第12話 野営

 さらにリュウジは背後の崖をつぶさに観察する。15mにも及ぶ土の壁は固く、ところどころ、石が表面に突き出ている。

 よく観察すると、壁に足跡が薄っすらと残っている。これはアオイの調べた資料の中にあった。靴の跡はレンジャーのもので、彼はここを登ったことが推測された。

 なぜなら、彼のもつ武器は弓矢で、おそらく、崖の上に登り、そこから弓で攻撃したのだと思われた。


「リュウジなら、ここを登れるにゃ」

「ああ。これくらいなら楽勝だ」


 リュウジは崖の壁面を見て、登るルートを思案する。ところどころに石が顔を出しており、それに手をかけて登れば、上に行ける。


「よいしょっと……」


 石に指をかけて、全体重を持ち上げる。腕の筋肉が緊張する。足を踏ん張り、次の石に指をかける。

 飛び出た石から、登るためのルートを考えて、両手、両足を使ってリズミカルに登っていく。こういう崖を登る時のコツは足だ。

 つい腕の筋力に頼りがちだが、それだとすぐに乳酸が筋肉にたまってしまう。そうなれば力が入らなくなる。

 さらに登る最中はずっと腕が心臓より高いところにあり、血の巡りが悪くなって痺れてくる。

 少し休める足場があれば、そこで足を踏ん張り、交互に腕を休める。そうやって登らないと疲労で落下するだろう。

 15m下に落ちれば、命を失わなくても大けがを負う。こんな危険な場所で大きなケガをすれば、死んだも同然だ。

 命綱はないが、リュウジにとっては、こういう経験は数多くあり、慎重に休みながら登っていくので恐怖感はない。

 最後は指4本に力を込めて、体を引き上げて頂上にたどり着いた。

 頂上は岩場の少しだけ広い空間でその周りは林になっており、背まである下草で崖に近づけないようになっている。

 登ってきたルート上に、おそらくリュウジと同じように登った人間の手の跡があり、頂上に誰かが登ったことが予想できた。


(これは調査書の中にはなかった……。パーティの中でこの10mの崖を登れるのは……おそらく、レンジャーだろうが……)


 レンジャーが登ったであろうというのは、職業的に適性があるということと、登ったのは、グレイウルフの群れと戦うため。弓で上から狙い撃ったのであろう。

 リュウジは地面を観察する。左足と右足で弓を構えただろうという歩幅で跡が残っている。リュウジの予想は正しかったようだ。


「リュウジ、そこから右45度前、興味深いものがあるにゃ」


 そう寧音がリュウジに話しかけた。寧音は木彫りの猫だから、正確な方向の指示は、臭いと視覚情報のたまものである。

 リュウジは、寧音に言われた方向を見る。そこには、木の陰に赤いものがあった。それはまるで火が燃え上がったような赤い色の造形をしたキノコであった。


(これは珍しいキノコ……なるほど……)


 それは木の根元から斜面にかけて、びっしりと生えている。

 リュウジはそのキノコに触れないように、そっと観察する。


「びっしり生えているけど、ところどころ、ないところがあるにゃ」

「ああ……」


 それは採取された跡である。この赤いキノコを狩り取ったものがいるということだ。


「このキノコでリュウジの推理がつながっていくにゃ」

「ああ……これで俺が立てた仮説が証明できることになる」


 リュウジは調査にあたるときには、いくつかの仮説を立てて行く。

 その立てた仮説に引っ張られて証拠を見誤る危険性もあるが、仮説があることによって見つけにくい証拠を発見することもできる。


(全滅する原因が冒険者たち自身の場合、最も多い理由は仲間割れだ……)


 これは今まで多くの冒険者の失敗の原因を調査してきたリュウジの経験から、導き出した答えだ。

 ただ、それはリュウジの真の目的に迫るものではなかったため、少し落胆していた。


「どうやら、この事件に奴らは関わっていないようだな」

「それはある意味、いいことだにゃ。うちはリュウジが死んでしまうのを見たくないにゃ」

「何を言っている、寧々。俺は勝って……いや、よそう」


 そうリュウジは言いかけて言葉を飲みこんだ。なにやら考えて行動をしないので、寧々がしびれ切らした。


「リュウジ、そろそろ次の行動をしないと困るにゃ」

「そうだな……ここまで思ったよりも時間がかかってしまった」


 もう日が傾きかけている。夜の森は危険だ。

 特に夜行性のグレイウルフが活発になる時間。

 しかも、リュウジは一人だ。安全な場所を確保する必要がある。


「この場所はいいと思うにゃ。下もいいけれど、ボッチのリュウジじゃ、寝ている時にガブリで終わりだにゃ」

「ここは崖の上だからな」


 冒険者がグレイウルフと戦った場所は、崖や岩に囲まれた非常に守りやすい場所である。

 多人数ならこの場所に野営できる。現に全滅した冒険者たちも後からやって来た救援部隊もここを拠点とした。

 しかし、リュウジは一人である。もし、グレイウルフがやって来たなら、そこでは防ぎきれない。となれば、今いる崖の上の場所が候補となる。

 崖を登ったところは、岩場で5mほど平らであるが、あとは3方向木々や草、岩に囲まれている。

 小動物なら近づけるが大きな動物はやって来れそうもない。少なくとも、何か近づいてくれば、音がするだろう。


「あの木がいいんじゃないかと思うにゃ」


 木彫りの寧音がそう言った。リュウジは木を見る。

 斜めに幹が曲がっている木を見て、今夜のシェルターの設置先を決定した。周辺には森らしく適当な長さの倒木が何本も地面に転がっている。

 それらを組み合わせ、吊り下げ型のシェルターを作る。これは高床式なので、地面から来る冷気を防げるのだ。

 まずは長い二本の倒木を曲がった木の幹の結びつける。それを横へ突き出させ、先端を曲がった木の上から吊り下げたロープに結び付ける。

 2本の倒木の間はロープで巻き付けて床にする。葉がたくさんついた枝を切ってきて、ロープの上に置いていくと一人用のベッドが完成する。

 さらに左右に建てかえるように葉が付いた枝を置いてゆけば、シェルターになる。 

 雨が本格的に降るとさすがにもたないが、夜露と風からは十分に身を守れる。まるでミノムシになったような気分を味わえるベッドである。

 さらに葉の中に体を沈めれば、臭いも消せる。ギルドから迎えに来るのは、2日後の朝である。

 ここで2晩過ごさなければならないから、拠点づくりは重要である。


「少々、寝心地は悪いけれど、贅沢は言えないにゃ」

「これで十分だ」


 さらにリュウジは太い丸太を2本、橋のように置いてロングファイヤー型である。 

 2本の丸太の間に細い木を置いた。枯れた葉を焚き付けにする。

 そして、ファイヤースターター。軽装であるリュウジが必ず持っていくのがこれだ。

 ファイヤースターターは、マグネシウムでできた棒だ。それをナイフで削る。削れて粉が積もる。

 さらに激しくこすると火花が散って引火するという仕組みだ。慣れは必要だが、これで火を起こす労力がかなり削減できる。

 リュウジは何か一つだけしか道具を持っていけないとなったら、ファイヤースターターを持っていくと決めている。

 町にいるとそうは思わないが、火を起こすというのは、道具がないと大変な労力を使うのだ。

 危険な場所で過ごす時に、木と木をすり合わせて火を起こすという悠長なことでは命とりとなるのだ。

 やがて、火がついて木の下から舐めるように火が起きてくる。火は薪の間に存在するといわれるが、こういう状態になると火持ちもよいし、調理するにも便利だ。

 ただ、リュウジが焚火をしたのは、調理のためではない。動物除けと暖房のためである。

 また、携帯してきたボトルに水はあるが時間も経っているために悪くなっているかもしれない。ここで沸かして飲むのだ。

 食事はウエストポーチ内にある携帯食。これは冒険者用の携帯食で、ナッツ類をチョコレートで固めたバーだ。

 カロリーはこれで取れるから、2日くらいは問題ない。

 下手に肉などを現地調達して、ここで焼くとその臭いで危険な生物を呼び寄せるかもしれない。

 一人だと危険回避には常に気を遣わないといけないのだ。

 携帯食をかじり、沸かした湯を飲んだリュウジは、残った湯で歯を磨いて先ほど作ったベッドに潜り込んだ。

 ウォーン……ウォー……。

 遠くで狼の遠吠えが聞こえる。また、奇怪な鳴き声が時々聞こえてくる。高台だけに森中の音を拾うようだ。


「リュウジ、お疲れ様」

「ああ……。寧音も疲れただろう」

「うちはいつでも眠れるにゃ。周りは警戒しているからリュウジが寝るにゃ」

「では、任せるとしよう」


 リュウジは目を閉じた。

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