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 清籠の指示で、原理はなぜかシノニムに対して異能者用の個室を用意することになった。

「そういうこと、なのだろうか?」

 通信時の話し方では、シノニムが異能者であることを確信している節があった。考えすぎとは思えないのだから、どこかで確認する必要があるだろう。

「個室? ゲンリくんにもあるの?」

「うん。俺は副隊長だし、場所は一般の異能者とは違う階層にあるけどな」

「ふーん……」

 その前に、だ。と原理は目の前のドアを見上げる。

 鵬の行政府区画、いわゆる役所の窓口が並ぶ施設を見据え、溜息を吐いた。

「さっきも言ったけど、ここで生活するにはこの艦の搭乗者IDが必要なんだ。それが無いと不正居住者扱いになるからな」

「IDって、どこにあるの? タトゥとかだったらいやだよ?」

「さっきから見てただろ、この指輪だよ。この中に色々な機能が入ってる」

 通信、情報処理、登録情報の照合など、必要な機能を詰め込んでいるデバイスだった。これもかつての文明の遺産だと聞いていたが。

「へえ……」

 さっきからシノニムはこれを珍しそうに見ていたが、記憶もないのなら珍しいと思う感情は自然なのかどうなのか、原理には判らなかった。

「さ、いこうか」

 手を引いて、住民課の窓口で声をかける。応対した職員にシノニムを紹介すると、不審そうにしていた。彼女の容姿が珍しいのはわかるけれど、その訝しげな視線を直接ぶつけるのは違うだろうと思った。

「了解、では登録のための審査をしますので、こちらへ」

 原理はシノニムの手を放す。驚いたように見つめてくるけれど、これ以上は原理では関われないのだ。

「ひとりで?」

「おう。頑張れ」

 緊張と不安が綯い交ぜになった表情で、案内された先へ向かっていく。まあ、審査自体は単なる面接だし、問題はないだろうが。あの部屋も常に監視されている状況だから、危険もそうはあるまい。

 原理はその部屋の出入り口に目を向けたまま、後ろの椅子に座る。

 面接に同席できるのは本人の親族のみと定められている。だから、原理には同席する権利はないのだった。

「とはいえ、あいつの記憶の無さだとかなり怪しいんだけどな……」

 妙な決まりを作るものだと呆れるしかない。

 今更な話でも。



「何をしているんだ、原理」

 待ち時間の最中、原理が一番聞きたくない声が飛んできた。

 視線を上げれば、原理の父親である忌方義理が彼を見下ろしている。何か荷物を持っているけれど、別に興味はなかった。

「なんだっていいだろ。話しかけんな」

「お前は相変わらず素っ気ないな。どこでそこまでひねたんだ」

「最初からだよ悪かったな。忙しいからそっち行ってくれないか」

 睨むように見上げる。その眼に殺気はないけれど、隠しきれない嫌悪の色が表面に浮かんでいた。

 それを受けてなお、義理はその精悍な顔に笑みを刻んでみせる。精神力は大したものだったが、そんなところばかり見せられてもどうしようもない。

「住民課に用事というのも珍しいな。ここに来る理由など……ん? お前まさか」

「多分違うぞ」

 というか、ここに人が来る理由の大半はそういう理由なんだけれど、流石に誤解されるのは嫌だった。

「そうか、そうか……誰が相手だ」

「違うっつってんだろぶち殺すぞ」

 言うと思ったよ! と内心で叫んでいた。流石にこんな場所で親子喧嘩をするわけにはいかないので、抑え気味なのだが。

「なんだ、遂に覚悟を決めたのかと思ったのだが」

「外部から人が来たんだよ。昨日のことだ」

 ふむ、と義理は唸った。非常に珍しい事例ではあれど、前例がないわけではないのだ。

「この海上でか。妙な事案だな」

「空から来たんだ」

「宇宙人か」

「思考の飛躍が過ぎる……」だから嫌いなんだ、と改めて実感した。こんなのを親に持ったのは幸か不幸か。多分不幸なんだろうな、となんとなく思っていた原理だった。

 見ていて恥ずかしいと感じるその感覚は、共感性羞恥とかいうらしいが、原理にはそれが少しだけ強く表れていた。だからこそ、この父親のような思考のぶっ飛んだ傍若無人な勘違いと早とちりの多い、人間としての欠陥品と距離を置きたいと思ってしまうのだ。

 恥の感覚が解らない人は、苦手だ。

「今日は四方の生き残りとは別行動か」

「その言い方やめろよ……。杏樹は司令室に向かってる、いつでも同じ行動するわけないだろ」

「むう、仕方ないか」

「何がだ」

 決まっているだろう、と当然のように言われても、原理には何も決まってはいない。寧ろこいつがキマってんじゃないのかと疑うべきだと感じるのだが。

「将来のことを考え始めろと言っていたはずだが」

「意味が解らん」

 この艦上で将来なんてあるのか、そう言いたかったし、原理にはそもそも対異形戦という最も大事な仕事がある。

「結婚しろと言っている。相手くらいいるだろう」

「別にそんな気ないんだけど。そういうのは背理にでも言いなよ」

「馬鹿者、忌方家の正統はお前だぞ。その意識が足りていないな」

 黙った。既に散々聞かされて耳に胼胝ができている。それでも原理はその言い分を聞き入れることはなかった。

 自分のするべきことはそれではないと決めているから。

「正統だなんだいっても、そこから新しく《原種》が出てくるとは限らないだろ。異能は確定的に遺伝するものじゃないんだから」

 確率の問題で、原理が家を継がずとも、二人の兄のどちらかが原種を生み出す可能性はゼロではないのだ。

 伝統というものに意味を見出さない原理の考え方は、人の自由意思を尊重する性格からきているのだった。

 それが理解されるかどうかは別の問題だが。

 だからこそ、相容れない。

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