第21話 一緒にお風呂 −下−

 たくさんチュッチュし合って、お互いにぐったりして、しばらくお風呂のなかで抱きしめあうだけの時間が続いた。なんてことをしていたんだと、桜子はひどい羞恥を覚え、先輩の顔を見ることができなかった。


 どれほどの時間が経ったのか、しだいにふたりとも落ち着いてきて、ときどきちらちらとお互いの顔を見合わせるようになった頃。先輩が、「水鉄砲しよっか」と提案してきた。桜子が「そうですね」と言ったあとにようやくふたりの体は離れて、おのおの水鉄砲で遊ぶ準備を始めた。


「ピンクのアヒルちゃんとウサギさんは私が貰うので」

「言われなくても撃たないって」

「カエルさんは先輩に譲ってあげます」

「うん、ありがとう」


 浴槽の縁にアヒルさんを筆頭としたソフビ製の生き物たちを並べて、まずは桜子が水鉄砲を構える。これからやるのは単純なゲームで、水鉄砲で撃ち落とせたものをゲットできるというルールだ。特にポイント制もないし勝ち負けもない、ただ楽しければそれで良いというお遊びである。


「ていっ!」


 ピンクのアヒルちゃんを目掛けて、桜子は水鉄砲を発射した。しかし水はアヒルちゃんにはまったく当たらずに、壁にチョロチョロとかかっただけである。何かを撃ち落とすか十回撃つかをしたら交替ということになっているが、桜子は十回同じアヒルちゃんを狙っても、かすりもせずに射止められなかった。なんか悔しい。


「むぅ……」

「桜子ちゃん、今日はいつも以上に可愛いね。幼稚園生みたい」

「それ、褒めてるんです? けなしてるんです?」

「大好きって意味」

「私も先輩のこと大好きですけど、幼稚園生とは言われたくないです」

「ん、ごめん」


 桜子が終わったので、今度は先輩の番だ。蛍光グリーンのクリアなプラスチック製の水鉄砲だが、先輩が構えていると、なんだかかっこよく見える。彼は一度引き金をひくと、あっさりと黄色のミニアヒルちゃんを撃ち落とした。これが実力の差かと、桜子は打ちひしがれる。


「また桜子ちゃんの番だよ」

「はぁい」


 再び水鉄砲を構え、今度はウサギさんに狙いを定める。十回中二回は耳の先端に当たったが、後ろに倒れるまでにはなってくれなかった。先輩は交替すると、また一発でカエルさんを撃ち落とした。桜子は一度だけなぜか黄色の中くらいのアヒルくんを撃ち落とせた以外には何にもゲットできず、先輩はどんどん一発でゲットしていき、やがて残りはピンクのアヒルちゃんとウサギさんだけになってしまった。次は、桜子の番だ。


「アヒルちゃんとウサギさん、先輩に取られちゃう……」

「取んないって。頑張れ桜子ちゃん」

「でも私撃てないし、先輩は一回で取れちゃうもん」


 一度引き金をひいたが、やっぱりアヒルちゃんにもウサギさんにも当たらなかった。もう撃ち落とせる気がしない。桜子がしゅんとしていると、先輩が背後から、桜子の水鉄砲に手を添えてきた。


「手伝ったげるよ。角度もうちょっとこっち」

「ここで良いんですか?」

「うん。撃ってみて」


 先輩に直してもらった角度で、桜子は水鉄砲を撃ってみる。やっとこさ、ピンクのアヒルちゃんが浴槽の縁から落ちた。


「おめでと桜子ちゃん」

「ありがとうございます。なんかズルっぽい気もしますけど」

「ズルじゃないズルじゃない。俺が勝手に手伝っただけだもん。代わりと言っちゃなんだけど、俺のほう手伝ってくんない?」

「いいですけど、私手伝ってもたぶん意味ないですよ?」

「うん、大丈夫。手、俺の手の上に重ねて」

「はーい」


 今度は桜子が、水鉄砲を構えた先輩の手に、自分の手を添えた。


「桜子ちゃん、引き金ひいて」

「私がひいちゃって良いんですか」

「うん。どうぞ」


 桜子が引き金をひくと、ウサギさんが撃ち落とされた。これで全滅だ。床に転がるソフビ製の生き物たちを、先輩が拾っていく。


「はい、桜子ちゃんのは中くらいのアヒルくんとピンクのアヒルちゃんとウサギさんね」

「ウサギさんは、先輩のじゃないんですか?」

「桜子ちゃんが手伝って撃ってくれたから、桜子ちゃんのだよ」

「じゃあ、ピンクのアヒルちゃんは、先輩のじゃないですか?」

「あれは俺がちょっと手伝っただけで、撃ったのは桜子ちゃんだから桜子ちゃんのだよ」

「なんか、判定激甘ですね。すごい甘やかされてる」

「好きな子のこと甘やかしたいのは当然でしょ。次なにやる?」

「スーパーボールすくい」

「おっけー」


 水鉄砲で遊んだあとはスーパーボールすくいをして、それが終わったら、スーパーボールを床に落としてピョンピョンさせて遊んだ。あとは水をバシャバシャと掛け合いっこしたり、しりとりをしたりしたりと、ひとしきり子どもっぽい遊びをわいわいとやってから、ふたりはお風呂から上がることにした。


 先輩が先に出て着替えて、次に桜子が出て着替える。いつも家でしているように、ドライヤーでお互いの髪を乾かした。


「はぁーっ、楽しかったですね」

「楽しかった?」

「はいっ! 童心に帰るって感じで、楽しかったです!」

「最初は全然童心じゃなかった気がするけどね。むしろ大人の階段上りかけちゃったみたいな?」

「えへへっ、でも先輩といちゃいちゃできて、私は嬉しかったですよ」

「ホラー映画見る?」

「見ません」


 ふたりでニコニコと話しながら、桜子はイチゴ牛乳を、花泥棒先輩はフルーツ牛乳を飲む。「お風呂上がりと言えばこれだよねー」と、先ほど買い物に行ったときに、瓶に入ったレトロチックなものを買っていたのだ。家でよくするように、今回もまたひとくち交換する。甘ったるいイチゴ牛乳を飲みながら、桜子は先輩に寄りかかった。


「花泥棒先輩」

「なに、桜子ちゃん」

「私、今めっちゃ幸せ」


 先輩が桜子と手を繋いで、「うん、俺も」と言ってくれた。幸せすぎて泣きたい。


 夜になると、いつも通りに先輩とおんなじベッドで眠る。一緒にお風呂に入ったことで親密度は上がった気がするけれど、やっぱり今日も、先輩は桜子を抱いてはくれなかった。それがちょっとだけ、切なかった。

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