第92話 学院長寮
子供は周囲を見回してからつぶやいた。
「ここは?」
「学院に向かう馬車の中だ。急に起き上がるな。身体によくない」
だが、元気なようで何よりだ。
呪いをかけられてから解呪まで時間が短かったのが良かったのだろう。
そのとき、馬車が止まる。
そこは学院長室などが入っている学院長寮と呼ばれる建物の前だった。
寮という言葉には、学院長のための宿舎という意味と、学院長が統括する役所という意味もあるらしい。
「きゅうん」
「タルル!」
「はっはっはっ」
タルルと呼ばれた子犬は、俺のひざから子供に向かって飛びついた。
そして尻尾を振りながら顔を舐めまくる。
「とりあえず学院長のところに向かおうか。君、名前はなんという? 俺はグレンだ」
「
ファトミレは、ばっと素早く馬車の座席の上に正座すると頭を下げた。
口調が独特だ。恐らく故郷の言葉なのだろう。
「この度は、タルルともども助けていただき、誠に感謝の念に堪えませぬ!」
「ぁぅぁぅ!」
タルルまでファトミレの隣にお座りして頭を下げている。
「グレンさまが助けてくれたこと、拙はおぼろげながらでござるが、覚えておりまする」
「ほう。記憶はあるのか」
俺がそういうと、足元のシェイドの尻尾が揺れた。
どうやら、シェイドは自分も記憶があったぞとアピールしたいらしい。
「はい。グレンさまに魔法で攻撃したこともはっきりと。誠に申し訳なきことにて……」
「それは気にするな。呪いのせいだ。とりあえず、移動するか。シェイドも狭そうだし」
「我は狭くても大丈夫なのだ!」
そういうが、シェイドは俺たちの足元で体を小さくしている。
こんなに狭いところで縮こまるより、姿を消してついてくればいいのにと思う。
だが、シェイドとしては、狭かったとしても実体化はしていたいようだ。
「オンディーヌ。ヴィリはこの建物の中にいるのか?」
「ん。大丈夫。いる」
「そういうことだ。ファトミレ、タルル。ヴィリに会いに行こう。そこでゆっくり話を聞かせてくれ」
「承知でござる」「ぁぅぁぅ!」
「あとで改めて紹介するが簡単に……」
俺はオンディーヌ、シェイド、ジュジュのことをファトミレとタルルに紹介した。
ファトミレとタルルも丁寧に自己紹介していた。
それから、馬車を降りて、オンディーヌの案内で歩いていく。
「建物ごとヴィリのための物なんだろう?」
「そう。寝るところもお風呂もある。執務室と応接室と、書庫もある。研究室は沢山ある」
「ほほう」
「応接室はそこ」
オンディーヌは振り返って、学院長寮の入り口すぐそばの部屋を指さした。
一般的な来訪者は応接室だけに入ることを許されるのかもしれない。
「この内装はヴィリの趣味か?」
「そう」
内装は豪華でもきらびやかでもない。地味なものだ。
ただ、全体的に大きい。フェリルでも普通に通れそうなぐらいだ。
だが、ファトミレは
「はわわ」
腰を抜かさんばかりに、驚愕している。
「ぁぅぅ」
タルルなど、驚くどころか、怯えて尻尾を股に挟んでプルプルしている。
「タルル。安心しなさい、怖くないよ」
俺は歩けなくなったタルルを抱き上げた。
俺が抱っこすると、タルルはジュジュと密接する形になる。
「じゅ~」
ジュジュに撫でられ、タルルは落ち着いたようだ。
それでも俺の腕に前足でヒシっとしがみついていた。
不安なのは変わりないのだろう。
「そんなに驚く内装なのか?」
「魔法的に凄い。魔導師なら驚く」
「そんなにすごいのか?」
「防諜のための防音、耐爆、耐熱、侵入者の感知などなど。加えて自動掃除ゴーレムに敵排除のゴーレム。無数の機能が建物全体にかかっている」
「つまり、建物丸ごと魔道具ということか」
「そ」
学院の雑用をしていた時も、学院長寮には入ったことはなかった。
掃除も備品の交換も、ゴーレムがやっていたのなら雑用業務は発生しないはずだ。
「おお、あれが自動掃除ゴーレムか」
「ぴーぴぴ」
円筒状で銀色のゴーレムが廊下を箒とちり取りで掃除していた。
「ぁぅ!」
「あいつは怖くないよ」
俺に抱っこされたタルルが怯え気味に鳴いた。
やっぱりタルルの目にはゴーレムが恐ろしく映っているらしい。
「掃除用具は普通だな」
「あのゴーレムで拭き掃除から洗濯、敵の迎撃までこなせる」
「なるほど。ゴーレムの汎用性を高めるなら、人間の道具を使えるようにした方が早いってことか」
「そう。全部の機能を専門の道具を内蔵させてやらせることも可能だけど、でかくなる」
「そうか。大きいと室内では邪魔だもんな」
「ぁぅ」
タルルはそういうものなのかと思ったらしい。
「そう……。ついた」
そういって、オンディーヌは足をとめず、ノックもせずに、扉の一つをあけた。
俺はタルルを床に降ろすと、オンディーヌに続いて部屋に入る。
「みんなお帰り。そして、ファミトレさんとタルルさん、ようこそ」
部屋の中では、にこやかに笑うヴィリが待っていた。
ファミトレとタルルという名前もすでに知っている。
やはりシルヴェストルが報告したのだろう。
「はじめましてでござる」
「あう」
ヴィリの前には十人は楽に座れる大きな机があり、既に茶とお菓子が並んでいる。
俺たちの来訪を事前に知っていたヴィリが用意したのだろう。
「にぃあああああああぁああぁあご」
俺が部屋の中に入ると、ネコの凄い声が聞こえた。
ネコが鳴きながら、隣の部屋からものすごい勢いで走って来る。
「ネコ、いい子にしてたか?」
「にああああああ!」
走って来たネコは机に飛び乗ると、机の上を走って、俺の顔面目掛けて飛びついてきた。
前足で俺の頭にしがみつき、耳を甘噛みしてくる。
「ごめん。ちょっと急ぎの任務でな、ネコは危ないと思ったんだ」
「にああああ」
寝ている間に置いていったことに怒っているらしい。
「じゅ~……」
ジュジュが抗議の声を上げる。
俺の顔にしがみつくネコの後ろ足がジュジュの顔を踏み台にしていたからだ。
足に押されて、ジュジュの柔らかいほっぺがグニッとつぶれている
俺はネコを顔面から外して、ジュジュと一緒に抱っこした。
「じゅう」
顔を踏まれたジュジュは、別に怒ってないようだ。
逆に元気出せよとばかりに、なだめるようにネコのことを撫でている。
俺はそんなジュジュのグニっとなっていたほっぺを優しく撫でた。
「ヴィリ、ネコはどうしてた?」
「とてもいい子だったよ。寂しがっていたけどね」
「それは、歓迎のされ方でわかる」
そういうと、ヴィリは笑う。
そしてファミトレとタルルに目を向けた。
「ヴィリ。すでに知っていると思うが一応」
俺はファトミレとタルルをヴィリとネコに紹介する。
ファトミレとタルルは緊張した様子で、ヴィリとネコに改めて挨拶していた。
「まあ、お菓子でも食べながら話そう」
ヴィリにそう促され、俺たちは椅子に座った。
「ヴィリ。事情はどのくらい聞いてる?」
「シルヴェストルから大体聞いたよ、ありがとう」
俺の知っていることは、ヴィリもすでに知っているのだろう。
だが、一応、念のために最初から簡単に説明した。
もちろん、ネコとジュジュを優しく撫でながらだ。
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