第36話 教えて恋のABC
翠さんの操作でCICの入り口もあっさりと開いた。
中には自衛官が数人ゾンビもどきになっていたのだが、ララと軍曹が即時悶絶させた。
「手ごたえが無い」
「仕方ありませんよ、ララ様。ところで翠さん。こいつらどうしますか?」
「廊下の邪魔にならないところへ寝かせておいて」
「了解しました」
軍曹が三人を抱えて外へ出た。大の男を三人一度に抱えるなんて、ものすごい馬鹿力である。ララが一人、夏美さんが一人抱えて外へ出た。ララの体格で気絶した大の男をひょいと抱え上げたのにも驚いた。
翠さんがバスケットからサングラスのようなものを取り出し、小学生三人組とゼリアに渡した。その四人を後ろ側のデスクに座らせる。ここは施設のメンテナンス用のエリアのようだ。
「さあみんな、お仕事ですよ。今渡したサングラスはネット接続型のスマートグラスです。まず、グラスをネットに接続して。接続先は[midorichanchokawaii]よ。できたかな?」
「はーい」
小学6年生三人組は手を挙げるが、ゼリアは操作が分からないようでまごついていた。椿さんが手伝って接続できたようだ。ゼリアが控えめに手を上げる。
「では皆さん。私の指示に従って下さい。ゼリア君は超大型のスーパークリーナーを操ってゴーストを檻へと追い込みます。スーパークリーナーの武装はビリビリ剣と超探照灯。ゴーストは探照灯の光を嫌って逃げるので上手に追い込んでね。ゴーストに取りつかれるとライフが削られます。近接戦闘用のビリビリ剣でうまく追い払ってね。ライフがゼロになるとゲームオーバーですので気を付けてね」
「はい。操作方法は?」
「今、グラスの方へ転送しました。簡単なので頑張ってね」
「はい」
右手を挙げて元気の良い返事をするゼリア。しかし、キーボードを操作する手つきはぎこちない。
「残りの三人はプログラムの書き換えよ。指示した通りにお願いね。時間が無いので超急ぎます。競争よ」
「はーい」
小学生三人はどえらい勢いでキーボードをたたき始めた。
まあ、知ってはいたんだが、改めて見ると感嘆してしまう。特に五月。こいつは紀子叔母さんの家に放置されていたアンドロイドのAIを組み換えたりしていた。自前でニューラルネットワークを構築する天才小学生である。
「やっぱ五月の勢いが一番だな。負けないぞ」
涼がつぶやく。
「早くてもタイプミスするから気にしない。トータルじゃあ俺が勝つ」
睦月も負けん気丸出しで突っかかる。
「俺も手伝おうか?」
「一本指打法の正蔵さんはジャマ。引っ込んでて」
五月に邪魔者扱いされた。まあ、その通りだから仕方ない。手元を見ずに指十本でキーボードを叩くなんて俺には無理な話だ。
「ララ様と軍曹さんはCICの外で警備してください。だれも入れないで。夏美姉さまは2階の電源設備と3階のスパコンエリアのチェックをお願いします。椿姉さまと正蔵君は4階のレーダー設備をチェックしてください。何か変な器機が接続されてないかよーく確認してください。エレベーターは止めてますから、階段を使ってくださいね」
「了解した」
軍曹が敬礼して外へ出る。俺たちも続く。ララはいかにも退屈そうな表情で外へ出た。
「じゃあ行ってくるね」
CICを出た俺たちは、右奥にある階段を使って上の階へと向かう。歩いていると、夏美さんが肘で俺をつついてきた。
「なあなあ正ちゃん。君たちは何処まで行ってんの? 恋のABCは今どこらへんかな?」
「恋のABCって何ですか? 何かのハウツー物でしょうか?」
「え? 知らないの? Aはキス。Bはペッティング。Cはセックス。まあ、カップルの発展段階をABCに例えてるんだな。ちなみにDは妊娠。こんな感じなんだけど」
「知りませんよ。いつの時代の話なんですかね」
「くっ!
ギリギリと歯軋りを鳴らす夏美さんである。
「多分、頼爺の青春時代のお話では……今から60年くらい前?」
椿さんの一言で、今度は両手を握り締めゴキゴキと骨を鳴らす夏美さんであった。
「『○○ちゃんはまだAまでだって。◇◇ちゃんはBだけど胸だけで下はまだって言ってた。△△ちゃんは見かけによらずCまで行ってるんだって。そう言えばまだ生理来てないとか言ってなかった? もしかしてDまで行ってたりして。キャハ!』とか何とか言って余計なデータをインストールさせやがって。あのくそジジイめ」
と、演技する夏美さんだったのだが、部分的に、微妙に低い声だった。そこへ椿さんの補足が入る。
「今の『』の中身は女子中学生の真似をする頼爺を、夏美さんが真似してるのよ」
何だかややこしい。
「じゃあもう一度聞くよ。正ちゃん。やった? まだ? ABCの何処よ」
夏美さんはしつこく突いてくる。
「Aかな。キスだけです。他は何もしてません」
そういえば、ゼリアの目の前でキスしてそれっきり何もしてなかった。
「奥手だねぇ。童貞君ってのはやっぱ事実なんだ」
「童貞とか、そんな事どうでもいいじゃないですか。それにバタバタしててチャンスが無かったんですよ」
「あはははは。スマン。お詫びにちょっといい事してやる」
そう言って夏美さんは俺の右手を掴みそのままシャツの下へ入れる。そこには下着をつけていない胸があった。手のひらにその柔らかい極上の感触が伝わる。ピンと尖った乳首にも触れた。俺は一気に興奮してしまった。ズボンの前がきつくなってきた。その時……。
ガキッ!
椿さんの右手が、金属製の手すりを握りつぶした音だった。
「夏美さん。正蔵様から離れてください」
頭を掻きながら夏美さんが離れた。
「悪りい悪りい。正ちゃんその気になってきたみたいだから、後はお二人でよろしくやりなよ。じゃあな」
夏美さんは防火扉を開け二階へ入っていった。椿さんは顔を赤くして俯いている。
「正蔵様。ここで……しちゃいますか?」
「ああ、それって、ええっと、したくないことないんだけど、あれ、で、ええっと、先に用事を済ませるのが、いいいんじゃなないかなあ」
「股間の……アレ……は、そのままでいいのでしょうか。男の人は、最後までしないと収まらないって、聞いたことがあるのですが」
「大丈夫大丈夫。世間話しでもしてればすぐに収まるよ。大丈夫。あははははは」
二人して赤面しながら階段を上がる。この階段は船舶のタラップみたいな金属製で、歩くたびにカンカンと金属音がした。
「下は何してるのかな?」
「大雑把に言うと、システムの奪還と偽装工作ですね」
「奪還は分かるけど偽装工作って?」
「奪還したことがバレないように偽装するんです」
「ちょっと意味がわかんないな」
「此処のシステムは大きく分けて2つのブロックがあります。対空ミサイルを管理するAブロック、巡航ミサイルを管理するBブロックです。Bブロックのシステムは綾瀬重工が開発していますので、ソフトウェア関係も含め、システムは全て把握出来ています。まずここにVR環境を設定します。そうしてイージスのシステムが全てBブロック内に有るかのように偽装します」
「手が込んでるね」
「ええ。そして四次元憑依型マルウェアを全てBブロックへ移動させます。Aブロックを奪還し、Bブロックの方は泳がせておく。敵側からは、ここイージス・アショアを全て、つまり、AB両方のブロックを掌握しているように見せかけるのです。もちろん時間稼ぎにしかなりませんが、その間に戦術ネットワークを奪還し、サイバー戦において主導権を握ります」
「そんなことが可能なのかな?」
「大丈夫。だって敵方のシステムは、あのゲルグ・ガラニア大尉の設計なのですよ」
「ああ、そうか。でも俺ならその大尉の裏をかくようなことを絶対にするぞ。そう言った場合を想定してあるのか」
椿さんはニコニコしながら頷く。
「勿論ですよ。ご心配なく」
そんな話をしているうちに四階に着いた。俺たちは防火扉を開いて中へ入っていった。
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