第57話
アメリカ行きの話を聞いて以来、僕は能登幹を意識するようになっていた。正確にはより注意深く、奴を観察していた。物を食べる時、誰かと話す時、本を読む時、呆けている時、そして、涙を流している時。日常のあらゆる姿を、僕はじっくり見るのだった。すると、一つ気がつく。能登幹は、僕と話す時だけ少し、緊張したように、一瞬身体を強張らせるのだ。
それを認識した際、能登幹は僕に苦手意識を持っているのではないかと勘繰ったが、どうも違うようだった。というのも、僕が奴に話しかけると、薄白い肌に朱が差し込まれ、垂れた目尻を細めてこちらに微笑を浮かべるのである。読心の心得があるわけではないが、挙動から察するに敵意などはないように思える。では、奴はどうして僕と会話する際にそんな様子を見せるのだろうかと、不思議でならなかった。
……
白状しよう。
薄々勘づいてはいた。奴が僕に対しどのような感情を持っているのか、なんとなしに察しはついていた。しかしそれは僕にとって受け入れざる気持ちであり情念で、だからこそ自身の中に蓋をして、触れないように、考えないようにしていたのである。けれど、旅立つに際し奴を注視する事により、溢れんばかりの感情が推し量られてしまって、どうしようもなく……
気付けば冬の寒さに震えていた。何も言えないまま時間だけが過ぎていた。能登幹がいつ日本を発つのか考えながら考えないようにしていた。奴の想いに対してどう向き合えばいいのか分からないまま、ずっと一人で悩んでいた。
僕はいつから奴を友人として認識していたのかと、ふと思う。気に食わない奴だったのが、どうしてこんな風に感じるようになってしまったのか。やはり最初無理にでも部屋を変えて貰えばよかったと何度考えたか知れない。僕は、友人として能登幹を案じ、そして、憎んでいた。それは苦しく、そして、辛く……
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