第13話 チャリキ

 はなえは胸の高鳴りを感じていた。


 自室のベッドに仰向けになって、今日の部活動見学のことを思い出す。


 懸命に走る姿、フェンスに食い込む大きな手、もたれかかる背中、浅い呼吸を繰り返す中で見せる笑顔。


「こんな気持ち、いつぶりだろ……」

 心臓のあたりを押さえながら、呟く。

「去年の夏ぶり、かなあ」


 そう言って、フラッシュバックしそうになる去年の夏のことを、掻き消すように顔を振る。そして、頑張って違うことを考える。例えば、今日の帰り道のこと――


『なあなあ、自分ら、電車なん? バス?』

『うちは……バスやけど』

『電車』


『あー片岡は同中やけど、越境組やったんか』

『……そうやで』

『長谷川くんは?』


『俺? 俺、チャリキ』


 はなえが止まる。誠人はその反応に驚きながら、自転車置き場を指さす。


『え、チャリキ知らん? 東京にはチャリキないんか』

『……そんなわけないやん』

『自転車のことって言うの?』


『チャリンコとも、チャリとも言うけどな?』

『そーそー』

『ああ、それならなんとか。ママチャリって言うもんね。でも……基本的に自転車って言うけど』


『なるほどなあ』

『なるほどお』

『なるほどって……』


 誠人が自転車の前かごに鞄を詰め込んで、押して転がしていく。校門からバス停の方面に歩きながら、誠人は言う。


『俺ん家、バス停超えて、駅超えてぶわー行ったところ、コンビニぐわー曲がってな。しゅって入ったとこやねんけど、坂がエグイねん』

『あの……図書館の方?』

『え? ぶわ?』


『図書館の方、図書館の方。行きはええねんけど、帰りがなー』

『……へー』

『ぐわ??』


 はなえだけ誠人の口にした言葉に引っかかっていたが、誠人と杏奈には届かなかった。そのままバス停で杏奈と別れ、駅前まで誠人と中学時代の野球部の話をしながら歩いた。


「しゅって……よく分かんなかったなあ」


 はなえは、そう言って、だいぶ気分が戻ってきたのを感じた。


「明日、入部届、出そう」


 そう口にしてみるだけで、高揚感が押し寄せてくる。そして再び目に浮かぶ――

 懸命に走る姿、フェンスに食い込む大きな手、もたれかかる背中、浅い呼吸を繰り返す中で見せる笑顔。


「渡瀬部長……かっこよかったなあ」


 一人では勇気も出なかったが、同じクラスの誠人と杏奈が一緒なら大丈夫。はなえはベッドの上で転がりまわった。


 もしかしたら特製のハニワを被らせてもらえるかも、なんて妄想しながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る