第37話 奪還の舞台裏

 俺たちは四階へと入った。天井は高いのだが、機械だらけで通路は狭い。そこで椿さんが突然話し始めた。


「そう? そうなの? よかったわね。あら。勝手に撃ったら叱られるよ。ええ、そうよ。ありがとう」


 椿さんは誰と話しているのだろうか?

 機械と? そうかもしれない。この前、宇宙軍のロボットと話をしていた。今日はレーダーと話しているようだ。


「やっとレーダー関係は奪還したようですね。ファランクス君は勝手に操作されそうになって怒ってたわ。うふふ」


 ファランクス。自衛隊では高性能20ミリ機関砲と言う。防空用のガトリング砲だ。護衛艦に装備されているものだと思っていたのだが、ここにも有ったのか。


「今から、支配されている人たちに解除信号を送るみたいよ。面白そうだから私達も見る?」

「ここから見えるの?」

「ええ。アセンションします。行きますよ」


 一瞬、俺たちは虹色の光に包まれた。

 そして、施設全体を鳥瞰する位置に浮かんでいる。

 アセンション。聞いたことがある。キリスト教で天国へ行くこと、昇天の意味だったか。


「俺、死んだの?」

「死んだわけではありませんよ。幽体離脱でもないです」

「じゃあ、どうなってるの?」

「肉体を丸ごと4次元化しました」

「4次元化? 意味、わかんないんですけど」

「まあまあ説明は後で。ほら、始まりましたよ」


 デッキハウスから出てくるのは馬に乗った騎士たち。大型の盾と細長い円柱型の槍、ランスを装備している。その後ろにいるのは巨大な、直径10メートルの丸くて白いクリーナーだった。巨大な白いクリーナーは、ギャハハハと大声で笑いながら、その周辺を動き回っていた。


 ゲート前に集まっているゾンビもどきに向かって騎士たちが攻撃を始めた。ランスは光り始める。フェンス越しにゾンビもどきを突き刺す。


「殺したの?」

「いえ」


 ゾンビもどきは倒れ、肉体に憑依していたゴーストが数体離れていった。ゴーストと言ったが、1メートルはあろうかというバケツのような大きなプリンのようなモノが、一人につき数体憑りついていた。色は刺々しい原色で青、赤、黄、緑、黒等だった。正直、気持ちが悪い。

 騎士たちが光るランスで次々とゾンビもどきを刺していく。ゾンビもどきから離れた原色プリンを、巨大なクリーナーがぎゅんぎゅんと吸い込んでいく。騎士たちは5メートルのフェンスを飛び越え、フェンスの外にいるゾンビもどきをランスで突き刺してく。


 巨大なクリーナーは、ゾンビもどきから離れたプリンを追いかけ、その巨大な吸い込み口から吸い込んでいく。周辺のプリンを吸いつくしたのだろうか。大声で笑いながら、山側の宿舎へ向かっていく。騎士たちもクリーナーに続いていった。


「これは?」

「見事(笑)な演出ですね。恐らく五月ちゃんたちが即興で作ったアンチウィルスキャラクターです。ゴーストクリーナーは、大尉が制作したアプリから流用したようですね。騎士たちはまあまあ格好いいじゃないですか。あれで、人間に憑依していたマルウェアを速攻で排除していますね。あちらの本部と宿舎を周回してこのご近所を周回して終了でしょう。後30分位かかりそうですね」

「アレ、即興で作ったのか?」

「そうですよ」

「4次元マルウェアに対抗する4次元セキュリティでいいんだよな」

「ええ」

「それを五月が作ったのか?」

「基本形は大尉の開発したマルウェアですが、それをああいった形に書き換えたんですね」

「なるほど。天才肌ってやつだな。今時の小学生ってどうなってるんだか」

「じゃあ、中に入りましょうか」


 再び虹色の光に包まれる。施設の中の三階、スパコンのある区画へ入っていったのだが、そこはだだっ広い空間だった。俺たちはここを見下ろす位置に浮遊していた。


「ここは?」

「只今、絶賛制作中のBブロック内のVR空間です」

「何か偽装工作してるっていうアソコかな?」

「ええそうです。4次元化してあります」


 4次元化してあるというVR空間。そこには3体の巨大な物体がいた。身長は40メートル級だろうか。ウルトラマンサイズである。

 一体は全身黄金色に輝く光の巨人。柔らかな体形はお年頃の女性のようだ。五月のキャラだろう。一体は巨大ロボットで腕や肩にキャタピラやタイヤをくっつけている。恐らく、車両5台が変形合体して出来る巨大ロボットだ。これは睦月のキャラだ。もう一体は超大型のカブトムシで鞘翅さやばねを開き後翅うしろばねをはばたいて飛び上がった。周囲を一周して着地するとガチャガチャと人型ロボットに変形した。これは涼のキャラだろう。


 この3体は何やら超能力的な力を駆使し、小さいブロックを積み上げている。よく見るとここむつみ基地の地形を作っていた。

 周囲に積み上げてある極小のブロックを操作し実際と同じ地形を組み上げていく。ほどなく地形が完成した。


 Congratulation!

 Winner SATSUKI!


 空中に大きく文字が表示された。やはり五月が一番だったようだ。


『みなさんお疲れ様。第3ステージはデッキハウスと垂直発射機、周囲の施設を作るわ。本部前の74式も忘れないでね。さあスタート!』


 このアナウンス翠さんだな。


 40メートル級だった3体は10メートル級にサイズを縮小した。それぞれが超能力的な何かを行使して極小ブロックを積み上げていく。

 レーダー施設からデッキハウス、ミサイル本体から発射機まで急ピッチで組み上げていった。


「ねえ椿さん」

「何でしょう」

「此処、4次元なんですよね」

「ええそうです」

「さっきいた所、外かな? そこも4次元?」

「ええそうです」

「霊界みたいなもの?」

「そういう言い方もあります」

「という事は、人の魂というか意識ってのが4次元存在なのかな?」

「その通りです。だいぶ分かってきたみたいですね」

「なら、人が死んで魂が抜けて霊界に行く、つまり4次元に行くのは何となく理解するけど、肉体丸ごと4次元に来るっていうのが、アセンション? これって何かな?」

「簡単に言うと次元昇華なのです。3次元存在である物質を4次元化する訳ですが、これは、とあるエネルギーを物質に与えて固有振動数を変更するのです」

「とあるエネルギーって?」

「重力子を媒介とする高次元エネルギーですね。大まかな言い方ですけど、理論的にまだ存在しないエネルギーなので正確な表現が難しいのです」

「正確に表現されても理解できんと思う……」

「まあ、この辺の理論が構築されていけば、宇宙船の4次元航法とか、いわゆるワープですね、それと重力制御です。こういった事が可能になります」

「おお、ワープと重力制御か。爺ちゃんが喜ぶ話だな」

「そうですね。エロじい様が喜びますね」

「大尉もこの理屈でマルウェアを作ってるのかな?」

「そうですね」

「4次元からだとハッキングは簡単なのかな?」

「簡単と言い切ってしまうのも言い過ぎなのですが、まあ、簡単だと思います。例えば、3次元と4次元の関係を、2次元と3次元に置き換えて説明します」

「うん」

「とあるゲームを攻略する際に、迷路を通過しなければ次のエリアへ行けないとします。2次元存在なら一生懸命マッピングしながら必死で攻略する必要があります」

「そうだな」

「物凄い労力と時間を必要とします」

「ああ」

「これに視点だけ3次元を加えるとどうでしょう?」

「一目で迷路が分るから、マッピングは必要ない。迷路を最短距離で進むことができるから時間が相当節約できる」

「そうですね。では、全て3次元なら?」

「迷路進まずに飛び越えられる?」

「そういう事なのです。2次元なら数時間かかる攻略も3次元存在なら一瞬で可能になるわけです」

「これをマルウェアに応用しているのかな?」

「そういう事ですね。4次元存在であれば、まあバックドアが無くてあるようなものだと思います。ダンジョンをセキュリティと考えれば納得がいくのでは?」

「なるほど、意識体を持つプログラムって言ってたのはこういう事なのか」

「そうですね」

「あの、椿さん?」

「何でしょう?」

「俺の理解力に合わせて簡略化して話してるの?」

「勿論です」


 分かっているんだが、分かっているんだがこういうのは寂しい。


「おや? そろそろ完成したようですね」


 下を見ると施設は全て完成しているようだ。


 Congratulation!

 Winner MUTSUKI!


 今度は睦月が一番だったようだ。


『皆さんお疲れ様。ゼリア君。こっちに来てね』


 突如、巨大な檻が空間に出現した。檻の中には原色のバケツプリンがごっそりと詰まっている。檻が開いてゴーストがワサワサ出てきて、そこら中を飛びまわっていく。よく見ると10センチメートルの小さいのと30センチメートルの少し大きい二種が存在していた。


 さっき外でゴーストを吸い込みまくっていた、巨大な白いクリーナーも出てきて、背の扉を開き、ゴーストを盛大に吐き出した。こっちは1メートルサイズの大型だった。


『みなさん。今度はこのゴースト達を施設内に追い込んでね。さあスタート!』


 ゼリアの操るクリーナーが探照灯を照らしてゴーストを追い払っていく。他の3人も探照灯を照らしてゴーストを追い込む。辺りにいたゴーストを全て施設内へ追い込んだ。


「そろそろ戻りましょうか?」


 椿さんの一言に俺はうんと頷いた。

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