❀第118話 告白 −上−
だろうな、という顔を彼がした。私がここで唯々諾々と破局を許すはずがないことを、彼はきっと重々承知している。
「ずるいです、薫先輩。逃げないでください。まだ尋問は終わってないのです。全部吐きなさい」
「……なに、あと何言えばいい? 言ってほしいなら、質問してよ。全部を曝け出すからさ」
「どうして私が貴方を忘れ、そしてすべてを思い出したのか。正直なところ、さっぱりわかりません。教えてください」
「ああ、そのことか」
彼の唇に浮かんだのは苦笑だった。そうだなぁ、と彼は話しはじめる。
「俺は二〇一八年の三月一日に四度目の君の死体を見て、二〇一七年の二月一日に戻ってきた。Kが俺にかけた呪いは、俺の来世を桜子ちゃんの命に変えて、同時に世界を十三ヶ月前に巻き戻す。もう、あいつに聞いたかな?
――あのときの俺らは、もう恋人だった。桜子ちゃんを死なせたやつらを殺す覚悟をして、俺はこの世界にやってきた。でも、いざ君が俺の隣で幸せそうな顔をしているのを見ると……嫌われるのが怖くなった。俺が悪いひとになって、君の思い出を壊すのも嫌だった。俺に初恋をくれた君が、殺人犯となった俺と別れるとき、きっと悲しい思いをすると思って。もしかすると絶望してしまうかもしれないとも思って。
ループを繰り返したせいで、考え方がおかしくなっていたんだと思う。俺は、君との関係をリセットしたいと考えた。時を巻き戻すことはできないから、君の記憶を消してしまえばいいと思いついた。
悪魔が記憶を消せるという話は、前に聞いてた。だから、契約していたKに相談した。『俺に関する記憶を、桜子ちゃんから消せないか?』ってね。新たに桜子ちゃんと出会って、『女遊びばかりの花泥棒』だけを知られて、嘘まみれの俺だけが嫌われようと思ってた。思い出は、俺の宝箱だけにしまっておこうと思ってた。
誤算だったのは、俺があいつに騙されたことかな。『代償』の話を、記憶をなくした君と暮らしはじめて、しばらくしてから知った。悪魔は、俺が頼んだ『花咲 薫のすべてを忘れる呪い』と同時に、実験的な反対魔法をかけていた。俺らを被験者にすることが、俺のワガママの代償だった。平行世界で俺と過ごした記憶までもを、文字どおり「すべて」を思い出させる魔法、ということだ。やっぱり悪魔は悪魔だったんだね。俺に苛ついたから呪った、みたいなことも言ってたけど。……とにかく、悪いやつだ。やつの手のひらで踊らせられてた。
初めの魔法で忘れた記憶は、三度目の二〇一六年八月から始まって、四度目の十一月二十四日と五度目の二〇一七年二月一日とを過ぎて、三月一日までのこと。つまり今の君が中学三年生の夏から春の初めにかけて俺と過ごした一連の記憶のことだけど、これはキスをしたら思い出す。元からそう言われてた。キスで忘れてキスで思い出す、そういう魔法にかかってた。
過去の並行世界での記憶は、何かのキッカケで、いつか思い出すかもしれない。フラッシュバックみたいなもの、と言われた。キスみたいに、決まった条件がなかった。やつの実験的な魔法だから、そもそも成功するかもわからなかった。
俺が記憶を操作しようとしなければ思い出さなくて済んだはずの、並行世界の君が死んでしまう記憶。それを思い出させるわけにはいかなかった。あんなつらいことを思い出したら、また自殺するか、そうでなくても廃人になってしまうと思って。
――長くなったけど、君の記憶については、こんなもの。そういうわけで、君は記憶を取り戻した。俺がずっと唇にキスをしなかったのは、思い出させないためだった。君の誕生日に願いを聞かなかったのも、ずっと俺の名前を呼ばせなかったのも、フラッシュバックを恐れたせいだ。実際、俺がつらいからっていうのもあったけど。契約時に性交をしないと明記していたのは、まあ……」
「そっかぁ、なるほどね。悪魔のせいか。ちょっとピンとこないけど、まあわかった。去年の三月一日のレモンキャンデーに、何か仕掛けがされてたの?」
「あ、そうそう。あれが〝記憶喪失の飴〟だった」
「レモン味のキスで、記憶喪失の魔法にかかる……って、なんかロマンティックだね。クリスマスイブの日までずっと忘れてたけど」
「あのキス、本当にびっくりした」
「ん、ごめん」
十五歳の誕生日にレモン味のキスをして、彼を忘れた。クリスマスイブにまたキスをして、この世界での彼との記憶を取り戻した。種明かしが悪魔の呪いでしたーというのは、なんとも気の抜けてしまう話だけれど。まあ、それが真実なら仕方ない。
さて、彼への尋問はまだ続く。あれだけで納得できるはずない。もっとはっきり、言わせたい。
「じゃ、次の質問。私に嫌われるつもりだったのに、貴方を忘れさせたくせに、同棲させたのはどうして?」
「もちろん、ひとりにするのが怖かったから。入学式の日までは何も起こらないと言われてたけど、それでも怖くてまともに眠れなかった。睡眠薬を飲んでも、効果がいつでも出るわけじゃない。君をそばに置かないと、俺が正気でいられなかった。あんな形で無理やり同棲させたら、嫌われると思ってたけど……」
「むしろ恋しちゃいましたね」
「そうですね。聞かれる前に言っちゃうけど、兄妹のふりをさせたのは、青柳や他の女の子たちから嫉妬されないためだよ。堂々と男女交際してた二回目は、青柳のせいで酷いことになったじゃん? 三回目と四回目は波風立てないように他人のふりしてたけど、『手を出したら許さない、特別なひと』として扱えるほうが、守れるかなって思って今回はそうした。シスコン狂人花泥棒の妹、紫ノ姫ってね。いつも迷惑ばかりかけられてきた噂ってやつを、今回は自分たちを守る盾として利用させてもらった」
「うん、その判断は良かったと思うよ。おかげさまで、この世界ではいじめも性的嫌がらせもなかったからね。――で、結局? 薫先輩が女遊びをしてたのは、殺す機会をうかがうためにだけ? 復讐のためにだけ? それとも……やっぱり、楽しかったり、したのかな。他の女の人といちゃついて」
「楽しくは、なかった。最悪だった。一部の人間はいつか殺すことも考えながら抱いてたけど、主な目的は、抱くことそのもの。それ自体が復讐のようなものだった。
俺と関係を持つことが、彼女らの人生の汚点になると思った。俺はいずれ人殺しになるつもりだったから、犯罪者に抱かれたという黒歴史を背負えば良いと思った。言い訳がましいとは思うけど、聞かれたから言わせてもらう。
あとは……過去の君が襲われたんだということを、自分が行為をしているときには、まざまざと思い出せると知ったから。初めて女を抱いたとき、青柳のおかげで知った。抱くたびに憎しみと後悔を募らせた。そのうち誰でも良くなった。
復讐に関係ない、直接の加害者じゃない女に誘われても、理由をつけた。こいつは加害者の友人だから、家族だから、恋人だから。ヤッていいんだ、寝取っていいんだ、って。誰としても、殺された君を思い出してつらくなった。中毒みたいにもなってた。
でも、ひとつだけ弁明しておくと、俺は同意ない性交はしたことない。性犯罪の加害者には、死んでもなりたくなかったから。殺人は犯すつもりでも、その罪だけは犯したくなかった。君を一番に苦しめた犯罪者と同類にまでは、なりたくなかった。おかしなプライドだとは思う。
でも結局、女を抱きまくるのは悪いことだ。避妊はしてても絶対安全ではないし、学校でするのは校則的には黒に近いグレーだし、いわゆる倫理的にはクズだった。悪いことをしている自覚を持ちながら、重ね続けた。悪いことを繰り返して、もう引き返せないと自分に思わせた。自分を『悪』にさせないと、弱い俺は復讐を続けられなかった。
桜子ちゃんと一緒に過ごす甘いだけの生活に、何度も逃げたくなったんだ。『ごめん』って謝って、『もうこんなことやめるよ』って言って、キスをして、抱いて、君だけへの愛を誓いたいと何度も思った。並行世界での恨みなんか忘れて、今の君を幸せにすることだけを考えて生きられたら、どれほど良いだろうと思った。
でも、俺が。君の恋人で、初恋のひとだった俺が、復讐に走って嫌われるのが嫌だったせいで。幸せな記憶が絶望の色に染まるのが嫌で、悪魔に頼って君の記憶を奪ったせいで。君は悪魔に呪われて、並行世界の記憶も思い出すかもしれなくなった。そうしたら、もう逃げられなかった。
記憶が蘇れば、やつらの存在がまた君を苦しめるかもしれない。別の時空で襲ってきたやつらの存在に怯えて、この世界でも悲しい人生になってしまうかもしれない。フラッシュバックの苦しみは、俺だって知ってる。味わせたくなかった。君の苦しみの原因になる人間なんて、消したいと思った。だから、やっぱり、復讐しようと思った。殺そうと思った。
今回は君を守り抜くと、絶対に復讐を遂げてやろうと。そういう思いを強くさせるために、ずっと花泥棒であり続けた。悪いことを毎日していれば、時が来ても、ためらいなく殺人犯になれると思った。……性交すると、思い出すんだ。過去の君が襲われたときのこと。実際に見てないことでも、想像した。君がどんなにつらい経験をしたか、そのイメージが脳内をいつも走ってた。そうやって、苦しみながら女を抱いた。『最低な遊び人』であることで、桜子ちゃんとの一線を越えないようにもしてた。抑えてた。こんな俺じゃ、桜子ちゃんを幸せにできない。汚くてそばにいられない。それが、俺の抑止力だった。
桜子ちゃんのことは、穢さないように。人殺しに抱かれた黒歴史を背負わせないように、いつか好きな人と『初めて』をできるように。ちゃんと、綺麗にお別れできるように。ずっと……ずっと、我慢してた」
彼の苦しそうな告白に、私は……思わず、胸を高鳴らせた。欲しい答えはこれだった。いま笑っては絶対に駄目なのに、にやけそうになる。誤魔化すように咳払いをして、わざとため息をついた。
もっと聞きたい。確信に迫りたい。彼をこちら側に
「でも……でも、薫先輩は、誰も殺さなかった、よね? いまのところ。パパとママは勝手に死んじゃったし、不良グループは犯罪者になっただけ。青柳先輩とか、他の人のことも、もう殺すつもりないんじゃない? それは……なんで、って。聞いたら、答えてくれる?」
わざとらしく、問うた。
「それは……――」
彼が口ごもり、また苦い顔をする。つい、と顔を背けてしまった。目を合わせてくれない。でも、私だって負けられない。追い詰める。徹底的に堕としてやる。ねえ。こっちに、来て。
「薫先輩、私のこと大好きでしょ? だから殺せない、って予想したのは。私、傲慢だったかな」
「それ、は……」
「薫先輩が、口先では私に愛を囁き続けた理由。復讐しようって決めて、他の女を抱いたりしても、私の想いをたまに拒絶しても……貴方は、私のことが本当に好きだったから。それについての嘘だけはつけないくらい、私を愛してくれたんでしょう?
貴方がこの私に嫌われることを予定していたように、貴方は過去の私をより深く愛するつもりだった。この世界の私たちの関係は、一年契約で終わりにするつもりだった。別れるつもりだった。もともとは、そうだったんでしょう? でも……うまくいかなかったんですよね。私が、貴方を好きになってしまったから」
彼に触れていた指先が、熱く濡れたのに気づいた。覗き込むような無粋な真似はしない。彼が私を見てくれるのを、私はいくらでも待ち続ける。
この数ヶ月、ずっと待っていたのだ。真実を語らって想いを通じ合わせる日を望んでいた。あと少しくらい、私は待てる。意地悪な本性を隠して、いい子のふりをできる。
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