第59話

 結論から述べれば、僕は女史に洗いざらい白状したのであった。能登幹に対して、僕自身に恋だの愛だのといった感情がない事。友人としての関係を壊したくない事。本音では渡米してほしくない事を、ポツポツと漏らしていったのだった。



「それは難儀ね」



 途中口を挟まず、珍しく根気よく最後まで話を聞いた桑谷女史は他人事のようにそう言って笑い、僕は拍子抜けしてしまった。何か有益な、ためになる言葉が出てくると思ったが、そんなものだった。

 もっとも、女史にしてみれば紛れもない他人事であるからそれも当然であり、金言、あるいは慰めを求めてしまった僕が愚かなのであるわけだから、彼女を責めるわけにはいかない。



「なんにせよ本人に伝えてみたらどうかしらん。少なくとも今よりは心晴れると思うけど」



 気軽に言ってくれる。それができないから苦しんでいるというのに。



 僕は桑谷女史の言葉に対して反発したい衝動に駆られたが、先にも記したように彼女にしてみれば他人事なのであるわけだから、それを捕まえて「好き勝手に助言するのはやめてくれ」だなんて言えるわけがなかった。元はといえば頼まれてもいないのに僕が喋り出したのである。桑谷女史が非難されるいわれなどない。



「それもいいかもしれない」



 故に、結局お茶を濁して終わる結果となった。女史からは最後に「応援してるからね」との言葉を賜ったが、単なる野次馬根性を鼓舞ととらえていいのか甚だ疑問である。だが、こんなものでも、自身が抱えている苦悩を口にすると幾らか鬱屈が発散されるもので、僕は少しだけ気楽に物事を考えられるようになっていた。


 そうだ、難しく考えることはなかった。僕と能登幹は、あくまで友人なのだから、無闇にその関係性を崩す必要などない。と、そういう考えに至った。

 桑谷女史のアドバイスを聞き入れず、僕は、奴とこれまで通りの距離を保つ事に決めたのだが、それは裏切りでもあった。能登幹に対する、誠実さを欠いた友情である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る