第16話 魔法トラップ

「数は……10にゃ」

「多いな。勘弁してくれ……」


 10匹が一斉にリュウジに飛び掛かってきたら、間違いなく殺されてしまうだろう。リュウジのメイン武器は2本の短剣。

 危険な場所に赴くクエスト調査官にしては、あまりにも軽装である。

 但し、2本の短剣は一般的な短剣であるが、それぞれ形状が違っていた。1本は右手用。『バゼラード』と呼ばれる短剣である。

 これはガードと並行した棒状のパメルが特徴で剣身は楔型。刃厚は薄く平ら。短剣ながら斬撃にも適したものだ。

 もう一本は左手用。これはパリーイングダガーと呼ばれるもの。

 防御のためのもので、主に相手の剣撃を受け流すのに使う。リュウジのものは歯が櫛型になっている。

 これは受けた瞬間にひねり、剣を折ることができる、『ソードブレイカー』と呼ばれるものであった。

 今の状況ではソードブレイカーは意味がない。かといって、グレイウルフにバゼラードの攻撃力は心もとないが、これがメインの武器である以上、頼るほかはない。

 リュウジはバゼラードを握って、ひたすら走る。しかし、人間よりもグレイウルフの方がはるかに足が速い。


「リュウジ、来るよ、右後方!」

「がううううっ……」


 足の速い一頭が飛び掛かってきた。寧音の声に反応し、リュウジはわずかに左へ体をそらせ、そして右手に持った短剣で突き刺した。


「キャウウウン……」


 鋭い悲鳴を浴び、血を飛ばして一頭は後方へ飛んでいく。さらに左から近づいてくる音がする。


「リュウジ、もうすぐ到着にゃ!」


 リュウジは目を凝らす。ここへ来る前に木に目印として付けてきた黄色いリボンをだ。


「よし!」


 最初のリボンを見つけた。リュウジは走りながら、前方へジャンプする。上には太い枝が。それにつかまると勢いをつけてさらに体を前へ投げ出す。

 あまりの勢いに体勢を崩し、前方へ3回転してしまう。最後は受け身を取った。

 その瞬間、ボン、ボン……と鈍い音が炸裂する。同時に甲高い、狼の鳴き声が2つ聞こえる。


「やったにゃ!」


 リュウジは振り返る。血まみれになった2頭のグレイウルフが転げまわっている。前足がきれいに吹き飛んでいる。


「これで3頭……」

「魔法トラップ大成功にゃ!」


 魔法トラップとは、トラップ魔法を仕込んだ魔石によるもので、込められた魔法によって様々な罠を発動することができた。

 今回のトラップは、その1つ。魔法地雷(マジックマイン)である。魔法効果が及ぶエリアに踏んだ瞬間に起動する罠で、火炎を巻き上げ、小爆発するタイプのものだ。

 威力は足を負傷させるものであるが、その威力は2頭のグレイウルフを見れば分かる。

 リュウジはこの森に入ってまずやったこと。それは退路の確保。あらかじめ、帰りのコースを想定し、魔法トラップを仕掛けていたのだ。


「リュウジ、まだ追って来るにゃ」

「ああ。仲間を傷つけられて怒り狂っている」

「捕まったら、八つ裂きにされるにゃ」

 

 追って来るグレイウルフは、まだ7頭もいる。

 再び、リュウジは走る。


「リュウジ、次の黄色いリボンまであと8m」


 リュウジは2,3歩進んで跳んで枝につかまる。しかし、今度は爆発音はしない。

 グレイウルフは賢い。2度も同じ手に引っかかることはない。追ってきた2頭はすぐに左右へ飛んで地雷を踏まないように避けた。


「そう来ると思ったよ!」


「ドーンだにゃ!」


 リュウジと寧音がそう叫ぶと同時に「きゃうううん!」と2頭の悲鳴が森中をこだました。

 左右には違うトラップ魔法が仕掛けてあったのだ。

 それは魔法で出現した虎ばさみであった。するどい歯に足を挟まれた2頭のグレイウルフは、身動きできない。苦痛で黄色い吠え声をあげていた。


「これで残り5頭」

「来るにゃ、下に一頭」

「了解した」 


 罠を突破して、枝にぶら下がったリュウジの下からジャンプして噛みつこうとしたグレイウルフに向かって、バゼラードを突き立てる。

 口から脳髄を貫き、地面に着地してリュウジは残り4頭といい、さらに短剣を鞘へ納めると、携帯した小型のボウガンを向ける。

 これは小さな矢を5本連続で打ち出せる。


「リュウジ、左斜めから突進してくにゃ」


 グレイウルフは賢い。先ほどから、リュウジの左から攻撃を仕掛けてくる。おそらく、リュウジの左目が見えていないことを知っているのであろう。

 しかし、リュウジは落ち着いている。寧音の指示に冷静に対応する。


「了解!」


 シュバ、シュバ、シュバ……。

 短い射出音5発した。左後方の茂みから飛び掛かって来たグレイウルフの脳天に突き刺さる。体を痙攣させて絶命する。


「これで残り……3頭」


 リュウジは立ち上がる。その3頭が左、右、正面から低いうなり声を上げながら、ゆっくり近づいてくる。ここまで順調に来たが、いよいよ追い詰められた。リュウジの背後には大木。逃げるスペースはない。


「リュウジ、この状況はヤバいにゃ」

「ああ、ヤバい……」

「こういう時は開き直りが必要にゃ」

「開き直りね……」


 リュウジはにやりと笑って、バゼラードを構えた。


「さあ、来いよ。この短剣はお前たち専用じゃないが刺されば痛いぞ……」


 リュウジはそう言って、短剣を振り回しわざと威嚇する。振り回せば、振り回すほど、残念ながら弱っちく見える。

 これはグレイウルフを油断させる演技だ。動物と言えど、弱ったところを見せると油断する。そしてそれは注意不足を誘発する。


「ぎゃうううん……」


 左右同時にグレイウルフは悲痛な声を上げた。

 前足を踏み込んだとたん、地面に違和感を覚えたのだ。しかし、その瞬間にもはや手遅れであることも分かる。

 麻で編んだ網が体全体を包み込み、いっきに空中へと体を持ち上げたのだ。


「はい、かかったにゃ!」


 魔法トラップである。

 効果は『スパイダーウェッブ』。出現した網で動けなくするものだ。


「これで残り1頭……」


 リュウジは顔を上げた。前方からゆっくりと近づいてくる黒い塊。残り1頭になったが、最後に残ったのはボス。

 通常のグレイウルフよりも2周りも大きく、右耳が半分千切れているのが特徴である。


「リュウジ……真打登場にゃ」

「そのようだな……しかも怒り心頭だ」


『ロボ』と名付けられたこの集団のリーダーである。

 グレイウルフは賢い動物であるが、そのリーダーはさらに賢く、仲間に指示を送って集団で狩りを成功させる。

 そして、人間の作戦を看破して、それを逆手に取ることもある。

 ロボはさらに賢く、これまで討伐に出た人間の冒険者を何度も撃退した。

 今回は要塞化した砦での戦闘で多くの仲間を失うことになったが、グレイウルフがここまで冒険者を苦しめたのは、ロボの能力の優秀さがあってのことだろう。

 そしてこのリーダーは、単独の戦闘力もかなりのものであった。リュウジは一目見て、まともに戦ったら危険だと判断した。

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