第50話 三月一日 彼と生きる未来が、待ち受けていなくても
雪美さんと、彼のご両親がお見舞いに来た。雪美さんは、私のことも心配してくれた。彼のお母さんは私にひどく怒っていて、思いきり平手打ちされた。当然だな、と思う。私が自分勝手に家出なんかしなければ、こんなことにはならなかったのだから。彼のお父さんも、なんとも言えない表情をしていた。
彼が渡してくれたひとひらの桜の花びらのヘアピンと、私の宝物の桜のヘアピン。一度家に帰ったときにそれらを比べて眺めると、ふたつはどうやら同じもののようだった。先輩のものは、私のものの花びらが四枚折れてなくなったもののようで、より色褪せていた。
クリスマスデートの日以外にはつけていなかったものと、毎日つけていたものを比べるのもどうかも思うが、彼のヘアピンを見ると、どうにも時の流れというものを感じさせられた。
雪美さんは、「厨二病こじらせたファンタジーな話って思うかもしれないけど」と前置きをしてから、彼から聞いたという話を私に教えてくれた。
先輩は、どうやら〝ループ〟というのをしていたらしい。私が死ぬと彼は時を巻き戻って、いつも助けようとしてくれていたのだとか。たしかにそう言われてから記憶を辿ってみれば、彼のたびたび見せたおかしな行動にも頷ける。完全に彼を理解できたわけではないけれど、前よりはうんとわかるようになった。
いろいろなお世話を雪美さんにしてもらって、私は先輩との会話がない日々を送った。先輩は、二日経っても目覚めなかった。彼のご両親がいない隙に、私は彼のお見舞いに行く。バレンタインデーに襲われたときの顔の傷はまだ一部残っていて、その姿を見るのがひどく切なかった。過去の彼は、こんなにボロボロにはならなかった。過去の彼は、こんなにも向こう見ずな死に急ぎ野郎ではなかった。彼を追い詰めたのは、きっと私だ。
「……先輩。こんにちは。もうとっくにお昼なのに起きないなんて、お寝坊さんですね」
彼から返事はやってこない。私はひとりで、彼に話しかけ続ける。握り返してくれない手を握る。
「先輩。先輩は、私以外と付き合ったこと、なかったんですね。さっき、雪美さんに聞きました。……じゃあ、自殺した彼女も、殺された彼女も、私のことなのかな」
本当にそうだったら、あんなに羨んで、嫉妬したのが馬鹿みたいだ。過去に愛されていたのも、死んでも忘れられないくらい深く想われていたのも、みんな私だったということなのだから。
「先輩。いつも、私に優しくしてくれてありがとう。何回も、隣にいさせてくれてありがとう」
ぽたりと涙が落ちる。彼に優しくしてもらった恩を、私はいつも仇で返した。
「先輩が、他の女を抱いたのも……きっと、私のためですね。いろんなことから、守ってくれてたんですね」
先輩は目を覚まさない。私だけが彼の手を握っている。
先輩、早く起きて。怒られてもいいし、愛想を尽かされていてもいい。嫌いだと言われてしまってもいいから。お願いだから、目を覚まして。
「愛してくれてありがとう、先輩」
先輩は目を覚まさない。閉めきっているはずのふたりきりの病室に、さぁっと軽い風が吹く。窓辺に、ひとりの女が現れた。露出の多い破廉恥な格好をした、黒髪赤眼の大人の女だ。いったいどこから湧いたんだと、私は彼女を睨めつける。
「……貴女は、誰ですか?」
「ワタシは悪魔。コードネームはK。カオルくんに呪いをかけた悪魔です」
「呪い……って。どういうことですか」
「簡単に言うと、カオルくんがループできたのはワタシのおかげなの。言い換えれば、サクラコちゃんがいま生きてるのも、ワタシのおかげってわけ」
「はあ」
「ワタシの呪いで彼の来世を奪う代わりに、サクラコちゃんを生き返らせた。死んだアナタが生き返ると同時に、この世界は十三ヶ月前まで巻き戻る。それが、ワタシのかけた呪いだよ」
悪魔は、ばっちんと可愛らしくないウインクをした。まったくもって面白くない。彼女のテンションについていけない。なにを言っているのかよくわからない。
「アナタは過去に四回死んだ。カオルくんは自分の来世を四回分も捨てて、アナタを生かしてくれたってわけ。いやぁ、愛だねぇ」
「……それで? 貴女は何をしにここに来たんですか? また先輩の来世を奪いに来たの?」
なにがなんだかよくわからないが、先輩を守らなくては。そう思って椅子から立ち上がると、悪魔はクスクスと笑った。真っ赤な唇が、にいっと上がる。
「なにが、おかしいんですか」
「いやね、来世を奪う――なんて。別にワタシが奪いたくて奪ったんじゃないの。アナタが死ぬから、代わりにカオルくんの来世をアナタにあげたんじゃない」
「私のせいってこと、ですか」
「まあ、そうとも言うかもね。それで、ワタシからひとつ提案があるの。サクラコちゃん、恩返ししてみない?」
「恩返し?」
私のために、先輩が来世を捧げてくれた――というのが本当ならば。この悪魔がいま口にした恩返しも、そういった類のものなのだろうか。
悪魔がすぅっと息を吸って、淡々とした台詞を吐く。
「紫月 桜子。貴女の人生はこれが最後。自分の命を捧げれば、彼が助かるとするならば。貴女は、どうしますか?」
「つまり、どういうことですか」
「んもう。理解力のないおバカさんね。サクラコちゃんとカオルくんには、もう来世がないの。だから今度誰かを生き返らせるには、今の人生の残りの寿命を差し出さないといけないね。可哀想だけど、それが現実だし」
「私が命を捧げれば、先輩は助かる……ってことですか?」
「うん、そうよ。どうする? もたもたしてたら、カオルくん死んじゃうかもだけど。いいの? だ~いすきな人が死んじゃっても。彼が死んだあと、いつまで猶予があるかはわからないよ? サクラコちゃんを生き返らせるのには慣れてるけど、カオルくんではやったことないし。早く決めてくれないと、手遅れになっちゃうかも〜っ!」
今まで四度も来世を捧げて、私を助けてくれた先輩。私のことを、甘く強く愛してくれた先輩。
彼に一番に愛されたのが、きっと自分だったと知れた、今なら。いま死んだとしても、この人生が幸せじゃなかったとは思わない、はずだ。すべてに満足はできないとしても、幸せだったと思って死ねる。彼の幸せを祈って死ねる。
眠る先輩の顔を見る。私の愛しいひと。私の大好きなひと。何度も初めての恋に落ちたひと。
彼にたくさん愛された。私が取るべき選択肢はわかっている。迷うことなく、私は決められる。彼の手を撫で、頬を撫で、髪を撫でる。
いつも彼がつけていた、今は私が持っている、ひとひらの桜のヘアピンを、ポケットから取り出して握りしめた。たとえ、彼がどんな未来を歩むことになったとしても――この選択に、悔いはない。
彼と生きる未来が、待ち受けていなくても。私は、この道を選ぶ。
私は悪魔を見つめ、はっきりと告げた。
「私は……――」
悪魔が赤い眼を大きく見開く。彼女はにやりと口の端を吊り上げて、たいそう楽しそうに笑った。
第一幕【彼が愛する女は誰か?】――End.
Next――第二幕【誰が彼女を殺したか?】
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