彼が、呆れたような顔をした。感情が大洪水で、ギリギリのところでこらえている私は、今にも泣きそうな顔をしているのだろう。でも、絶対に泣かない、私の意地だ。ここで泣いたら、彼に逃げられてしまう。――笑え、桜子。
「私だって、パパとママのこと嫌いだったもん。死ねばいいって、何回も思ったもん。薫先輩は知らないだろうけど、二回目の私……お母さんのこと、殺そうとしたんだよ。でも失敗しちゃったの。それで、あんなことになった。
私たちの関係は、どう頑張っても……やり直せる未来なんて、なかったよ。だから、貴方は何も悪くない。あのふたりは、勝手に喧嘩して死んじゃっただけだよ。自業自得だよ。ざまあみろで、正解だよ。ごめんね、って、言わなくていいよ。もう、いいよ」
家族なんて、いらなかった。そう思っているふりをする。あと、ちょっと。あとちょっとで手に入る。唯一求めた愛が、もうすぐ手中に堕ちてくる。頑張れ、桜子。
彼の手のぬくもりの愛しさや尊さにも、今は泣いてはいけない。彼の罪悪感を、煽ってはいけない。
「生きているかぎり、無理なんてことない。生きてさえいれば、わずかでも可能性はあったのに……俺は、奪った。君から家族を奪った。ひとりぼっちにさせた」
「――ならっ、貴方が責任を取ってくれますか?」
よし、うまく笑えた。よくやった桜子。震えることなく、唇が綺麗な弧を描いた。見なくてもわかる。私は今、完璧な笑みを見せられた。彼だって息を呑んでしまうくらいに。……うまく、演じられた。
「薫先輩。そばにいさせてください。私をひとりにしないでください。帰れる家を、私にください」
「家ならあげられるよ。そばにいたいなら、いたっていい。でも、俺はどこまでも悪いひとだ。俺なんかで……桜子ちゃんは、幸せになれるの?」
「なります、幸せに。私が誰より望むのが、何度も恋に落ち、愛した貴方だから。貴方のそばにいることが、私の幸せです」
彼が嫌そうに顔を歪める。忌々しげに言葉を吐いた。視線を逸らした。
汚くたって良いから、早く来て。私を愛して、私に縋って、私がいない世界じゃ生きられない、って。私は貴方の酸素になりたい。
「俺は、桜子ちゃんに童貞をあげられない。最後の世界で一緒にいるのが、本当に俺でいい? 他の女の子とシてばかりだった、愛のないセックスをいっぱいしてきた、クズの花泥棒で、いいの?」
「はい、貴方がいいです。合意のもとに行われた性行為は罪だと思いませんし、貴方からもらえる初めて、私はちゃんと持ってますから。……貴方の初めての〝愛のあるセックス〟を、私にください」
「俺は……悪いやつだから、桜子ちゃんのパパとママを死なせたこととセックス以外にも、悪いことした。学校で恐喝みたいなこともしたし、嘘をいっぱいついた。人のこと殴ったり、蹴ったりもした。
バレンタインデーに女装して男騙して、不良に襲われにいったとき……正当防衛って処理されたけど、本当はやりすぎだったと思う。全員に怪我をさせた。抵抗するのに見せかけて、木材や鉄パイプをわざと倒して当てたりね。
普段も女装してたのは、あの日のための練習みたいなもので、女装の目的は、あいつらに倉庫に攫われて暴行されるためだった。あいつらが、俺が男なんだと気づいたとき、実は逃げる隙があった。あんなに酷い暴行沙汰になる前に通報すれば、俺もあいつらも傷つかなかった。
でもあいつらを犯罪者にしたかったから、自分が犠牲になってでも、ギリギリまで止めなかった。むしろ煽った。お互いに血を流した。あと、実は……ちょっとグロい話なんだけど。抵抗するときと、逃げるときに、主犯の大事なモノを蹴ったり、ヒールで踏み潰したりした。もちろん、目的は達成された。――なーんてさ、そんな復讐をするような悪いやつだよ、俺は」
「それは、うん。あの、ヒールで潰すのは、ちょっとあれだけど。……でも、あの事件は、あの人たちが絶対悪いんだよ。女装した先輩がいくら可愛くても、何か知ってても、襲おうとしたやつらが悪いに決まってる。貴方の言うとおり、正当防衛ってことになったんだから。貴方は、何も悪くないの。ね? そんなに自分を責めないで。ほら。いい子、いい子」
あやすように、私は彼の頭を優しく撫でた。
なんだっていい。どんなに悪いことをしていたっていい。全部まとめて許すから、私のなかに堕ちてきて。泳ぐ瞳も愛おしいけど、貴方の視線に貫かれたい。私を真っ直ぐに見てほしい。見て、見て。
「他にも……他にもさ。桜子ちゃんのアパートとか、家のお風呂とか、盗撮してた。もちろん見てた。バリバリ見てた。そんな悪い変態野郎だ」
「大丈夫、許してあげる。あれはただの防犯カメラ。お風呂シーン見てたのは、私が溺れないか心配だったからでしょ? 前の私は、いつも一緒にお風呂入ってたもんね。見守るのに慣れちゃってたら、見ないと心配になっちゃうよ。当然とうぜん」
「……ああ、もう! だから、とにかく! 俺は悪いやつで変態で馬鹿だから!! 桜子ちゃんは、他の男と幸せに――」
彼が私を見て、固まる。真っ直ぐに、真っ直ぐに見つめてくれた。どうしてそんな顔をしているの? とでも言いたそうに、私を見る。私、ちゃんと「幸せ」に見えるかな?
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