第56話

 秋色が次第に深まっていき、僕は能登幹や桑谷女史らと共に物見遊山などを楽しんだりした。都会にある山は田舎のそれと違いちゃんと道が舗装されてあったし、雑草は抜かれ木々の剪定も申し分なかった。僕がこれまで見てきた山々や自然とは違い、娯楽としての要素を持ち合わせている行楽地であった。

 しかし、楽しいといえば楽しかった風に覚えているが何がどう楽しかったのか記憶にない。紅葉の色はとうに忘れ果てしまってある。あの日見たであろう朱黄は、既に灰色である。それというのも、後に起こったより衝撃的な事態ばかりが印象に残り、僕の記憶を霞ませたからである。





「アメリカに行く事になったんだ」




 乾いた風が吹き、温もりが恋しくなる頃。寮の部屋で能登幹は打ち明けた。



「随分と急な話だね」



 動揺をしていた。

 寂しがればいいのか怒ればいいのか、なんと言っていいのか分からず、僕は薄情な素振りで軽く応えた。


「ずっと前から決まっていたんだけれど、言い出せなくって」


「そう。それで、いつ、発つんだい?」


「今年が終わって、春が来る前かな」


「ふぅん……」




 無言が心臓を縛り付ける。僕は間違いなく、能登幹との別れを惜しみ、奴の出立を止めたかった。だが、それを自覚するのが恥ずかしく、否定したい衝動に駆られ、心にもない事を口走ってしまった。


「しばらくは、広い部屋を満喫できるかな」



 素直になればよかった。奴を友人として認め、素直に惜別の想いを口にし、変わらぬ友情を互いに刻めばよかった。けれど僕は、それができなかった。そんな簡単な事もできず、「せいせいするよ」といった様子でベッドに横たわり、その日は能登幹と話をしなかった。矮小この上ない、くだらない羞恥心が僕の胸に巣食っていた。

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