✿第116話 最後の賭けと失恋と
…………――――――あれ? からだが、重い? なんだこれ。
『あら、カオルくん。気がついた? って、まだ意識は戻ってないけど』
耳から聞こえるというよりは、頭に直接響くというように、その声は俺の脳内に入ってきた。
――K、ですか?
俺の脳内からの問いに、相手はクスクスと笑い声を上げる。
『そのとおり、ワタシは悪魔ちゃんで〜す! カオルくんが死にかけてるから、深層心理にお邪魔しちゃった☆』
Kの調子は相変わらずで、俺が健常だったらため息をついていたところだろう。が、しかし今の俺にはそれすらできない。思考する能力しか残っていない。全身は尋常でない重さを感じるだけで、ピクリとも動かすことはできなかった。
――俺は、まだ死んでないんですか。本当に「死にかけてる」だけですか。
『ええ、そうよ。カオルくんは、死にかけてるだけ』
「カオルくんは」の「は」の音を強調してKは言う。ゾワッと嫌な予感がした。カオルくんは、ということは……
――桜子ちゃんは? 無事ですよね?
俺の意識があったとき、彼女の命に別条はなかったはずだ。殺人鬼も気絶していたから、あのあとアイツに襲われる危険もなかった。
腕から血をダラダラと、瞳からは涙をポロポロと流しながらも、彼女はしっかりと生きていた。
刃物が腹を貫通した俺でさえ死なずにいるのなら、彼女があの程度の怪我で死んでしまうはずはない。
俺がここまで守り抜いてきた彼女は、こんなことで死ぬようなひとじゃない。死んでいいひとじゃない。そう、思う。なのに。
『そうそう、サクラコちゃんのことを聞こうと思ってたのよ。カオルくんはどう思う? サクラコちゃん、死んじゃうかな?』
――まさか、彼女が危険な目に遭っていると?
『ううん? 違う違う。ワタシがサクラコちゃんを死なそうかどうしようかって話。今は無事だよ』
――はあ?
Kが何を言っているのか、さっぱりわからなかった。桜子ちゃんが絶望して死ねば、Kは、彼女の美しく清らかな魂を狩ることができない。
桜子ちゃんの魂を綺麗なままで手に入れることこそが、Kの目的だったはずだ。
『ワタシ、別にサクラコちゃんだけがターゲットってわけでもないし、別にあの子が死んでもいいのよね。それに……サクラコちゃんが死ねば、アナタは絶望するでしょう? そっちのほうがステキなの』
――意味がわからない。なんで、俺が絶望するのがステキなことなんですか。なんなんですか。
『
はぁ、とKはため息をついた。
『アナタ、なかなか諦めないんですもの。どうして? サクラコちゃんの何がそんなにいいの? サクラコちゃんよりカワイイ女の子はいっぱいいるし、カノジョは頭がいいわけでも要領がいいわけでもスタイルがいいわけでもない。フツウに生きてればフツウの女の子。そんなカノジョの、どこがいいの?』
どこか悔しさが滲むような声色で、Kは言った。馬鹿馬鹿しいにも程がある。
――何がいいって? 俺は、どこかの面やパーツで彼女を好きになってるんじゃない。
出会ったとき、印象は悪くなかった。たしかに普通の女の子だった。どこにでもいるような女子生徒。彼女は、俺とはかけ離れた存在だった。
……でも、彼女は同時に特別でもある。俺と彼女との間にある思い出を、俺は愛している。たとえ彼女が覚えていなくても、好きだった。彼女と生きた日々を愛していた。
明確な理由はない。ただ、下心を感じさせない彼女と一緒にいる時間が心地よかった。もっと一緒にいたいと思った。笑顔を見たいと思った。悲しんでほしいわけじゃないけど、泣き顔を見てみたいと思った。
彼女に対して、何かを思うこと。こうしてあげたいと思うこと、こうなってほしいと思うこと、そういうことがどんどん増えた。
たぶん、そういう想いの積み重ねが、俺にとっては恋だった。そう思う。
『バッカみたい』
――ああ、そうだな。
俺はとんでもない馬鹿だ。初めての恋に浮かれて、溺れて、狂って、人道に反することをした。他人の命も人生も壊した。
『大した理由もないくせに、こんなに苦しむことができるんだ? へえ。ムカつくわ。すごくムカつく』
――そうか。悪かったな。
桜子ちゃんに幸せになってほしいという思いだけは、我ながら大したものだと思うけど。
『ワタシね、これからサクラコちゃんに会いにいくの。そうね、こんなことを言うつもり。「貴女の命を捧げたら、彼を助けられるとするならば、貴女はどうしますか」ってね』
――それは、どういう……
『今までの逆バージョンよ。アナタの来世をカノジョの命に変えたように、今度はカノジョの命をアナタの命に変えることにする。アナタの恋は、絶対に叶わないわ。サクラコちゃんは、アナタを選ぶもの。自分の命を軽んじているカノジョなら、絶対に大好きなアナタを選ぶ。これでループもおしまいね。悲恋っぽくていいじゃない』
――ふざけんなよ。K……!
からだが動けばすぐにでもヤツをとっつかまえたいのに、重たすぎて動かない。
『ふざけてないわ、ごめんなさいね。アナタを庇って死ぬカノジョの遺影を見て、今度こそ壊れてしまえばいい。……ワタシなら、――――――から』
途中の音は、小さすぎて聞き取れなかった。
『またね、カオルくん。鉛のような体で、結果報告を待っていてね』
そうして、悪魔の声は聞こえなくなった。ただただ静かで、胸がざわざわとして、気持ちの悪い時間が続いた。
『――ただいま、カオルくん』
――桜子ちゃんは、
『死んだ』
――っ、まさか。そんなこと、
信じない。
『ショックよね。つらいわよね。でも大丈夫。……すぐに楽になれるから。早く絶望してしまいなさい?』
――……K、なぜ泣いているんですか?
しかも、悲しそうに。
『……アナタたちは、運命の人じゃない。幸せにはなれない』
――何度も言われなくても、前に聞きましたよ。
『何度も引き裂かれても、カノジョが何度も襲われても、カオルくんはサクラコちゃんが好き?』
――ああ、大好きだ。
『答えが早いのね。でも、そっか。そっかぁ……――』
悪魔はなぜか
『幸せに……ね』
――K、それは、
Kに問いかけ終える前に、からだの感覚が変わった。目を瞑っているのに、目の前が激しく明るい。体が信じられないくらいに重くなったあと、ふっと突然に軽くなる。
瞼の向こうの明るさが収まるのを待ってから、俺はゆっくりと目を開けた。
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