第38話 最弱の主人公

 俺たちは元いた場所へ戻っていた。

 イージス・アショアのデッキハウスの4階だ。レーダーやらの機械類がごちゃっと詰めてある区画だった。


「異常はありません」


 ニコニコしながら椿さんが言う。


「一応仕事したんだね」

「はいそうです。ちゃーんと確認しましたよ。怪しいモノは何もありませんでした」

「どうしますか?」

「そうですね。そろそろお子様達が限界じゃないかしら。もう寝かさないといけません」


 時計を見ると23時を回っている。


「下に降りようか」

「ええ」


 俺たちは階段を使い下へ降りていく。1階に着いた所で牧野士長と出会った。先ほど、軍曹たちがKOした隊員たちの手当てをしていた。

 俺たちに気が付くと立ち上がって敬礼する。


「お疲れ様です」

「お疲れ様です。どうぞお手当を続けてください」


 CICを覗くと、お子様達はデスクに突っ伏して眠っていた。


「仕上げは私達三姉妹でやります。正蔵様は子供達を寝所に連れて行って、休んでください」


 翠さんの言葉に夏美さんは不満げだった。


「え~まだやるのかよ。だりいなぁ」

「夏美さん。眠らなくても良いのは私達だけですよ。皆さんには休んでもらいます」


 椿さんの一言に、渋々頷く夏美さんだった。


「わかったよ。あ、正ちゃん。椿姉さんは朝までこっちで預かるからね。スマン」


 ニヤニヤ笑っている。俺と椿さんが、ベッドで語り合える夜は来るのだろうか。そこへ入ってきたのは横瀬一尉だった。紀子博士宅で出会った自衛隊幹部である。敬礼して挨拶する。


「お疲れ様です。牧野は役に立ちましたか?」

「ええ。大変心強かったですわ」


 翠さんの返事に横瀬一尉は満足そうである。あの人何かしたっけ? と突っ込むのは止めにする。

 五月と睦月は何とか起きたのだが、ゼリアと涼は目覚めない。俺が涼をおんぶし、軍曹がゼリアを抱きかかえる。


「ふん。お子様だな。全く」


 見た目はゼリアとそう変わらないララがつぶやく。


「牧野士長。皆さんを宿舎へ案内してくれ」

「はい」


 牧野士長は元気のいい返事をする。俺たちは牧野士長に案内され外へ出る。少し離れているヘリポートに綾瀬重工のティルトローター機、彩雲が駐機していた。パトカーや救急車も続々到着している。


「いや~よく分からないですけど、施設のコントロールは奪還。ゾンビもどきになってた人も回復したようですね」

「ええ。この子たちのおかげです」


 俺が返事をした。


「何といいますか、高性能AI搭載のアンドロイドと、小学生の協力プレイでハッキングされたシステムを全て奪還したんですから。凄いです。自衛隊じゃ歯が立たなかったみたいですからね。子供と一緒に大事を成す。良いですね。アニメみたいだ」


 そうかもしれない。しかし、俺は何をしたのだろう。

 何もしていないじゃないか。


 椿さんに連れられて来て、ちょっとイチャイチャして、それだけ。


「スピカは連星なんだよ……」


 眠っていた涼の寝言のようだ。天文マニアの涼は寝ても覚めても天文だ。大した奴だ。


 スピカを探すには……。


 まず北斗七星を探す。

 見つけた。


 ひしゃくの柄を伸ばしていく。

 明るい星がある。


 牛飼い座のアークトゥルス。

 更に伸ばす。


 青白い明るい星が見える。

 あった。


 おとめ座のスピカ。

 春の大曲線。


 俺でもわかる春の夜空。


 涼の奴は、将来天文学者にでもなるつもりなのだろうか。

 きっとこの子ならやれるだろう。


「正蔵さん。こちらですよ」


 牧野士長に声をかけられた。宿舎の中へ案内された。

 6畳くらいの部屋に2段ベッドが4台ある。子供達を寝かせる。ララは自分で毛布にくるまった。軍曹はベッドが小さいからと床で横になる。

 俺もベッドに横になる。


 毛布をかぶるがなかなか寝付けない。

 自分は何もできない。この事実が頭の中を駆け巡る。


 自分は大学で不真面目だった。

 しかし、経済学を勉強していたら何かできたのか?

 出来るはずがない。何もできない。

 英会話が得意だから何かできるか?

 何もできない。

 バイクの修理ができるから。バンク修理は任せておけ。

 ここでは何もできない。


 そう、普通の大学生にできることはない。

 俺は何だろう。


 椿さんに好かれている。

 椿さんを好いている。


 これが何か大きなことなのだろうか。

 他所の星で大問題になる防御兵器。

 地球でも問題になりつつある椿さん。


 俺は彼女を守らなくてはいけない。

 しかし、力はない。


 堂々巡りの思考はだんだんと鈍くなり、いつの間にか眠っていた。


 夢を見ている。

 きっとそうだ。


 俺は何かがやりたくて仕方がないのだが、手が届かない。できない。

 近づくと離れる。飛びたいのに飛べない。

 焦燥感が募る。


 目が覚めた。


 今のは何だったのか。何がしたかったのか。分からない。いつもこうだ。夢で何か大事な事を経験しているはずなのに、目が覚めるときれいさっぱり忘れている。その忘れ方は尋常ではない。

 メモリーを消去したような、いや、そもそもメモリーに記録されていないんじゃないか。そう感じる。これは脳に記録されていないからではないだろうか。夢は魂が見ている。脳は見ていない。そう考えれば辻褄が合う気がする。そんなくだらないことを考えていると椿さんが起こしに来てくれた。


「正蔵様、朝ですよ」

「ありがとう。起きてるよ」

「食事に行きましょう。もう用意できているそうですよ」


 俺たちは食堂へ向かった。

 食堂には既にララと軍曹がいた。食事は既に済ませているようで、ぼんやりとTVを見ている。朝食は、白飯とみそ汁、焼き鮭に海苔と生卵というオーソドックスなメニューだった。


 TVでは、昨日の事故の件が盛んに報道されていた。改装軽空母いずもの沈没。萩市のむつみ基地からは対艦ミサイル誤が発射され、空母艦載機が発艦した。むつみ基地は閉鎖中。防衛省、総理府、内閣府などのHPがハッキング被害に遭い、内容が書き換えられた。こんな感じで、昨日あった出来事を詳しく報道している。まあ、俺たちがここに来て奪還した事は報道されていない。官房長官は会見に於いて、事故・故障を挙げていたが、異星人のハッキングという言葉は聞かれなかった。


「昨夜のうちにかなり奪還出来ましたよ。ここで構築したダミーシステムを、イージス艦のあたごと秋田のイージス・アショアにも実装しました」

「凄いね」

「ええ。まあ私達がチート技みたいなものですからね」

「なるほど。大尉の技術が俺たちにとってチート技。しかし椿さんはその上を行くって事かな?」

「そうですね。今日の午前中を目途に、カウンターシステムを実装します」

「それはどんなものなの」

「侵入しようと攻撃してきた相手に対して、逆にクラッキングします。最低でも敵のシステムに障害を発生させます。できれば宇宙戦艦丸ごと分捕ります」

「分捕るの?」

「ええそうです。丸ごと人質にしてもう地球には手出ししないと約束させます」

「ええっと。そんな事出来るの?」

「私の本体がいれば簡単なのですが、現状では五分五分かと。戦術ネットワークもほぼ奪還していますからね。そこへ入ってきたらガツンとカウンターしてやります。万一失敗した場合に備えて停止信号の解析も済ませてあります」

「なんかすごいな」

「しかし、掌握できているのは自衛隊だけ。米軍はほんの一部です。米軍もですが、半島や大陸の勢力が乗っ取られてミサイルを発射した場合、対応が後手に回ります。それが一番危険です。残念な事に現状のミサイル防衛は50パーセント程度しか機能していません」

「大丈夫なの?」

「単発でのミサイル発射なら十分対応できるのですが、飽和攻撃された場合はお手上げですね」

「飽和攻撃か。そんなことすりゃ第三次世界大戦が勃発するな」

「ええ。まともな指導者では選択しない作戦ですが、サル助ならどうでしょうか。やけっぱちになって地球を放棄とか、最悪の選択をされてはかないません」

「そうだよね」

「今現在、情報戦も仕掛けてきてますね。政府機関のHPは抑えてありますが、民間はそうはいかないので、例えばネット掲示板2・5チャンネルの書き込みで、『改装空母いづもの沈没は綾瀬重工の策略――これで凍結されていた正規空母〝せきらん〟竣工乙』とかですね。『萩のイージス・アショア不具合は異星人の仕業――異星人を地球から追い出せ』ですが、リンク先に正蔵様の顔写真がアップされてました」

「俺が異星人って事にされてるの?」

「そう、正蔵さまが迷惑異星人になってますね。おや、小説投稿サイト〝ヨムカク〟に新作小説がアップされました。『異星人が地球に来てハーレム生活~チートで地球の女は俺のモノ~著者:綾瀬正蔵』です。うふふ」

「俺のなりすまし小説? でも、すごく楽しそうですね」

「ええ。私も小説書きたくなってきました。『椿と正蔵~愛の逃避行』とか、『SF地球防衛軍~綾瀬艦長の決断』とか、『スーパーロボット正蔵の苦悩』とか、18禁の官能小説もイイ。ああ、アイディアが溢れる……」

「椿さん。小説書くのは良いんですけど、実名出さないでくださいね」

「もちろんです。でも、小説書いてる時間があれば正蔵さんとイチャイチャしたいです」


 椿さんと二人でかわす他愛のない会話。しかし、これは俺にとっては初めての経験でもあり、愛しい女性が傍にいる事の幸福感を実感していた。


「朝から熱いね~」


 背後から声を掛けられる。夏美さんが小学生三人組とゼリアを連れてきていた。


「翠さんは?」

「ああ、CICで何かやってる。さあ小さき勇者よ。食事を済ませて最後の仕上げをするよ」

「おお!」

 

 お子様四人組は、朝っぱらから元気いっぱいだ。


「みんな。名前は決まったかな?」


 椿さんの質問に子供たちが手を挙げる。


「では、五月さん」

「私はスーパー・アクティブ・カウンターです」

「俺はカウンター・ファイア」


 五月と睦月が答えた。

 次にゼリアが口を開く


「攻撃型防御壁」


 最後に涼。


「みんなユーモアが無いんだよ。僕が考えたのは超次元クリーナーシューターです。カウンターでクリーナーを飛ばすんだからこれが一番だ!」

「おお。なかなかの秀作ぞろいだな。決定は作業チーフの翠だ。さあ、食事を済ませ、いざゆかん!」

「おお!」


 皆で朝食をガツガツ食べる。元気のいい子供と一緒にいると、自分も元気になるから不思議だ。


 そこにニュース速報が流れる。


 米空母ロナルド・レーガンの飛行甲板が大破……。

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