第14話 新しい犠牲者

 リュウジにはおおよそ犯人を特定していた。だが、解明すべき疑問はまだある。


「死体がないと殺人は立証できないにゃ……」


 この事件の最大の謎である。

 それは殺された冒険者の死体が1体しかないことだ。もし、何らかの理由で犯人が自分を除く4人を殺したとする。

 グレイウルフがいつ襲って来るか分からない時に、仲間の遺体を隠すことなんかできないだろう。


「グレイウルフに食わせる手もあるが、引きずった跡もない」


 グレイウルフの襲われて食われたのは、レンジャーの男1人のみ。他の4人の死体はきれいになくなっていた。


(死体はどこへ行ったのだ?)


 リュウジは考える。この砦内には血の跡しかない。もしかしたら、グレイウルフ以外の捕食生物がまるごと食べてしまったという考えも浮かんでくる。


「都合のいい推理は、結論をぶれさせるにゃ」


 寧音はそうリュウジに忠告した。リュウジは深く頷く。


「そうだな。そんな都合のよいモンスターがたまたま現れる可能性は低い」


 推理は都合の良い展開を考え出すと思考が止まる。


(こういう場合は、単純に考えるとよいのだが……。それに遺体が4つとは限らない)


 砦の外のどこかに隠したのなら、救出部隊の調査で見つかっているはずだ。ギルドの救出部隊は、ベテラン冒険者を中心としたにわか部隊であるが、その実力は侮れないのだ。


「周辺部を探索するにゃ」

「そうだな。まだ探っていないところも丁寧に見て行こう」


  リュウジは反対側を見る。そこは岩と木の策で防御してある。そこを越えて行くと木々が続く深い森。

 そっと歩みを進めるリュウジ。やがて、地面がぬかるんでくる。


「リュウジ……せせらぎの音が聞こえるにゃ」


 そう寧音が教える。リュウジも耳はいい方だが、寧音には負ける。やがて、寧音が言う通り、地面は小さな沢になった。


「な……」


 そこで衝撃的なものを見つけた。


『遺体』である。


「この遺体は変だにゃ」

「ああ。完全におかしい」


 恰好からして違和感がある。何も着ていない裸の遺体。

 男性であることは分かるが、裸だけに殺された3人の男の冒険者のうちの一人だと断定できない。


「これじゃ、誰かじゃ分からないにゃ」

「ひどい有様だ」


 リュウジは顔をしかめた。死体をたくさん見てきたリュウジでも、その遺体は気持ち悪いものであった。

 なぜなら、その顔は石でぐちゃぐちゃに潰されていたからだ。


「これは……冒険者じゃないな……」


 リュウジがそう思ったのは遺体の状態。腐敗し始めていたが、これはせいぜい1,2日ほどの傷み具合である。


 長年、こういうものを見てきたリュウジにはそう判断できる。


(1, 2日前なら……全滅した冒険者ではない……となると誰だ?)


 周りを探すと白いローブと革の胸当てが捨てられているのが見つかった。これも変だ。


「まさか、自分で脱いで死んだわけでもあるまいにゃ」

「そんな奴はいないだろう」


 白いローブと革の胸当ては、冒険者の所持品リストに見た記憶がある。確か、全滅した冒険者のヒーラーが身に付けていた格好である。

 さらに薬入りのポーチをさほど遠くないところで発見したことで、持ち主がヒーラーであることが高くなった。

 ポーチは沢沿いの小さな洞に落ちていた。

 そこは人が一人隠れられる大きさの洞。地面は沢の水で濡れている。これならグレイウルフの鋭い嗅覚から逃れられるだろう。


「ここに隠れていたいたけど、犯人に見つかって殺されたのかにゃ?」

「……仮説に修正が必要だな……。ヒーラーも他の冒険者と同じように殺されたと仮定していたが、どうもそうではないようだ……」


 リュウジはそう呟いて思案する。


(寧音のいうように、逃れて隠れていたが見つかって殺されたになら、今の状態とつじつまが合うが……)

「何だか、この遺体については慌てて証拠隠滅した感じがするにゃ」

「……確かにここまでの証拠隠滅の周到さに比べると雑だな。それに調査隊はこの遺体を見つけていない」

「そこが疑問にゃ。捜索隊の捜査以後にこの遺体がここに置かれたと考えるのが妥当にゃ」


 寧音の言葉にリュウジは頷いた。さらに死んだ男がヒーラーかどうか確証はない。 そもそも、持ち物を全部脱いで死ぬのはおかしいし、死んだ時期は救出部隊がやって来た頃だ。

 沢の洞に身を潜めていたのなら、救出部隊に名乗り出て生還しているはずだ。

 リュウジは重い遺体を砦まで運ぶ。狼に食われないように岩の上に引き上げた。明日、リュウジが帰還して、もう一度捜索隊を出させて回収してもらうのだ。

 遺体を回収すれば、これが冒険者の誰かなのか、それとも違う誰かなのかが分かる。


「うっ……」

「リュウジ……来たにゃ……」


 葉をこするわずかな音にリュウジと寧音は反応した。リュウジの警戒心を察したのか、音はピタッと止む。

 何者かが遠くからこちらを見ている感覚を感じる。


(見つかったようだな……)


 少し、森に長居しすぎた。昨日はキラーベアのふんでごまかすことができたが、今日はそれができていない。

 人間の臭いを嗅ぎつけたグレイウルフたちが、狩りの準備をしているに違いない。

「そろそろ、シェルターに戻った方がいいにゃ」


「ああ……そうする」


 一人で行動するリュウジは慎重に慎重を重ねて行動してきた。危ない橋は絶対に渡らない。その行動規範によって、ここまで一人で潜入する危険を乗り越えてきたのだ。

 リュウジは砦に戻り、自作のシェルターがある崖を登った。崖の上ならば、グレイウルフも襲ってはこないだろう。

 崖に登るとリュウジは空を見上げる。青い空がのぞいていた朝に比べて、黒い雲に覆われて今にも雨が降りそうな天気だ。


「リュウジ……天候が崩れそうだにゃ」

「これは雨が降るな……」


 グレイウルフの動向もあるし、雨が降るとなると今日の捜索はこれで終わりそうである。明日の朝には合流地点に向かわないといけない。

 だが、まだ謎は深まり、それを確かなものにする証拠が足りない。それでも、安全第一に考えてリュウジは拠点としたシェルターに戻り、雨に備えることにした。

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