第22話 線香花火と水信玄餅
レンタル別荘での生活は、先輩と一緒に料理をしてみたり、ホラー映画を見て桜子が泣かされたり、雪美さんたちとバーベキューをしたりなどして、楽しく過ごした。
先輩と一緒に作ったフルーツ飴はけっこううまくできたし、お互いにクレープを作り合うのも面白かったし、ロシアンルーレットたこ焼きで先輩が大量のわさび入りを引いて涙目になっていたときには盛大に笑った。
今日は、八月四日の金曜日。今夜でレンタル別荘に泊まるのは最後だ。明日はちょっと観光をして、家へと帰る予定。
桜子と花泥棒先輩は、ただいま手持ち花火に興じていた。桜子は、こういうふうに手持ち花火で遊ぶのは今夜が初めてである。想像していたよりもいろんな種類のものがあることには驚いた。
前にベランダから見た打ち上げ花火も綺麗だったが、手持ち花火だと火花の様子をより近くで見ることができて、これもまた綺麗だなと思った。火花がバチバチと広く散る花火は火傷しそうで怖いなと思ったが、そんなに危ないものでもなかったようだ。途中で色が変わる花火に子どものようにはしゃぐ桜子を見て、先輩は微笑ましげに笑っていた。
花火が燃える匂いに、すごく夏っぽいな、と思う。暗がりにいる色っぽい先輩とか、キラキラ光るカラフルな花火とか、ふたりで花火でハートマークを描いてみたりだとか。青春って感じがして、とても楽しい。
手持ち花火のフィナーレと言えば、線香花火。花火セットに入っている安価なもの以外に、日本の職人さんが作ったお高めなものも、先輩は買ってくれていた。二種類の線香花火を比べてみると、やはり高いもののほうが長持ちだった。
ラスト一本ずつのお高めな線香花火を、先輩と一緒のタイミングで着火して、どちらが長持ちするかの勝負をする。できるだけ動かさないように気をつけて、火の玉ができて、火花が散っていく様子を見守った。ぱちぱちと小さく爆ぜる音が、どこか心地よかった。
「蕾、牡丹、松葉、柳、散り菊……でしたっけ」
「うん、たしかそう」
「人生に例えることもあるんだとか」
「なんか切ないよね」
「ですねー……」
だんだんと火花の勢いが衰えて、終わりへと近づいていく。どちらが勝つのだろうと思っていると、ふっと先輩のほうの火の玉が落ちた。いきなりの、あっけない最後だった。
「俺の負けだね」
「そうですね。……あっ」
先輩の火の玉が落ちてから、ほんの数秒の差で、桜子の火の玉もぽとりと地面に落ちた。これで花火はおしまいだ。バケツのなかに役目を終えた燃え殻を入れると、先輩が静かなため息をつく。
「……良かった」
「なにがですか」
「桜子ちゃんのほうが長持ちで、良かった」
「負けたかったってことです?」
「うん。もし、線香花火を人生に例えてるなら……俺は桜子ちゃんに長生きしてほしいから、負けたほうが嬉しい」
「……私は、同時がいいなぁ。別に心中したいわけじゃないですけど。置いてかれたら、寂しいもん」
なんだか、しんみりとした空気になってしまった。花火はもうないから、火を点けるための
「わかる。置いてかれるの、めっちゃ寂しい」
「……うん」
そういえば、先輩は、前の彼女さんと死別しているんだった。最近はめちゃくちゃに愛されていたから、そのことをすっかり忘れかけていた。
先輩に、悲しいことを思い出させてしまったかもしれない。思いやりが足りなかったな、と反省する。もし先輩と死別してしまったらと思うと、桜子のほうが泣きそうになってきてしまった。そんな想像をしただけで、瞳がうるうると潤んでくる。
「先輩」
「ん?」
「私は、先輩のこと、置いてかないですよ」
「そっか、ありがと」
「ずっと一緒にいてあげるから、彼女にしてくれても良いですよ」
「ありがと。考えとく」
考えとく、という答えなんて、ほとんどノーと同じじゃないか。それでもそんな文句は口に出さずに、桜子は笑った。暗闇のなかの花泥棒先輩の笑顔は、ただただ痛々しかった。
❀ ❀ ❀
八月五日、土曜日。昨日よりちょっとだけいいお天気。桜子たちは朝早くにレンタル別荘を出て、今は、古めかしい趣あるお店の中庭にいた。しばらく並んだ甲斐あって、先程無事に水信玄餅をゲットできたところである。透明な水信玄餅が、日の光に照らされて、水晶のようにきらんと輝く。桜子はそれに見惚れていた。
「めっちゃプルプル……可愛い……クラゲみたい……」
「なんかすごいデジャヴなんだけど。桜子ちゃんのが可愛いよ」
たいへん魅惑的な水信玄餅を眺めながら、桜子は先輩と一緒にベンチに腰を掛けた。
「クラゲさん――じゃない、水信玄餅。もう食べてもいいですか?」
「うん、食べよ」
「いただきます!」
元気いっぱいに手を合わせ、匙を持つ。透明でまんまるの水信玄餅に、そーっと刺した。ぷるんと揺れて、一部が匙へと乗っかる。
口に入れると一瞬爽やかな冷たさを感じたが、すぐになくなってしまった。なんとも表現し難い、初めての食感だ。この味や食感を何と説明すれば良いのかはよくわからなかったけれど、美味しいお水を使っているのだということは、なんとなくわかる気がした。 結論、これは良いお水でできていて、美味しい。
今度は黒蜜ときな粉をつけてから、口のなかに入れてみる。すぐに儚く消えてしまう、けれど涼しくて甘くて美味しいお菓子。 賞味期限が三十分で、ここでしか食べられないものだと言うから、ずいぶんと貴重な経験ができたものだ。
「おいし?」
「はい、美味しいです……!」
「うん、それなら良かった」
桜子はにこにこと、水信玄餅をたいらげた。お茶も美味しかったし、水族館でした約束がきちんと果たされたし、とても満足だ。
お昼ごはんにほうとうを食べたり、富士山を見て感動したり、お土産に信玄餅を買ったりして、桜子と花泥棒先輩は無事に帰宅した。雪美さんとその彼氏さんも、今日は仲良く彼氏さんのお家に帰っていった。
楽しい旅行ができて、幸せだった。
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