第58話
そんな折に僕は桑谷女史から呼びつけられた。確か、十二月の半ば。朧気ながら、この時期に雪が降らないのかと驚いた覚えがある。
「愛君とはどうなのかしら」
のっけから要領を得ない質問だったし、あまりに不躾だった。
「どうと言われても、変わりないよ」
この頃僕は、女史と幾らか気安いやり取りをするようになっていたから、自然と言葉遣いも粗野になっていた。俗にいう男女の友情を成立させていたと自分の中では思っている。逆にいうと彼女に女性を感じられなかったわけだが、それはどうでもいい事だ。
「変わりない?」
「そうだとも。何もないさ」
「変わりないってなによ。愛君、アメリカへ行くんでしょう? 何かなければおかしいわ」
妙な言葉だった。能登幹がアメリカへ行くから何だというのだと、そう思った。
そりゃあ奴が僕の事を男性として好いている事は分かっていたし、先述の通り僕だって意識していた。だがそれは僕と能登幹との関係に過ぎず、第三者が入り込む余地のない問題である。それを、どうして桑谷女史が首を突っ込んでくるのか。それ以前に、どうして変わりのあるなしを確認するのか。僕と能登幹の間にある、互いに知らないふりをしている秘事について、よもや知っているのだろうか。であれば、何故。
心中の疑問を声に出してもいないのに、桑谷女史は答える。
「私、知ってるんだよ? 愛君が友ちゃんを好きだって。本人から聞いたんだから」
唖然とした。能登幹は、自身の胸の内を桑谷女史に打ち明けていたのだ。
「言ったのかい? 奴が、君に」
「えぇ。海でね。私、彼に告白したんだけど、好きな人がいるからって断られたの。で、相手を聞いたのね。もし銀華さんとかだったら殴ってやろうかと思って。でも、友ちゃんの名前が出てきて、なんだかどうでもよくなっちゃったの」
「告白? 告白したのかい君」
「えぇ。言ったじゃない。するって」
確かに聞いたが本当に実行するとは思っておらず、僕は彼女の行動力に呆れてしまった。しかしその活力と底なしの明るさは僕にない美点であり、羨望さえ抱くものであった。
「思わず笑っちゃったわよ。まさか意中の相手が同性を好きだったなんて思わなかった。でも、愛君の話を聞いたら応援したくなっちゃって、もうすっかり諦めちゃったわ」
サバサバと話を続ける桑谷女史を前に、僕はどうしたものかと考えあぐねていた。それは、能登幹と同じように自身の気持ちを訊かせるか、それとも、適当にお茶を濁すか。
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