第27話 文化祭準備、友だちの予感 −後−
翌日、九月七日の木曜日の朝。
桜子は恐る恐る、代表委員と文化祭委員の子――
「えっと、あの。谷垣さんと、平木さん」
「あ、紫月さん。おはよ。どうだった?」
「はい、おはようございます。えっと、お兄ちゃんが『いいよ』って言ってくれたので、引き受けさせていただきます。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
「うん。よろしく、桜子ちゃん」
文化祭委員の平木さんから下の名前で呼ばれたのに驚いて、桜子は目を丸くした。茶色のボブヘアの可愛らしい平木さんが、ニカッと八重歯を見せて笑う。
「――って、呼んでもいいかな? 今まであんまり関わりなかったけど、前からちょっと話してみたいなーって、実は思ってて」
なんということだろう。このクラスに、〝紫ノ姫〟である桜子と話したいと思ってくれていた人が、ひとりでもいただなんて。感動して目頭が熱くなった。桜子はぱちぱちと瞬きをして、泣かないようにしながら、平木さんの言葉に返答する。
「はい。いいですよ。……私、も、彩奈ちゃんって呼んでも、良いですか?」
「うん、もちろん。いいよ!」
「私も桜子ちゃんって呼んでもいいかしら?」
「はい! 私も、紗衣ちゃんって、呼びたいです」
「いいわよ、桜子ちゃん」
黒髪をおさげにして、眼鏡をかけている谷垣さん――紗衣ちゃんが、ふわりと微笑んだ。ふたりから下の名前で呼ぶ許可を貰えて、長年ぼっちの桜子は、胸がじんわりと温かくなる。もしかしたら、これから友だちになれちゃったりするかもしれない。なーんて、調子に乗る。
「ありがとうございます。彩奈ちゃん、紗衣ちゃん。これから、よろしくです」
桜子がぺこりとお辞儀をしてから、頬を緩めて笑うと、ふたりが少し驚いたような顔をした。やがて三人ではにかんで、彩奈ちゃんの提案で連絡先を交換する。妙に空気があたたかくて、なんだかくすぐったいな、と桜子は思った。
❀ ❀ ❀
その日の放課後。今まで装飾班だった桜子は、紗衣ちゃんと彩奈ちゃんに連れられて、女子役者班のいる教室にやってきた。なんとなく、スクールカーストとやらが自分よりも上のほうにいる方々ばかりのような気がして、怖くて逃げたくなる。
「桜子ちゃん、緊張してる? 大丈夫?」
「とても、緊張してます」
紗衣ちゃんが心配そうに、桜子の背中をさすってくれた。なんて優しいんだろう。彩奈ちゃんもニコニコと、桜子を励まそうとしてくれる。
「そんなガチガチにならなくて大丈夫だよー。みんな良い子……と言ったら過言だけど、桜子ちゃんに酷いことしようってわけじゃないんだし。紫ノ姫様に何かしようものなら、恐怖の花泥棒がやってくるって言うしね」
「本当、お兄ちゃんがすみません……」
彩奈ちゃんは笑って言ってくれたが、やはり紫ノ姫は、花泥棒先輩のせいで恐れられているらしい。扱いづらいだろうな、と申し訳なさを覚える。
「んー、どうしよっか。とりあえず衣装試着してみる? 変態紗衣さんが目測で測ったので、今のところ作ってあるけど」
「ちょっと彩奈! 変なこと言わないでよ」
「だって事実じゃーん」
「……目測って、どういうことですか? 彩奈ちゃん」
怒っているのか恥ずかしがっているのか、顔をほのかに赤くした紗衣ちゃんを横目に、桜子は彩奈ちゃんに尋ねた。彩奈ちゃんがニヤニヤしながら答える。
「あのね、紗衣ってコスプレが趣味なの。それで役者も衣装担当もやってるんだけど、『予備だから』とか言って作ってるのが一着あってね。でもそれが予備にしてはなんか妙にこだわりが強そうだし、サイズもちょっと小さめな気がするし、おかしいでしょ? それで紗衣が最近視線で追っているものを考えたら、名探偵彩奈はピンときたわけですよ。『あ、紗衣ったらもしかして、紫月さんにあれ着せようとしてるんでしょ?!』と。まったくその通りで、カクカクシカジカで、昨日の流れになったのです」
「……なるほど」
「桜子ちゃんが可愛いから、紗衣は桜子ちゃんに衣装着せたかったんだよねー?」
「な……っ、そうだけど! そうだけど! 今それ言う?! これから仲良くなろうってときにそんな、勝手に体型予想して衣装作ってたなんて、ドン引きされちゃうじゃない……」
紗衣ちゃんが顔を覆って、その場にしゃがみこんでしまった。どうしたらいいのかわからず、桜子はオロオロとする。
「紗衣、桜子ちゃんに衣装着せよーよ」
「無理。恥ずかしいもの!」
「桜子ちゃん、紗衣のこと覚醒させてみて!」
「え、えー? どうやって……」
いったいぜんたい、どうすればいいのだろうか。人との関わり方なんて、花泥棒先輩に教えてもらったことくらいしか知らないのだが。
こういうとき、先輩ならどうするだろう。そう考えて桜子は、ひとまず紗衣ちゃんの頭を撫でてみた。紗衣ちゃんの肩がびくりと揺れる。
「えっと、紗衣ちゃん。私のこと可愛いと思ってくれたなら、ありがとうです。あと、紗衣ちゃんが作ってくれてる衣装、着てみたいです。ドン引きなんてしません」
「ほんと、桜子ちゃん!」
がばっと顔を上げた紗衣ちゃんに、桜子はうんうんと頷いた。彼女に手を取られて桜子は、
「あのね、これはあくまでも紫の上風衣装って感じで、一枚の着物に重ね衿とか付け袖とか作って十二単っぽく見せてるっていういかにも文化祭クオリティのものなんだ。私としては本当はもっとお金かけたものが良かったんだけど誰かのだけ豪華にするとかは差別で駄目だから、どうにかその作り方で最高の紫の上にできるように頑張っててね。それで桜子ちゃんが着たらどんな感じだろうって夢にまで出てくるくらいで、ああ絶対可愛いと思うけど花泥棒先輩的にどうなんだろうってめっちゃ考えてて、今のはまだ仮止めのところもあるしこれからもっと装飾をちゃんとしてさらに綺麗にしていこうと思っているんだけど桜子ちゃん本当に可愛くて私のタイプなのね着替え終わり!」
俊敏な動きで制服を脱がされて、桜子は衣装姿になった。あと、紗衣ちゃんがどうやらかなり頑張って、この衣装を作ってくれているらしいこともわかった。
「はい、衣装着た桜子ちゃんです! 可愛い!」
衝立スペースから出て、紗衣ちゃんがそう宣言する。なんだか他の子たちがざわめいた気がした。「やっぱ桜子ちゃんって可愛いんだねー」と言いながら、彩奈ちゃんがこちらに近づいてくる。
「さっすが紗衣。サイズも色合いもいい感じじゃん。桜子ちゃんに似合うね」
「もちろん。私の目に狂いはなかったわ」
「桜子ちゃん。試しに髪とメイクもやってみていーい? 髪、ほどかれたら困るかな?」
「いえ、全然大丈夫です!」
「じゃ、私がやってくねー」
今度は彩奈ちゃんが、桜子のヘアメイクをするようだ。今日の髪型はフィッシュボーンにしているから、ほどきにくいだろう。申し訳ない。
「桜子ちゃんって、いっつもいろんな髪型してるよね? ヘアアレンジ好きなの?」
「いえ、あれは私ではなく……お兄ちゃんが、やってくれてます」
「「えっ?」」
彩奈ちゃんと紗衣ちゃんが同時に声を上げた。髪をほどかれている桜子は振り返れないので、ふたりの表情はわからない。
「え、毎日お兄さんに髪結んでもらってるの? 今日のこれも?」
「はい。毎日いろんな髪型してくれて、でー――ふたりで出かけるときは、メイクもお兄ちゃんがしてくれて……お兄ちゃん、すごく上手なんです」
花泥棒先輩のすごいところを、桜子は頬を緩めて話す。毎日先輩が髪を梳かして結ってくれて、桜子は毎日先輩の髪を梳かして寝癖を直す――朝のその時間が、桜子は大好きだ。
「花泥棒先輩って、ただの――いえ、あんまり悪く言うつもりはないのだけれど……そういう器用なことをできる人だったのね」
「はい! お兄ちゃんは、器用で、優しくて、頭も良くて、素晴らしい人です」
「桜子ちゃんって、もしかしてブラコン?」
「お兄ちゃんのことは大好きですよ」
「――はい、髪の毛とりあえずほどけたよ。ストレートアイロンしていくね」
「はぁい」
桜子はご機嫌な状態で、彩奈ちゃんに髪を真っ直ぐにしてもらった。ヘアメイクが終わって鏡を見せてもらうと、まるで自分じゃないような不思議な姿が映って、夢中になって鏡のなかの自分を眺めた。
「メイクはかなり現代の感じだけど、まあこの可愛い感じのほうが良いよね」
「桜子ちゃん、やっぱり可愛いわ」
「……ありがとうございます。彩奈ちゃん、紗衣ちゃん」
これだけイメチェンできれば、文化祭の日に、先輩を良い意味で驚かせられるかもしれない。桜子はニコニコ笑顔になって、彩奈ちゃんのスマホを使って三人一緒に、いかにもJKらしい写真を撮った。ものすごく青春してる気分だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます