第60話

 僕の目論見通り、能登幹との仲は崩れずいたって良好な関係が続いた。わざわざ薮を突く必要もない。せめて奴がカミングアウトするまではこのままでいようとモラトリアムに籠る。胸の内に燻る罪悪感は見ないふりをして、能登幹の心を無視したまま、僕はずっと一緒に過ごしていた。



 それは、奴が渡米する日が決まっても変わらなかった。



「来月のはじめに、発つ事になったよ」


「へぇ」



 能登幹は当たり前に口にし、僕も当たり前に返した。

 正直、整理がつかなかったというのはある。とうとう訪れた別れを前にして僕は混乱し、平静を保とうとわざといつも通りに応えたのかもしれない。


 けれど本心は違う。本当はしておきたい話があった。言っておきたい事があった。交わしたい言葉が、確かにあった。しかし、僕は声を失い、薄情な態度で接するしかできなかったのだった。


「君はせいせいするだろうけれど、僕は寂しいんだ」


 微笑しながら弱音を吐く奴に、僕は「慣れるさ」と冷酷を装った。


 違う。そうじゃない。そんな針で刺すような事を言いたいわけじゃない。お前には伝えたい事が山ほどある。気に入らない奴だが、まだ一緒に、せめて学校を卒業するまでは、同じ部屋で暮らしたい。



 はらわたの中で絡まり排出されない感情が胃痛を伴い僕にそう叫べと訴える。だが、それに従う事はできない。それは奴が僕を好きだからだろうか。いいや違う。僕は、最後まで素直になれず、奴と深い関係を築くのを恐れていたのだ。


 そう。僕は怖かった。能登幹に拒絶されるのが、能登幹への想いが空回りに終わってしまうかもしれない事が、無性に恐ろしかった。僕は能登幹の感情を知りながら、能登幹を信じ切る事ができないでいた。生まれて初めてできた親友に対して、どうすればいいのか、分からなかった。

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