第54話
彼らにしてみれば都会こそ日常である。発展を遂げた都市も他愛無い現実でしかなく、面白みに欠けるのだろう。娯楽も利便性も、産まれた時からそこにあるからそのありがたみが分からないのだ。哀れな反面、腹立たしさもある。僕のように田舎の負の側面に触れて生きてきた人間からすれば信じられないお気楽さだったし、また、当て付けのようにも聞こえるのだ。
彼らにはどこか余裕があった。他人をやっかむ事なく、悲観せず生きていけるような余地が多分に見られた。得たい物を得られ、好きな事ができる自由さが、彼らには与えられていた。道直とは違う。
こう書くと僕が都会育ちの人間を嫌っているような印象を受けるかもしれないが、これは僕の持つ、田舎者特有の鬱屈とした嫉み以外に他ならず、必ずしも嫌悪と直結するような感情は抱いていなかった。ただ、彼らに対し羨ましさを抱いていた事は事実である。田舎で僕は何も得られなかった。無意味な時間だけが過ぎていった。道直もきっとそうだったのだろう。そうだったから、死んだのである。あいつは人生で何も得られなかった。羨望と憎悪以外を知る事はなかった。だから死んだ。だから死んだのだ。道直は田舎に生まれ、田舎に囚われながら死んでいった。僕は死なずに都会に出た。都会に出て、卑屈に苛まれた。それだけだ。それだけだっだが、惰弱な僕はこの苦しみを声に出さずにはいられず、ある日、そんな想いを能登幹に打ち明けると、奴は困ったように「そんなに嫌う事はないのに」と眉を下げたのだった。
「いいところだったじゃないか。確かに不便は不便だけれど」
「不便はまだいいさ。問題は田舎に住む人間の性質だよ。奴らは皆、例外なく卑劣な根性の持ち主なんだ。狭い視野と尺度で物事を測り、受け入れられない物を容赦なく叩きのめす。そして、その輪から抜け出す事を許さないんだ。最悪だよ」
「ふぅん」
能登幹は気の抜けたような声を返し、僕に問う。
「君もそうなのかい?」
迷うまでもなく、答えは一つである。
「無論そうさ。僕は所詮田舎者だよ」
些か卑屈が過ぎる、嫌味のような言葉を発してしまったが、それを受けた能登幹は特に顔色を変える事なく、ソファに座り込ってこう言った。
「僕は好きだけどね。君の事」
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