第40話 十二月二十四日 「そばに、いさせてもらえませんか」

 観覧車に乗るために、先輩と一緒に列へと並ぶ。暇潰しにスマホで何かをしようと思って開いてみると、紗衣ちゃんと彩奈ちゃんとの三人のトークグループに、新着メッセージが来ていた。紗衣ちゃんから来ていたそのメッセージを見て、桜子はにやける。


 [ご報告。無事にお付き合いする運びとなりました!!]


 紗衣ちゃんも、好きな人に告白すると言っていた。クリスマスイブに会うことをオッケーされた時点で脈アリな感じはしていたが、無事に恋が叶ったのなら良かった。桜子は『おめでとうございます!!』という祝福の言葉と一緒に、ハイテンションで喜ぶうさぎのスタンプを送る。


 [ありがとう、桜子ちゃん。そっちはどう?]


 紗衣ちゃんからのメッセージに『今から観覧車乗ったら告白します』と送ると、紗衣ちゃんが応援メッセージをくれた。彩奈ちゃんも、紗衣ちゃんを祝ったあと、桜子の応援をしてくれた。こういうふうに励ましてくれる友達がいて、良かったなと思う。


「桜子ちゃん。今スマホで何してるの?」

「友だちとトークアプリで話してました。友だちが、好きな人への告白うまくいったみたいで……私も嬉しいです」

「そっか。それはおめでたいね。――話終わったら、スマホの電源切っておいてね。観覧車のなかで着信音とか鳴ったら、テンション下がるし」

「はい、了解です!」


 先輩にうんうんと頷き、告白宣言を改めてグループトークに送ってから、桜子はスマホの電源を切った。今の時刻は、もうすぐ夜の七時になる頃だ。


 順番が回ってきて、ふたりは観覧車のゴンドラへと乗り込んだ。観覧車が一周するのにかかる時間は、だいたい十五分くらいらしい。その間に桜子は勝負を決めなければならない。


 扉が閉まって、ゴンドラが少しずつ上がっていく。緊張で心臓がバックバクの桜子は、ひとまず世間話をしてみることにした。いつも通りのなんてことない話をしていれば、多少リラックスできるのではないかと思ったのだ。


「あの。えと。……花泥棒、先輩」

「ん。なに?」

「えー……夜景が、綺麗ですね」

「うん。桜子ちゃんはもっと綺麗だよ」

「はい、ありがとうございます。えー……そうだ。質問なんですけど、先輩のつけてる桜のヘアピンって、どういうのですか? どこで買ったのかとか、なんでいつもつけてるのかとか、知りたいです」


 今日はふたりとも桜のヘアピンをつけているということで、共通の話題にできそうな話を振った。以前から少し気になっていて、聞けていなかったことでもある。


 桜子は先輩のほうを見つめた。彼はしばらく目を合わせてくれたあと、ふいに窓の外へと視線を向けた。桜の花びらのヘアピンが、こちらから見えなくなる。


「これは――……前に好きだった人の大事なもの、かな。俺がうまくやれなかったせいで、四枚も花びらが散っちゃったけど」

「あー……もともとは五枚だったんですか?」


 まさか先輩の好きな人――おそらく、死別した前の彼女さん――に関連しているものだとは思ってもみなくて、桜子は面食らう。地雷を踏んでしまったかもしれない。あまりデートに相応しい話ではなかったかもしれない。


「うん。彼女の宝物なのに、こんなふうにボロボロにしちゃって、すごく申し訳なく思ってる。毎日つけてるのは、彼女のことを忘れないためかな」

「……へえ」


 自分で振った話だが、こんなにも聞かなければ良かったと後悔することは珍しい。自分が告白しようとする直前に、彼の前の彼女への想いを聞かされることになるなんて。


 前の彼女さんは、どんなひとだったんだろう。彼に今でもこんなにも愛されていて、想われているひとは、どんなひとだったんだろう。

 かなわないな、と思ってしまう。きっと桜子は、彼女を越えられない。告白しないで良いかな。と、想いを伝えるのをやめたくなった。


 けれど、紗衣ちゃんと約束をした、ということが心に引っかかる。ふたりで好きな人に想いを伝えることを約束した。紗衣ちゃんがうまくいったのを知っているからと、桜子はいいやと諦めるのは、友だちを裏切るみたいで嫌だった。

 やっぱり言わないといけない。やっぱり今日、彼に想いを伝えたい。けれど今すぐに言う勇気はないから、まだ世間話をすることにした。桜子も、彼にヘアピンの話をしはじめる。


「私の……桜のヘアピンは、小さい頃に買ってもらった、宝物なんです。まだ母と父が、仲良かった頃に、ここの遊園地に連れてきてもらったことが、一度だけあって」

「……う、ん。そうなんだ」


 先輩が窓からこちらへと視線を戻す。桜子のほうを彼は真っ直ぐに見つめていた。引きつった顔で、なにかを恐れるように。


 その表情の意味は、桜子にはわからなかった。桜子はヘアピンの話を続ける。


「私が、今つけてるのみたいな、うさぎのカチューシャを欲しがって。でも高いから、駄目って言って買ってくれなかったんですね。それで私がいじけてたら、『桜子には、これが似合うだろ』って言って、お父さんが、このヘアピンをつけてくれたんです。私がお母さんに駄々こねてた間に、買ってきてくれたみたいでした」

「そのときのお父さんは、優しかったんだね」

 

 桜子は、先輩の言葉にこくりと頷く。あの頃は、まだふたりとも優しかった。


「お母さんも、『桜子に似合ってて可愛いわね』って、言ってくれました。四歳の誕生日かなんかのときのことだったんですけど、今でも大事な思い出で、宝物です。両親と出かけたりしたの、たぶんそれしかなかったから」


 桜子の両親は離婚して、父にはもう何年も会っていない。もう顔さえもまともに思い出せない。ここ数年の母は、男と遊んでばかりでときどき家に帰ってくるだけの人だったが、先輩と暮らしはじめてからは、そういえばめっきり会っていない。


「私は、今は両親のことが好きじゃありません。いろいろあったんで、死ねばいいのにと思うことも多々ありましたし」

「うん」

「でも……もしまた三人で会うことができたら、良いかもなって思います。誰も暴言も暴力もなしに、一緒に暮らせた頃に、たまに……戻りたくなります。――なんか、微妙な話しちゃって、ごめんなさい。先輩と一緒に暮らせて、今はすごく幸せですよ」


 桜子は笑う。一方の先輩は、妙な表情をしていた。泣きそうにも見える。何かを後悔しているようにも見える。桜子を本気で心配するときのように、今にも彼が壊れてしまいそうに見えた。このままでは、彼を失ってしまう気がした。


「桜子ちゃん、俺は――」

「先輩」


 今じゃないと、きっと言えなくなってしまう。そう思って、彼の言葉をさえぎった。ロマンティックな空気ではない気がするが、この際雰囲気はどうでもいい。いま言わなければ、彼に拒絶されてしまう気がした。


「花泥棒先輩」

「はい、桜子ちゃん」


 この想いは、届くだろうか。毎日好き好き言いあっている関係でも、本気の想いを伝えるのには緊張する。彼にこの話をおざなりにされてしまうことがないように、しっかりとした言葉を考えた。桜子は、やや震える声で、彼に想いを告げる。


「私は、本気で先輩に恋をしています。先輩との関係が、一年契約ではじまったものであることはわかっています。けれど貴方に恋をして、一年と言わず、もっとそばにいたいという夢を持ちました。……前の彼女さんのことが忘れられないのも、先輩が他の女の人と遊ぶのも、わかっているうえで、私は、先輩のことが好きです。どうか……そばに、いさせてもらえませんか。このさきも、ずっと」


 後半にいくにつれて泣きそうになりながら、桜子はどうにか最後まで言いきった。先輩の答えを、うるさい心臓の音とともに待つ。


「桜子ちゃんは、俺のことが好きなの?」

「はい、大好きです」

「――俺が、人殺しでも?」

「ひと、ごろし……?」


 この状況で出てくるとは思ってもみなかった単語を先輩が口にし、桜子は困惑する。なぜ先輩はこんなことを言うのだろう。いつかの日に見た検索履歴なんて、忘れようと思っていたはずなのに、今でもまだ頭に残っていた。先輩の言葉を聞くのが――怖い。


「殺す意思がなくても、俺のせいで追い詰められて自殺した人がいたら、それは人殺しかな? 直接手をかけたわけじゃなくても、殺したいと思ったやつの死を促したら、それは人殺しかな? ね、どう思う? 桜子ちゃん」

「なんで、今、そんな話するんですか……? 私は、ただ――」


 こんな話が聞きたいわけじゃない。こんな話で拒絶されたいんじゃない。ただ、私の想いを知ってほしかっただけ。あわよくば、そのまま彼の恋人になりたかっただけ。

 桜子が聞きたくないと思っても、彼の言葉は止まらなかった。彼は桜子を、真っ向から拒絶した。


「俺はそういうやつなんだよ。桜子ちゃん。好きな人を追い詰めて自殺させて……そして、好きな人を殺したやつに、死んでほしいと思ってる。そういう悪いやつなんだ」


 花泥棒先輩が、好きだった人の自殺に自責の念を抱いていることは、知っている。けれど彼が誰かのことを死んでほしいと思っているということは、今まで知らなかった。


 好きな人を殺したやつと言うのは、誰のことなのだろう。自殺に追い込んだ人のひとりなのか、それとも――先輩の好きな人は、自殺した人も、殺された人もいたということなのか。

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