第11話 一喜一憂フルーツサンド −後−

 目覚めたときにはすっかり夜で、もう生理痛も全然感じなくなっていた。苦痛の時間から解放され、桜子は軽やかな足取りでトイレに向かう。


 そういえば、この家のトイレには、桜子が来た日から生理用品が備えられていた。彼は、『この家は桜子ちゃんと暮らすために用意したんだよ』と言っていた。


 女性物の服飾品、先輩のものとおそろいになっている食器や歯ブラシ、シャンプーたちに生理用品、ヘアドライヤーやヘアアイロン。この家にあるそれらのものを、本当に「桜子ちゃんのため」だと思っても良いのだろうか。トイレのなかで、ふと考える。


 この家は、未成年である花泥棒先輩の代わりに、彼のお姉さんが契約している家だと言う。桜子はまだ会ったことがないが、彼女もちょくちょくこっちに来ることがあるらしい。いつか紹介すると言われた。


 お姉さんのためのもの、の可能性もある。それならまだ良い。でも、もし。


 他の女――前の彼女と暮らしていたときの残骸ざんがい、だったら。


 そんなふうに、嫌な想像ばかりする自分のことが嫌だった。良い面ばかりを見て信じていれば良いのに、勝手に悪いことを考える。またネガティブ思考に陥りそうだった。もう痛みは引いたのにうじうじしていたら、彼に心配させてしまうかもしれない。優しくて大好きな彼に、そんな形で迷惑をかけるのは嫌だった。どうにかポジティブになろうとする。


 ――生理痛に理解ある彼氏って最高。まあ彼氏じゃないけど。


 そう心のなかで呟いて、桜子は笑みを貼り付けてトイレから出た。


「あ、桜子ちゃん。夜だけどおはよう」

「おはようございます、先輩。お薬効いたみたいです。ありがとうございます!」

「サンドイッチ、さっき届いたよ。食べよ?」

「はいっ! いただきます」


 めっちゃスッキリしましたよーって、顔を作って。彼が注文してくれたサンドイッチを一緒に食べる。


 色鮮やかな、SNS映えしそうなフルーツサンドをスマホで撮って、桜子はそれを頬張った。甘酸っぱくて美味しい。ホイップクリームはふわふわだ。

 

 幸せなのに、また泣きそうになる。うるうるしてしまう瞳を誤魔化したくて、わざとオレンジジュースをガブガブと飲んでむせた。背中をさする彼の手が温かくて優しくて、やっぱり瞳は潤んだままだった。



❀ ❀ ❀



「あっ! ぱ――洗濯物!!」


 桜子はブドウサンドを食べているときに思い出した。今日は洗濯物を干していた日だったことを。


「あ、もう取り込んで畳んでおいたよー」

「え、まっ、な、え、ま――!?」

「桜子ちゃん、どしたの??」

 

 どうしたもこうしたもない。大問題だ。

 

 花泥棒先輩が洗濯物を取り込んで畳むのは、まあいつも通りのことだ。ただひとつ、問題は。


「ぱっ……し、下着は!? 私の下着はどうしましたか!?」


 そう。〝桜子ちゃんの下着を誰が片付けるか戦争〟で、桜子が初敗北を喫してしまったかもしれないことだ。


「下着? 桜子ちゃんの部屋の箪笥たんすの上だよ」

「ちょ、ちょっと、見てきますね! 失礼します!!」


 桜子はトタトタと小走りで、自分用の部屋へと向かう。


 今日干していたのは何色のどんな下着だっただろう。変なの――を持っているつもりはないが、趣味が悪いと思われていたらどうしよう。


 箪笥の上に桜子の服が載っている。ブラウスやシャツは畳まれていた。


「えっ?」


 思わず間抜けな声を出す。下着を入れて干していたネットが、そのままの状態でそこに置かれていた。


 見られていなかったの? ――と、桜子は拍子抜けして食卓へと戻った。


「……ただいま戻りました」

「おかえりなさい。あんなに慌ててどうしたの?」

「先輩に、下着見られたと思ってました」

「そんなことするわけないじゃん。女の子の下着勝手に見るなんて」

「は?」


 先輩は小首を傾げてきょとんとしている。可愛い。が、今はそれどころじゃない。


「だ、だって、畳みたいって言ったじゃないですか」

「ごめん、冗談だよ。ちょっと意地悪してみたくて。桜子ちゃんは、俺の好きな子だから」

「……もうやだ。先輩なんて知らない」


 桜子は拗ねた。怒った。ちょっと喜んだ。


 下着を見られたくないと、毎回全力ダッシュでむしり取っていたのが馬鹿みたいだ。徒労感がすごい。


 でも、好きな子って言われたのは嬉しかった。何度言われても喜べるのは、お得と言うべきか、ちょろいと言うべきか、どちらだろう。


 うつむいた桜子の体を、先輩が後ろからきゅっと抱きしめる。


「ごめんね桜子ちゃん。大好き」

「ごめんで済んだら警察はいりません」

「うん、そうだね。ゴールデンウィーク、どこでデートする?」

「……へ?」


 恋煩いが引き起こした惨めな幻聴だろうか。今、「デート」という言葉が聞こえた気がする。


「この土日はゆっくりして、今度の五連休の間にどっか行こうよ。俺、桜子ちゃんとデートしたい」

「デート、ですか?」

「うん、デート」


 幻聴ではなかった。本当にデートだった。


 恋に恋する単細胞な桜子は、そんなことですぐに胸躍らせる。


 先輩と、デートだ。やばい、唇が震えだした。にやにやしてしまう。


「新しいお洋服欲しかったら、ネットで買うかどっかに買いに行こう。なんでも買ったげる」

「一緒に選んで欲しいって言ったら、一緒に選んでくれますか?」

「もちろん、喜んで」


 好きな人とデートに行く。好きな人が、デート服を一緒に選んでくれる。


 ……こんなこと、ものすごく幸せじゃないか。


「ありがとうございます……先輩っ!」


 先輩の腕を強く抱いて、思わず零れてしまいそうになった「好き」の言葉を、必死の思いで飲み込んだ。

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