第103話 運命の人じゃないけれど
二切れのチョコレートケーキ、しかもコンビニの安いもの。そんな画像がこんなにもバズることって、珍しいんじゃなかろうか。
『コンビニの前に落ちてた もったいねー』
事件発覚前はたったの3いいね!しかもらえていなかったその投稿は、事件と結びつけられたことで一躍話題となった。かの事件の物悲しさと凄惨さをよくよく表すものだった。
バレンタインデーの夜。コンビニに出かけたひとりの少女は、二切れのチョコレートケーキを購入した。彼女はコンビニから出た先で、不良グループのリーダーとぶつかってしまう。その拍子に地面に落ちたチョコレートケーキはパッケージごと踏みつけられ、中身がはみ出てグシャグシャになってしまった。彼女は彼らにいちゃもんをつけられ、どこかへと連れていかれる。これは、コンビニの防犯カメラに映っていた光景だ。
少女はとある工務店の倉庫に連れこまれ、殴られ倒れる。スマホでビデオを撮りながら、彼らは少女を輪姦した。暴行の果てに血みどろになった彼女は虫の息。やりすぎた。死なせてしまう。恐れをなした彼らはスマホから動画を消した。倉庫にあった灯油を撒いて、少女にもかける。常備していたライターで火をつけた。
赤々と燃える彼女と倉庫。やつらは逃げ出す。火災に気づいた近所の人が通報するも、倉庫は全焼。見るも無惨な姿で発見された彼女は、とうに息絶えていた。
コンビニから倉庫までに点在する防犯カメラの映像から、不良グループの犯行だと特定される。消したつもりだった動画はゴミ箱フォルダに残っていて、押収されたスマホから発見された。おぞましい事件の全貌が明らかとなる。犯人らは未成年の高校生であり、少年法のおかげで極刑は免れるだろうとのこと。
コンビニで少女のレジ対応をした店員は言う。『恋人に買って帰るのだと、嬉しそうにしていた』と。『こんなことになるなんて思っていなかった。可哀想で言葉が出ない』と。
例のチョコレートケーキ画像の投稿者がテレビで流れたそのインタビューを見て、『被害者少女が購入したチョコレートケーキ』として先の投稿を引用して再投稿。見事にバズった。
少女の恋人が暮らすマンションにも、野次馬やマスコミが押しかけた。恋人は応じず引きこもっていた。憶測の記事がネットにあふれる。しかし二週間も経てば、もうほとんどが静かになった。ターゲットは新たになった。
三月一日。木曜日。事件の捜査、司法解剖のために警察側が持っていた遺体が、遺族のもとに帰ってきた。数年間ほとんど別居状態だった母親のもとに、少女の遺体は帰ってきた。
家に置くのもどうかということで、その夜に火葬することになった。遺体は葬儀場の一室に安置された。恋人が、少女に会いにきた。
「桜子ちゃん」
涙で何もかもがグチャグチャで、彼女のことがわからない。見えてたってわからない。彼女はひどく崩れていた。
辛うじてヒトのカタチをとどめた、何か。
彼女が残したメモ書きは、望まずに遺書と成り果てた。同時にこれは、彼女が俺にくれた初めてのラブレターだった。鉛筆で綴られた文字は拙く震え、きっと頑張って長い時間をかけたものだった。
あいしてるよ。薫くん
ひらがなとカタカナばかりの手紙のなかで、俺の名前だけが漢字であった。
「お花と……レモン、持ってきたよ。桜子ちゃん。十六歳のお誕生日、おめでとう」
手折った花と、黄色い果実を彼女に捧げる。生きていたら、彼女は今日で十六歳になっていた。彼女は、まだこんなに若い女の子だった。また十五歳のままで死んでしまった。
桜子ちゃんは、桜の花が好きだった。だけど今は三月一日。桜の花は咲いてない。代わりに持ってきたのは梅の花。二回目の彼女と話したあの公園。あそこに咲くのは梅だった。三回目の彼女と出会った公園には、桜の木が一本だけ生えている。
梅の枝を手折ってきた。桜のふりをして騙すような、嘘つきの花だった。爛れて冷たい小さな手に、梅の花枝を挿してやる。
「可愛いよ、桜子ちゃん」
次いで、鞄から出すのはレモンの実。彼女が死んだと聞いてから、俺はまた拒食気味に戻っていた。アイスと氷砂糖とレモンばかりを食べていた。
彼女にあげようとして、手が滑って落としてしまう。胸の上に落下して、弾んでころんと転がった。白装束の上から、彼女の胸元に触れてみる。勘違い、かもしれない。レモンを落としたところが、
彼女の遺体は朽ちかけていて、奇妙にやわらかいところがある。赤黒かった。爛れていた。顔だってわからない。どこが目で鼻で口なのか、曖昧にしかわからない。そのくらいに壊れていた。彼女はボロボロだった。
「ごめんね。守れなくて。助けられなくて。……痛かったよね。つらかったよね。熱かったね」
彼女はひどい暴行を受け、生きたままに燃やされた。どんなにか苦しかったことだろう。
「最後、泣いてたのかな。俺……俺さ、桜子ちゃんの顔、思い出せないんだ」
写真を見れば、彼女だとはわかる。でも、頭に浮かばない。彼女がどんな顔をしていたのか。笑うとき、泣くとき、彼女はどんな顔で心を表してくれたのか。何も思い出せなかった。彼女の顔には
「無表情だって、好きだった。笑う顔も泣く顔も好きだけど、全部ぜんぶ好きなのに。……思い出せない。こんな世界、みんな爆発しちゃえばいいのにね」
彼女の頬をゆっくりと撫でる。指に突っかかって、さらりと進めない。爛れていた。爛れていた。
扉が開く音がして、俺はくるりと振り返る。見たことのある人だった。桜子ちゃんのお母さんとお父さんだった。ふたりが一緒にいるのを見たのは初めてだ。お母さんはボロボロと泣いていた。お父さんは無表情だった。
俺はお辞儀して、そっと退く。梅とレモンも退散させた。贈り物用のテーブルに置いておく。
お母さんが駆け寄って、桜子ちゃんの頬を包んだ。泣いて、泣いて、彼女の体に覆いかぶさる。
彼女が死んだことをこんなにも悲しむとは、意外だった。虐待してたやつなのに。酷いことして、死に追い込んだやつなのに。どうして、こんなに泣いているんだろう。
「……桜子」
お父さんは涙はこぼさず、ただ苦しそうな声で呟いた。実の娘かわからないくせに。幼い頃は虐待してたくせに。再会したらレイプして、殺したくせに。なんでこんな悲しそうに呼ぶんだ。まるで大事な娘かのように見るんだ。
俺は安置室から出ていって、しばらくぼーっとしていた。ポケットから桜のヘアピンを取り出し、握る。
「……K、いますか」
風が吹き、あの悪魔がやってきた。今日はいつもより露出少なめで、葬儀の参列者のような格好をしていた。こんな服も持っていたのか、と変な感心をしてしまう。
「なぁに、カオルくん」
「聞きたいことがあります。夢魔の性質について、ネットで調べてみたんです。すべてが正しいとは思っていません。ですが。……夢魔と行為に及んだ人間が、凶暴化する場合もあるというのは事実ですか?」
Kは息を呑み、視線を左右に動かしたあと、うん、と頷いた。
「単刀直入に聞きます。今までの事件。彼女がこんなにも性被害にばかり遭って死ぬ理由。悪魔が関係してはいませんか? 呪いではなく、夢魔のせいではないですか?」
「……よく、わかったね」
桜子ちゃんの死を伝えにきたとき、Kは『ごめんなさい』と謝った。その言葉に引っかかった。個人の謝罪というふうではなく、もっと何か大きなものが背後にあるように感じられた。Kは数秒間目を瞑り、真っ赤な瞳を潤ませて、答える。
「すべてがそうなのかは、わからない。でも、今回はしてやられた。アイツが……サクラコちゃんに〝絶望の葬送曲〟の呪いをかけた女悪魔が、あの不良グループと関係を持ってた。
ニンゲンでいうと、ドラッグみたいなものかな。夢魔とシて、記憶を消されなかったときの依存性や快楽。離れると再び求めて、代替物に走ってしまう。完全に、アイツに遊ばれた。他の時も、そうだったのかもしれない。ワタシ、気づいてなかった。バカだった」
「なんで、今まで教えなかったんですか。夢魔の性質。なんでですか」
「こんな形で悪用されると思ってなかった、というのが正直なところ。ワタシはこんな使い方しないし……って、ごめん。言い訳がましいよね。ごめん。今まで黙ってたこと、話すね。〝絶望の葬送曲〟の正確な内容を」
十三ヶ月の間に、99パーセントの確率で死ぬ呪い。俺がいま知っている情報はこれだ。99パーセントだったこと以外にも、まだ隠していたことがあったのか。なんで一度に教えられないんだ。腹立たしい。思わず殴りたくなる。
「〝絶望の葬送曲〟は、最強の呪い。この呪いをかけられたニンゲンは、十三ヶ月の間に絶望して死ぬ。『絶望して』ってところが、この呪いが最強だと言われる理由ね。桜子ちゃんはこれまでの三回、全部で絶望してから死んでいる。絶望は死に至る病というでしょう? 絶望して死ぬと、魂の輝きのすべてが消えてしまうの」
「……三回、ですか? 彼女が死んだのは、四回ではないですか?」
「あっ、あー……そうだ、そうだね。四回だ。ごめん、間違えちゃった。……だから、カオルくんは、サクラコちゃんを絶望させないようにしなきゃいけないの」
絶望して、死ぬ。過去の彼女はすべて、絶望して死んだ。重苦しい言葉だった。
「カオルくん。ここでやめますか?」
「……は?」
「やめようかな、って。思ったでしょう。いいんだよ別に、ここでやめても。どうせカオルくんは、サクラコちゃんの運命の人じゃないから」
「どういうこと、ですか」
正直なところ、今日までの日々で、もうやり直すのはやめようと思ったことが何度もある。繰り返すたびに彼女の死に方は酷くなる。もう諦めて、これ以上苦しませず、眠らせてやりたいと思った。
彼女の書いたラブレターを失うのが怖かった。それもあるかもしれない。彼女がくれた初めてのラブレターは、巻き戻れば世界から消えてしまう。彼女が頑張って形として残してくれた愛を喪失するのは、とても恐ろしいことだった。
だが……運命の人じゃない、とは? 何度繰り返しても惹かれ合った。彼女は俺に恋をした。それなのに、運命の人じゃない??
「運命の人は、神さまに決められている。運命の人は、初めて生まれたときから来世の回数が一緒なの。生まれ変わってもめぐり逢う運命になってるの。
でも、アナタたちはそうじゃない。カオルくんの来世がサクラコちゃんより多かったからこそ、アナタが運命の人じゃなかったからこそ、ワタシはアナタを選んだの」
「K、前に言ったじゃないですか。桜子ちゃんを一番に愛してたのが、俺だって。それは運命ではないんですか?」
「神さまは、アナタたちが結ばれるのを望んでない。だからいいよ、諦めても。――花咲 薫。貴方の来世は、あと一回。ここで諦めてもいい。この世界で彼女を想って死を迎え、彼女を永遠に忘れ、彼女のいない世界に再び生まれる。それでもいい。
最後の世界を見る覚悟、貴方にはありますか? もうやり直せない世界で生きる覚悟が、貴方にはありますか? ……さあ、答えて」
俺は、桜子ちゃんの運命の人じゃない。最初っからそうだった。馬鹿みたいだ。
このままこの世界で生きたとして、俺は桜子ちゃんを忘れはしないだろう。ずっと彼女を想って、恋人を作らずに、結婚もせずに、いつか死ぬ。これで終わりなら、それで良かった。でも、俺には来世がある。やり直さなければ、彼女がいない世界に再び生まれてしまう。……そんなこと、嫌だった。桜子ちゃんのいない世界に、生きる価値などない。答えは決まった。
「諦めません。やり直します。……今度こそ、彼女のすべてを守ります。そして彼女を絶望させた、すべてを、」
彼女が酷い死に方をして、やつらを恨んだ。憎悪の念を募らせた。今度の世界でやることを、俺は彼女を失ったときに決めていた。彼女の遺体を目に入れて、さらに決意を固くした。
「殺します。裁かれていい。犯した罪は精算する。どう頑張ったって許せないから、もう殺すしかない。俺らが幸せになるには、これしかない」
悪魔は真っ赤な唇をニィっと持ち上げ、嬉しそうに笑った。
「よかった。やっぱり、カオルくんを選んで正解だった」
「……今の桜子ちゃんに、別れを告げてきます。待っててください」
俺は安置室に戻り、ひとりきりの彼女に駆け寄った。唇と思しきところに口づける。乾いて息もない、朽ちかけた唇だった。息絶えた恋人だった。
「ごめんね、桜子ちゃん」
彼女がくれたラブレターを最後にもう一度読み、彼女のそばに置いていく。最後にもう一度、キスをした。
「愛してたよ。……桜子ちゃん」
最後に最愛の名前を読んで、俺は彼女を置いていく。骨になるのを見届けぬまま、この世界に別れを告げる。
そして――最後の二〇一七年。二月一日に、俺は時を巻き戻った。彼女を救うため、今度はみんなを殺してやる。愛のために罪を犯す。
新たな世界が幕を開けた。
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