第11話 終焉の地

 森の中に分け入ったリュウジは、まず、冒険者たちが全滅したと思われる現場へ向かう。

 ただ、そのルートは明らかに真っすぐに向かっていない。

 ギルドの調査で森の地図はある。

 その地図には目印になる木や岩が記されていた。

 リュウジはその地図に示されたルートを頭に入れていたから、わざと寄り道をしているようであった。

 時折、木に黄色いリボンが付いた釘を打ち込んでいく。そして、リュックサックに入れて運んできたアイテムを取り出して、それを地面に埋め込んでいく。


「くんくん……。リュウジ、この臭い気づいている?」


 首にかけた猫の首飾りがそうリュウジに声をかけた。


「ああ、寧音、近くにあるな……」


 リュウジは獣道の脇で動物の糞を見つけた。形状やかなり独特な臭いからなんのふんか分かっていた。


(これはキラーベアのふんだな)


 キラーベア……大型のクマである。

 かなり凶暴な動物であり、そして人間にとって脅威となる戦闘力をもっている。

 するどい爪をもつ前足は、一振りで人間の首を容易に飛ばす。走っても人間よりはるかに速く、そして木にも登れるし、皮の中でも泳げる。

 人間に武器や魔法がなければ、とてもかなわない動物である。

 だが、リュウジはこのキラーベアが冒険者の全滅の原因とは考えていない。

 キラーベアは基本的には大人しく、そして臆病な動物である。

 彼らが人間に牙を剥くのは、子連れの時か、飢餓でかなり腹を空かせている時。

 偶然に出会ってしまった時には、パニックになって人を襲うこともあるが、基本的には人には近づかない動物なのだ。

 リュウジは見つけた糞をブーツの右足で踏んだ。それだけではない。ぐいぐいと靴底に擦り付ける。さらに左足も同じことをする。


「これで狼除けになるにゃ」

「うむ。助かる」


 森に入ってから、熊笹の葉を全身にこすりつけて、人間の臭いを消していたが、それだけでは不十分だとリュウジは考えていた。

 この森の中で脅威なのはグレイウルフの群れ。数は減ったとはいえ、集団のウルフは、一人で行動するリュウジには強敵なのだ。

 そしてグレイウルフの鼻の能力はすさまじい。彼らの鼻は数キロ先にいる獲物をかぎ分け、逃げるそれらの臭いを手掛かりにどこまでも追跡する力があるのだ。


(だからこそのクマの糞だ……)


 グレイウルフにとってもキラーベアは強敵だ。この森の中では唯一の勝てない相手だと思っていい。

 当然ながら、グレイウルフはキラーベアを避けて生活している。臭いを選別し、その察知派に

 リュウジが強烈な臭いのあるキラーベアの糞を踏んだ足で歩けば、それを追跡しようとは思わないだろう。


「森に入ってから、ずっと奴らに監視されていたような気配があったにゃ。リュウジがクマの糞を踏んでからは、その気配を感じないにゃ」

「寧音もそう思うなら、間違いないな」


 これならグレイウルフと遭遇することなく、冒険者たちが全滅したと思われる場所までは、襲われずにたどり着ける。


(ここか……)


 森に入って3時間ほど経ったであろう。真っすぐに向かえば、1時間で十分到着できる距離であったが、いろいろと寄り道をしたこともあって、そんなに時間がかかってしまった。

 冒険者たちの終焉の場所は、3方向囲まれた天然の要害の場所であった。

 後ろは切り立った崖がある。高さは15mほどあり、ところどころ、岩が突き出た赤土の高台だ。

 右と左は大きな岩が壁のように並んでおり、そこからグレイウルフが突入してくることは不可能であった。

 そして唯一の侵入路である正面は、木を使った柵が作られ、ここを突破しようとするグレイウルフの足を確実に止めていた。

 リュウジは見回す。3方向に囲まれた場所の広さは、直径で25mほどの丸い広場のようになっている。


(ここを簡易な要塞にして冒険者たちは、グレイウルフを迎え撃った……ということになるが……)

「リュウジ、あそこを見て」


 木彫りの寧音に言われて、視線を移すと、広場の中央付近の地面が赤黒く染まっているのが見えた。


「犯行現場はここだにゃ」

「そうだろうな」


 この赤黒さは、ここで大量の血が流されたという証拠である。


(グレイウルフに押し切られて、ここで首筋でも噛まれて絶命した……と考えるのが普通だが……)


 冒険者たちがグレイウルフをここで戦ったこと自体は、悪い作戦ではない。むしろ、これしかないのではないかとさえ思う。


(2人の戦士が油断しなければ、正面からの突破はありえない……。となると、別の考えができる……)


 リュウジはさらに調べる。血の跡や入り口付近の工夫は、すでにアオイが用意してくれた資料の中に書いてあったことだ。


「リュウジ、あそこの隅……黒くなっているにゃ」


 寧音が指摘したのは岩陰。黒い煤が岩と地面に残っている。 


(これは……かまどの跡だな)


 ここでかまどを作って、何か料理したようだ。付近を見ると、おそらくかまどにしたであろうと思われる大きな石が転がっている。

 それはまるで知られたくないようにあちらこちらに捨てられている。


「この石の配置、おかしいにゃ。何かかまどを作ったことを隠すような感じがするにゃ」

「確かに……そう考えられる」

(……かまどを作ったことを隠す必要はあるか?)


 普通、そんなことはしない。ましてや、グレイウルフに攻め込まれている最中に、かまどを壊してその存在を知られないようにすること自体がおかしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る