第31話 文化祭二日目、デートと後夜祭 −前−
文化祭二日目。この日は先輩も桜子も午前中は空いていて、ふたりで一緒に校内をまわる約束をしていた。いわゆる文化祭デートだ。
学校なので妹を演じなければならないわけではあるが、彼と一緒にいられるのなら、そんなことはどうでもいい。いつも通りの〝花泥棒〟と〝紫ノ姫〟らしく、ふたりは腕を組んで校内を歩いていった。
「お兄ちゃん。さくら、なんか食べたいなー」
「何食べたいの?」
「んとねー……あ」
ふと目に止まったのは、カラフルな円がいくつも描かれたポップな看板だった。そこのクラスでは、どうやら主にアイスを売っているようだ。大テーマの教科が「理科」で、小テーマが「神秘なる宇宙の世界」なので、アイスを星に見立てているというところだろうか。
「さくら、アイス食べたい」
「じゃ、ここでアイス買おっか」
「うん! ありがとう、お兄ちゃん。大好きだよ」
「俺も大好き」
まったく知らない誰かさんに「リア充爆発しろ」などと言われながら、桜子は先輩にアイスを買ってもらった。今日選んだのは、桜子が〝地球〟――抹茶とソーダ味のミックスで、先輩が〝木星〟――チョコレート味とコーヒー味のミックスだ。
桜子と先輩は、いつも通りにお互いに「あーん」をして食べさせあった。兄妹ということになっているとは言え、このラブラブな空気を他の女たちに見せつけられていると感じると、ちょっと気分が良くなった。アイスはもちろん美味しいし、先輩と一緒にいられて嬉しい。
アイスを食べ終えてまた歩きはじめると、今度は電球ソーダを売っている店を見つけた。こちらも大テーマが「理科」で、小テーマは「化学反応の色」だ。先輩にまたおねだりして〝濃硝酸に銅を入れたときの液体の色のドリンク〟――メロンソーダを買ってもらう。ちなみに、彼が選んだのは〝王水に金を溶かした色のドリンク〟――エナジードリンクだった。
メロンソーダの毒々しい鮮やかな化学っぽい緑色が、なんとなく好き。濃硝酸に銅を入れた色という、このクラスでのネーミングもなかなか面白いと桜子は思う。思いきり人体に有害な名前だ。
他には〝ヨウ素の昇華実験のときのビーカーのなかの気体の色のドリンク〟という長ったらしい名前のグレープソーダや、〝塩化鉄三水溶液の色のドリンク〟――緑茶などがあった。
これまたときどきお互いに飲ませあいながら廊下を歩いていると、彼が女の子に話しかけられた。まったく知らない女たちは、どうやら花泥棒先輩の連絡先をご所望らしい。
先輩がモテるのは、よーく知っている。けれどせっかくの文化祭デートの真っ最中に邪魔をされたとなれば、嫉妬深い桜子の心は穏やかではいられない。ちゅーちゅーとメロンソーダを吸いながら、ふたりの女を睨みつける。
「すみません。今デート中なので」
「あっ、そうですか。すみませんでしたー……」
先輩がそう言って断ってくれたおかげで、桜子の顔面は
「ありがと、お兄ちゃん。ちゃんと断ってくれて」
「うん。今は桜子ちゃんと一緒にいる時間だもん」
「普段も他の女と遊んでなければ、さくらはもっと嬉しいんだけどなー」
「それは別問題だね。ごめんね」
先輩は、未だにいろんな女を抱く遊び人のままだった。夏休みで長い時間を一緒に過ごしても桜子は抱いてもらえず、学校が始まれば、また彼は桜子ではない女を抱いた。
花泥棒先輩の前の彼女さんは、おそらく九月一日に自殺している。大好きな人を失った悲しみが、彼を自暴自棄にさせているのかもしれない。
今はそうすることしかできないのかもしれないけれど、いつかそのことで先輩が後悔したり苦しんだりするようになるのは、嫌だなと思う。桜子は、できるだけいつも通りの調子で花泥棒先輩に話しかける。
「お兄ちゃん。あのさ」
「うん?」
「なんか悩んでることあったら、さくらも、お兄ちゃんのお話聞くよ? なんでも言っていいよ」
「うん。ありがとう、桜子ちゃん」
「うん」
先輩との繋がりを深めたくて、彼の手をぎゅうっと強く握る。いろいろ食べたり、展示を見たり、遊んだりして、午後にはそれぞれのクラスでの仕事に戻った。
一年F組のお化け屋敷には思っていたよりもたくさんの人が来て、彩奈ちゃんはとても喜んでいた。二年A組のクラシカルメイドさんがミスコンに勝手にエントリーされていて、本人も気づかぬうちに一位を取っていたとの噂を聞いた。午後三時頃になると、だんだんお客さんが少なくなってきた。なんとなくクラスのみんなも、ゆるーっと幽霊役を演じていた。
そうして文化祭は、とても楽しく、大盛況に終わった。
❀ ❀ ❀
文化祭の後片付けを終えたあと、夕方からは後夜祭が開かれた。桜子のクラスは国語科部門賞を受賞し、花泥棒先輩のクラスは売り上げ賞を受賞した。クラスでわいのわいのとはしゃぎまくったあとに、桜子と花泥棒先輩はクラスの輪から抜け出した。
今は、キラキラとしたライトが眩しいステージ発表や、メラメラと燃えるオレンジ色のキャンプファイヤーを横目に、手を繋いでコンクリートの段差の上に座っている。
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