第38話 友だちと恋バナを
花泥棒先輩と桜子が「ただいま」と言い、紗衣ちゃんと彩奈ちゃんが「お邪魔します」と言う。期末考査が無事に終わり、ふたりが家に遊びにやってきたのだ。嬉しいけれど緊張もして、桜子はなんだかそわそわとしてしまう。
「桜子ちゃんち、広いね」
「そうですね」
「お兄さんとふたり暮らしなんでしょ?」
「はい。お兄ちゃんと一緒に暮らしてます――って、お兄ちゃんどうしたの? なんで泣いてるの!?」
花泥棒先輩のほうをふと見ると、どういうわけか彼はぽろぽろと泣いていた。一応紗衣ちゃんたちの前では〝妹〟を演じなければならないので、桜子は妹らしく彼を心配しておく。ほんの少しだけ背伸びをして、彼の頭を撫でた。
「お兄ちゃん、大丈夫? よしよし。どうしたの?」
「桜子ちゃん……」
「目にゴミ入った? 花粉症?」
ぐすんぐすんと先輩が泣いている。本当に大丈夫だろうか。どこか痛いのだろうか。なにかの病気だろうか。なんというか、こんな姿は彼らしくない。そう思ったのは、紗衣ちゃんたちに、彼が泣いている姿を見られるのが嫌だっただけかもしれないが。
花泥棒先輩が、きゅっと桜子を抱きしめる。いつも通りっちゃいつも通りだが、彼は他に人がいることをわかっているのだろうか。ふたりに見られてしまっては、微妙に恥ずかしいじゃないか。
「あの桜子ちゃんに、本当にお友だちができたなんて……! お兄ちゃん、感動で泣いてる」
「お兄ちゃん、なにげに酷くない?? 心配して損した!」
桜子は先輩の腕から脱出し、紗衣ちゃんたちのほうに行く。なにが、「あの桜子ちゃん」だ。そんなに桜子には友だちがいないように見えるのか。まあ実際、紗衣ちゃんと彩奈ちゃんと仲良くなる前にはいなかったわけだけれども。桜子だって、好き好んでぼっちでいたわけではないと言うに。
「私たち、さくらの部屋でゲームとかお喋りとかするから。お兄ちゃんは来ないでね」
「うん。わかった。おやつどうする?」
「あとでさくらがやるから。お兄ちゃんはひとりでスマホゲームでもしてれば良いよ。じゃあね」
桜子はひらひらと先輩に手を振って、ふたりを部屋へと連れていく。「お兄さんへの当たり強くない??」と彩奈ちゃんに言われたが、これは仕方のないことなのだ。〝花泥棒の妹〟は、〝ツンデレ妹キャラ〟という設定のつもりで、桜子は日々演じているのだから。
「お兄ちゃんはシスコンなので、あんまり私がデレデレしていると、歯止めがかからなくなります」
「桜子ちゃんのお兄さん、意外と普通な感じだよね。あ、悪い意味じゃないよ? なんか、機嫌損ねたらヤバいことになる怖い人、って感じじゃないなーと思って。普通に優しそう」
「たしかにそうね。女の敵だと聞くけれど、思っていたよりも普通の人だったわ」
「お兄ちゃん、私にはとっても優しい最高のお兄ちゃんですから。――はい、ここが私のお部屋です。何しましょうか? ゲーム機ならありますよ!」
花泥棒先輩のせいで、すっかりゲーム好きになってしまった桜子は、紗衣ちゃんと彩奈ちゃんにゲームを勧めた。桜子の部屋にあるテレビゲームは、最新機種のひとつ前の型のものである。三人で何本かのソフトのパッケージを眺めたあとに、〝豆男パーティー〟というすごろくゲームをやることにした。
先輩のおかげでそこそこゲームの腕を上げている桜子は、ミニゲームでもよく勝つことができた。紗衣ちゃんはあまりゲームが得意ではないようだったが、にこにこ楽しそうにしていたように思う。彩奈ちゃんは運が良いのか、サイコロを振ると良い目ばかりを出していた。勝ったのは結局彩奈ちゃんだ。
ゲームが一試合終わったら、みんなでおやつを食べた。ポテトチップスやチョコレート、クッキーといったハイカロリーなものをつまみながら、三人でお喋りをする。
話題はいつの間にか恋バナになっていて、紗衣ちゃんは隣のクラスの男子に片思いをしていて、彩奈ちゃんは同じクラスのサッカー部の男子と交際しているとのことだった。
「桜子ちゃんは、好きな人いるの?」
「……いるっちゃいる、みたいな感じです」
「え、普通にお兄さんのこと好きなんでしょ? 恋愛対象として」
「え、彩奈ちゃん。なぜそれを……」
〝花泥棒の妹〟として誤魔化そうと思っていたのに、彩奈ちゃんにずばりと言われてしまって、桜子は面食らう。いつの間にバレていたのだろう。彩奈ちゃんが、〝紫ノ姫〟が兄との禁断の恋に溺れている――という噂を信じているだけだろうか。
「噂だけじゃなくて、桜子ちゃんはマジでお兄さんのこと好きでしょ? 見てればわかるよ」
「そ、そうなんですか…」
噂ではなく、桜子本人を見てわかったことだったらしい。桜子が彼に本気の恋情を抱いていることは、そんなにもわかりやすかったのだろうか。
「兄妹って言っても、血の繋がりはないんでしょ? なんも問題なくない?」
「でも、たぶん、叶いません。……お兄ちゃん、他の女とばかり遊びますし。前の彼女さんのことが、まだ好きみたいですから」
「遊び人なのは、まあ、うん。噂しか知らないし、何も言わないでおくね。別れた女に未練たらたらなのは、ちょっと嫌だね」
「別れたって言っても、破局って感じじゃなくて。死別、みたいですけどね。たぶん、自殺」
「あー……」
彩奈ちゃんが黙ってしまい、空気が妙に重くなる。暗い話題にしてしまって申し訳ない。しばらく三人ともが沈黙する、気まずい時間が流れた。カチカチと時計の秒針が時を刻む音が、やけによく耳に届いた。やがて、紗衣ちゃんが小さく口を開く。
「桜子ちゃんは、告白、しないの?」
「……する、予定です。クリスマスに」
「私も、告白しようかなって、思ってるの。全然自信はないけれど」
紗衣ちゃんのほうを見ると、彼女は控えめに笑った。その表情から、桜子は切ない恋心を読み取る。切ない恋をしているのは、自分だけではないのだと思った。
「……じゃあ、一緒に頑張りましょう。叶うかわかんないですけど、想いを伝えましょう」
「うん、約束ね。桜子ちゃんも頑張ってるんだなって思ったほうが、私も心強いわ」
「彼氏持ちの私のアウェイ感すごいけど、ふたりとも頑張ってね! めっちゃ応援してる。祝う準備も慰める準備も、ちゃんとしておくから」
「ありがとうございます。彩奈ちゃん。私がフラれたときは、アイス買って慰めてくださいね」
「私がフラれたときは、お寿司を奢ってくれると嬉しいわ」
「ふたりとも現金だね?! アイスくらいならイケるけど、寿司はキツイって。ま、慰めないで済むことを祈ってる!」
三人でわいわいと、理想的な告白のシチュエーションについて話したり、彼氏とやってみたいことを話したりした。あたたかくて、夢みたいな、楽しい時間だった。
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