第63話 精霊とお菓子

 猫は慎重にゆで卵をもぐもぐする。

 まだ、警戒は解けていないのだ。


「おいしい?」

「にー」


 猫は返事するかのように鳴いてくれた。


「体力を回復させるためにも、沢山食べた方が良いからな。どんどん食べなさい」

「にー」


 ゆで卵を一口飲み込んだら、危ない食べ物じゃないとわかったのだろう。

 警戒心に空腹感が勝ったらしく、パクパク食べはじめてくれた。


 三個ゆで卵を作ったのだが、あっというまに全て食べてしまった。

 よほどお腹が空いていたらしい。


 呪いが解けた後、ジュジュも沢山食べていた。

 きっと、それと同じだろう。


「卵はまだあるから、もう少し茹でてこようかな。ジュジュも猫も食べるだろう?」

「じゅ!」「にー」


 俺が卵をゆでるために移動しようとしたとき、シェイドの気配がした。

 シェイドは実体化したまま、玄関の扉から入ってきた。

 手というか前足で荷物を持って、器用に後ろ足だけで歩いてこちらにくる。


 シェイドは竜。

 それも前足が後ろ足より細くて短めの竜だ。

 二足歩行も得意なのだ。


「おかえり、シェイド」

「ただいまである」

「にーにー」


 猫はシェイドを余り警戒していない。シェイドをみて鳴いている。

 シェイドが人間ではなく、精霊だからだろう。


「随分と綺麗になったのだなぁ」

「にー」

「猫のことを洗えと、オンディーヌに頼まれていたからな」

「うむ。とても良い状態なのだ」

「にぃにぃ」

「ネコ、良かったなぁ」


 シェイドは荷物を机に置くと、猫のことを撫でる。

 撫でられた猫の緊張がほぐれていく。

 やはり、成長した精霊が近くにいると安心するのかも知れない。


「シェイド、その荷物は?」

「ああ、これであるか? これは、あの子を助けたお礼で貰ったのだ!」

「じゅっじゅ!」


 ジュジュもシェイドが貰ってきたお土産をみて興奮気味だ、

 尻尾が元気に揺れる。


「お礼の品か。悪いな」

「悪くは無かろう! グレンさまは命の恩人なのだからな」

「俺じゃ無くてシェイドだろう。それにあの元生徒は俺を狙っていたが……」

「うーん。あのバカが狙っていたのは、グレンさまというより、ジュジュさまの気がするのである」

「じゅ~」


 シェイドはそう言うが、元生徒がジュジュを狙う動機が薄い。

 それをいえば、俺が恨まれる筋も無い。

 元生徒が罰を受けたのは完全なる自業自得である。


「逆恨みかな? まあ、どちらにしろ、俺たちを狙った攻撃に巻き込んでしまったわけだしな」


 悪いのが元生徒なのは間違いない。

 だが、礼儀としては、ご迷惑をかけましたと謝りに行くのが筋かもしれない。

 命の恩人とお礼を言われるほどのことはしていないのは確かだ。


「まあ、細かいことは気にしなくていいのである! こういうのは、せっかくだし貰っておくべきであるぞ!」

「そうかな?」


 シェイドは人間社会の礼儀作法に詳しくないはずだ。

 だが、やけに自信満々である。


「そうなのだ! ジュジュさま、ネコ、なんとお菓子なのであるぞ。きっと美味しいのである」

「じゅ!」「にーにーにー」

「グレンさま! 早速、ジュジュさまとネコにあげて欲しいのだ。日持ちしないものもあるらしいのだ!」


 日持ちしないものならば、返すわけにもいくまい。

 それにお菓子程度なら、さほど高くもないし受け取ってもいいだろう。


「わかったよ。だがお菓子より卵の方が栄養はありそうだが……」

「糖分も呪いからの回復には大切なのであるぞ」


 確かに疲れたときは甘い物を食べたくなったりする。

 呪いからの回復期も疲労状態に近いのかもしれない。


 ジュジュはお菓子を食べたそうに箱をじっと見ている。

 猫もそんなジュジュを見て、興味津々だ。


 俺は皆の期待に応えて、お土産の箱を開ける。


「おお……。美味しそうで……なにより高そうなお菓子だな」


 クッキーや果物を沢山使ったケーキ、甘いパンにたっぷりの生クリームを挟んだ物などが入っていた。

 想定していたものより高そうだ。

 シェイドが子供を送って帰ってくるまで、余り時間はかかっていない。

 この短期間でこれほどの高級菓子を用意するとは、もしかしたら子供の実家は菓子専門店だった可能性すらある。

 いや、子供の護衛が騎士だったのだから、ただの菓子専門店ではなかろう。

 菓子専門店も経営している大貴族かもしれない。


「ジュジュさま、何が食べたいのであるか? 猫もどれが食べたい?」

「じゅ~」「にー」


 俺が考えている間も、ジュジュと猫はお菓子に興味津々だ。

 猫も、くるまれていた布から出てきて、箱に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。

 猫は前足を使ってお菓子をとろうとしたが、「じゅ!」とジュジュにたしなめられて手を引っ込めた。


「ちょっと待て。美味しそうだが……。糖分が多すぎる気がするな。猫が食べても大丈夫か?」

「に?」


 猫がちょっとびくりとした。

 まるで俺の言葉がわかっていそうな気配があった。

 まるで「え? たべたらだめなの?」とショックを受けているかのようだ。


「大丈夫であるぞ。ネコはただの猫ではなく、精霊の猫であるからな」

「それもそうか。じゃあ、猫も食べて大丈夫か」

「に~」


 猫はホッとしたようだ。

 お菓子を見て、少し猫の緊張もほぐれたようである。

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