第15話 脱出

 ミノムシベッドは、激しい雨には耐えられないから諦め、代わりに木を壁にして葉の惜しげった枝を積み重ねて屋根を作る。

 リュウジ一人が雨から身を守れるような広さのものだ。こういう場合、一人分のスペースだけだと作業も楽だ。

 その中に小さな焚火をする。これは暖を取るため。

 雨が降って来る前に乾いた枝を集めて、薪とする。一晩燃やすだけの量を屋根の下に集め、リュウジは夜を過ごす準備を終えた。

 やがて、雨がしとしとと降り始め、夜半には激しい雨粒となって、簡易のシェルターに降りかかった。

 そんな中、リュウジは眠ろうとせず、ひたすら耐えていた。

 森の中の雨。グレイウルフから身を守るために崖の上という不安定な土地に作ったシェルターだ。

 下手に眠って、危険に気が付かないと死に直結する。眠らないことで低下する体力よりも、眠っているうちに災害に巻き込まれる危険。

 そして体が冷えて低体温症になる危険があった。起きていて薪をくべて火を守っていた方が安全だ。

 リュウジは夜中、これまで集めた断片的な証拠から、自分の立てた仮説を整理していた。


「問題は冒険者の死体だにゃ。死体が見つからなきゃ、殺人事件にはならないにゃ」

「あの顔を潰された死体とグレイウルフに食われたレンジャーだけではな……」

(まだ疑問は残るが……明日の朝には脱出しないといけない。せめて、殺された冒険者の遺体を見つけたいものだ)


 遺体が見つかれば、そこから様々なことが推察できる。救援隊の目的は冒険者の救出であるが、それがかなわぬ時には遺体の回収が任務なのだ。

 その救援隊が総出で探しても遺体はグレイウルフに食い散らかされたレンジャー以外は見つかっていない。

 激しい雨が降る中、リュウジは考えを巡らせ、数時間を耐え抜いた。この程度の苦難を乗り越えることはクエスト調査官の鍛え上げられた肉体と精神にとっては難しいことではない。

 やがて、雨は止み、太陽がゆっくりと登り始めた。リュウジは頭上の濡れ切った木の枝を取り払い、ゆっくりと立った。薄暗い朝の景色の中、ふと見下ろすとあることに気づいた。


(……あそこだけ……地面がへこんでいないか?)

「凹んでいるにゃ。これで死体がどこにあるかわかったにゃ」


 リュウジが見つけたのは、砦の入り口の地面。5m平方の四角いエリアが見事に低くなっている。


「そういうことか……。謎はおおよそ解けたな……」


 リュウジは左腕の時計を見る。時間はまもなく朝の5時になろうとしていた。森の入り口にギルドの迎えの馬車が来るのが、9時頃。ここからおよそ4kmほどだから、今から行けば余裕で間に合うだろう。

 リュウジは昨日のうちに汲んでおいた沢の水を、焚火で沸騰させた。それでコーヒーを入れると、携帯食のチョコレートバーで朝食とした。

 昨日から食事はこればかりで飽き飽きしていたが、仕方がない。

 簡単な食事を済ますと、崖を降りて森からの脱出を図る。

 ここまでグレイウルフは一度も姿を表していない。森の入り口まで遭遇しないとよいがと思っていたが、そんなに甘くはなかった。

 おそらく、賢い彼らは昨日からリュウジを監視して、砦跡から出て森を出ようとすることを待っていたのだ。

 殺されたレンジャーもおそらく、同じように襲撃にあったのであろう。


「リュウジ……追いかけて来るよ」

「1,2,3……足音が近づいてくる」

「視界に入って来る距離まで来たにゃ」

「厄介だな……」


 リュウジは走りながら後ろを振り返った。走りにくい森の中を黒い物体が走っている。


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