第78話 呪いが始まる三月一日
二〇一七年、三月一日。帰宅すると、悪魔のKが部屋にいた。この悪魔、いつでも露出度高めな黒い衣服を着ているらしい。彼女は親しげにひらひらと手を振る。
「やっほ、カオルくん」
「なんでいるんですか。不法侵入ですよ」
「悪魔には、人間界の法律なんて通じません。残念でしたー」
「用ないなら帰ってもらえます? 俺、ゲームしたいんですけど」
「あら、サクラコちゃんの呪いに関する情報はいらないの? 今日はサクラコちゃんが呪われた日だし、せっかくなら教えてあげようと思って来たんだけど」
「なんか教えてもらえるなら、もちろん聞きますけど?」
悪魔は「そんな冷たく言わないでよ〜」と不満そうにした。残念ながら、俺は彼女に優しくする気はさらさらない。悪魔は俺の部屋を歩き回りながら話しはじめる。
「サクラコちゃんにかけられた呪いは〝絶望の葬送曲〟。二〇一七年の三月一日にこの呪いにかかる運命は、生きている限り不可避です。サクラコちゃんは今日から十三ヶ月間、死にやすくなります」
「はい。それは前にも聞きました」
悪魔は声の調子を変えて、今度は歌うように話す。スキップも始める。地味に聞き取りにくい。
「ここでー! 優しい優しい悪魔さんから、ワンポイントアドバイス♪ この国で時を操る呪いを使える悪魔は私だけでぇす。よってー、この世界で起こる出来事は、時の巻き戻りを知る唯一のニンゲン――アナタの行動によって、前の世界と違うものになります!!」
「つまり……前の桜子ちゃんが集団レイプされたのは、俺のせいってことですね。俺が彼女と付き合ったから」
「うぅん、そうとも言うかもね。でもでも、カオルくんが何もしなくても、サクラコちゃんは自殺してたよ? サクラコちゃんを自殺させなくできるのは、カオルくんただひとりなのです。だから、ふぁいとー!」
「……Kに応援されても、あんまりやる気出ませんよ」
Kは「えー、ひど〜い」とすねたような顔をした。本当に可愛くない。なんかイライラする。
「まー、だから、簡単に言うとさ。カオルくんが変なことしなければ、一回目以上に悪いことは起こらないの。そんなに心配しすぎなくてイイよぉ。呪いの効果にはムラがあるんだけど、Kちゃんセンサー的に、三月中には何も起こらないと思うんだよね。一発目の攻撃が、あの露出狂事件なはず!」
「攻撃っていうのは、ただの比喩ですか? それとも、呪いの力が強く作用するタイミングがあるとか?」
「うーん、わかんないけどぉ、四月七日の露出狂と、九月一日は要注意かもね。過去の時空で何かあった日は、今回も気をつけてたほうがイイかも。今日のところは、こんなものかな。じゃ、バイバ〜イ☆」
悪魔はニッコリ笑って、突然消えた。また風が吹く。いちいち前髪を直すのも面倒くさい。あと、あの悪魔。情緒不安定なんじゃなかろうか。
今日は、三月一日。桜子ちゃんの十五歳の誕生日。日付が変わるタイミングでメッセージは送って、そのあと電話でも祝った。彼女はとても喜んでくれた。
今日は平日で授業がある日だったから、彼女の家にはまだ行っていない。行ったほうが、いいだろうか。気持ち的には、めちゃくちゃ会いたい。
[桜子ちゃん、家行っていい?]
[いいよ]
[じゃあ、行くね]
そう簡単なやりとりをして、俺は家を出た。彼女の家に向かう前にショッピングモールに行き、雑貨屋でウサギのストラップと文房具を買う。思いつきで選んだ、彼女への誕生日プレゼントだ。
いつもどおりにインターホンを押すと、彼女がひょっこりと顔を出す。入試の日に切られた腕の傷は塞がって、今は包帯は巻いてない。
「こんにちは、桜子ちゃん。お誕生日おめでとう」
「ありがとう、薫くん。無事に十五歳になりました!」
彼女は笑って、俺を部屋へと招き入れる。高校に入る日が近づいても、彼女は過去より明るいままだった。悪魔に呪いをかけられたなんて、嘘なんじゃないかと思えてくる。
「……これ、プレゼント。良かったら、もらって」
「わぁ! いいの? ありがとう!!」
桜子ちゃんは満面の笑みでプレゼントを受け取って、「開けていい?」と聞いてきた。「いいよ」と答える。嬉しそうにしている桜子ちゃんは、ただただ可愛かった。
「ありがとう、薫くん。大事にするね。高校で使うことにする」
「うん、喜んでもらえて良かった。入学関係の書類とか、準備とか、なんか困ってることない? 大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。中学の頃から、自分の書類の準備は慣れてるし」
「そっか、それもそうだよね」
彼女が中学生の頃だって、彼女の母親は、まともに家に帰ってこなかった。来てもどうせ、ろくなことはしていない。
桜子ちゃんは、たくさん苦労してきたんだな、と思う。しっかりしてて偉いな、とも思う。
「薫くん、今度はいつ、うちにくる?」
「うーん、わかんない。あんまりフラフラ出歩いてると、母さんに心配されるからさ。最近、ちょっと面倒くさい感じなんだよね。あと出かける用事もあるから、しばらく都合つかないかも」
「ご家族で、お出かけするの?」
「うん、そうだね」
「……いいなぁ」
桜子ちゃんは、羨ましそうな、そして寂しそうな顔をした。失言だったな、といまさら思う。俺が彼女に自分の家族の話をするのは、あまり良くないことかもしれない。彼女の家と俺の家とでは、環境が違いすぎる。前の初デートのときだって、別れたい理由に『経済状況の差が著しいから』と挙げられたのだ。
「連絡は、いつでも取れるようにするから。寂しい思いさせて、ごめんね」
「え、ううん! そんな、薫くんが謝ることじゃないよ。でも、連絡できるのは嬉しい」
いつもどおりに彼女と過ごして、いつもどおりに帰宅した。二〇一七年の三月は平穏に、あっという間に過ぎていった。
なんだかんだと機会がなくて、彼女に会わないまま春休みが明けた。
そして、四月の七日。高校の入学式の日が、やってきた。
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