第28話 文化祭一日目、電話の相手は
文化祭の前の日は、緊張するのと楽しみなのとで、桜子はなかなか眠ることができなかった。先輩に「早く寝ようね」と言われたので、目を瞑って寝たふりをしていたときもあったのだが、そろそろ先輩は寝ただろうと思ったときに目を開けたら、がっつり彼と目が合ってしまった。ちょっと気まずかった。
そんなこんなで、おそらく浅い眠りをしていた桜子は、文化祭一日目の朝、電話の着信音で目が覚めた。トークアプリの通話機能のデフォルト設定のメロディだ。
自分のスマホだろうかとも思ったが、枕元に置いてある二台のスマホを見てみると、鳴っていたのは先輩のもののほうだった。画面には「すみれさん」という名前が表示されている。
桜子は、そのアイコン画像に変な既視感を覚えた。自分のトークアプリの友だちのなかにも、同じアイコン画像を使っている人がいたような気がしたのだ。たしか頻繁に連絡を取る相手ではなく、ホーム画面でたまに見かける程度だったように思う。いったい誰だったろう。
「先輩。電話鳴ってますよ。起きてー」
すみれさんが誰なのか突き止めるより前に、その人からかかってきた電話に、先輩を出させないといけないだろう。桜子がぺしぺしと布団の上から花泥棒先輩のことを叩くと、彼はむにゃむにゃと起き上がった。目がとろんとしていて可愛い。
「なぁに、さくらこちゃん……」
「電話。すみれさんって人からかかってきました。勝手に出ないほうがいいですよね?」
「……すみれ、さん?」
眠たそうにしていた先輩は、はっと何かに気づいたように目を見開いて、桜子の手にあるスマホに視線を向けた。……もしや浮気相手だったのだろうか。桜子の知る、彼と関係を持った女たちのなかには、「すみれ」という名の女はいなかったはずだが。他校の女だろうか。
「あ、ごめん。桜子ちゃん。ちょっと電話出てくるね」
「はい。……いってらっしゃい」
先輩にスマホを手渡すと、彼は早歩きで寝室から出ていった。桜子はひとりぼっちになる。先輩と一緒じゃないと、朝の支度をする気になれない。だから桜子は彼が戻ってくるまで、彼の匂いとぬくもりが残る布団にくるりと包まって、ベッドのうえでだらだらと過ごした。
❀ ❀ ❀
九月二十三日の土曜日、ついにやってきた、文化祭一日目だ。九時に開場で、桜子の最初の出番は十時から。九時半頃に衣装を着せられ、お化粧をされた桜子は、準備室でだらーんと待機していた。
大テーマの教科が「社会」で、小テーマが「日本の文化史〜昭和と平成〜」である花泥棒先輩のクラスは、定番の「執事・メイドカフェ」だと聞いている。『一時くらいに来てみてね』と言われているので、桜子は言われた通りその時間帯に行ってみるつもりだ。
桜子のクラス――一年F組のお化け屋敷は、まあまあそれなりに人が来ているようだった。今のラスボスは、紗衣ちゃんが
彼らはラスボスとは言えども、別にRPGのように倒されるわけではない。お化け屋敷の出口に向かう前の最後の角のところに、赤いスポットライトに照らされて鎮座している、鑑賞物的な存在だ。桜子以外の人たちはクイズを出して、正誤に合わせてお客さんに飴を渡していくのだと言う。
ちなみになぜか、桜子は黙って座って、お客さんが持っている正誤を書いた紙に合わせて、飴を渡すだけで良いらしい。紗衣ちゃん曰く、『高嶺の花は、そう簡単に声を聞かせてはいけないわ』だとか。
正直よくわからないなと思ったが、衣装を着てお化粧をした姿だと、やたらとクラスの男子にどうでもいいことで話しかけられるという傾向には気づいた。あまりうまい会話はできていなかったと思うが、話しかけてきた男子たちは不満げな顔をすることなく、みんなそのうち去っていった。単なる冷やかしだったのかもしれない。
九時五十五分頃になると、桜子は本格的に舞台に上がる準備を始めた。と言っても、ただ椅子から立ち上がって、出番を今か今かと待って、うろうろするというだけのことだが。あくまでも十二単風な衣装なのでそこまで重くなく、歩くのにはさほど不便はない。
「桜子ちゃん。そろそろ交替ね」
「はーい」
「足元気をつけて歩いてね」
紗衣ちゃんに付いていって、桜子はラスボス用の台座に腰を下ろす。昨日リハーサルもやったので、特に問題はなさそうだ。
「こっちの箱に、マルとかバツとか書いてある紙を入れて、この
「はい、了解です」
「一番目のお客さん以外とは、お話ししちゃ駄目よ。花泥棒先輩アラートが発動しちゃうから」
「ふふふっ、はい。わかりました」
紗衣ちゃんにバイバイと手を振って、桜子はお客さんがやってくるのを待つ。紫の上目当ての人は、はたしてどれくらいいるのだろうか。本当に、ちゃんと客寄せパンダになれているのだろうか。たくさん人が来たら、彩奈ちゃん的には喜ばしいことだろうが、桜子は人混みが苦手なのでちょっぴり不安だった。入口には誘導係がいるので、教室内がごった返しになることはないはずだとは思うが。
そうして考え事をしていると、微かに足音が聞こえはじめた。どうやらお客さんが、そろそろこちらまでやってくるらしい。桜子はぴっと姿勢を正して、飴の籠を自分のほうに引き寄せた。
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