第62話 黒猫の精霊
大賢者石鹸は、正式名称を万能石鹸という、粉末状の魔道具だ。
水質汚染に怒った水の精霊王オンディーヌが監修し、ヴィリが開発した石鹸である。
髪や身体も洗えるし、洗濯にも使え、食器用洗剤にもなる。
体への悪影響もなく、飲めるほどなのだ。
精霊だけでなく、人の赤ちゃんを洗うにも最適だ。
粘着性のねずみ取りにはまった子猫を洗うのに使ったりもする。
「石鹸を振りかけてと……」
精霊の背中に大賢者石鹸を少し振りかける。
そして優しく撫でるようにして洗った。
すると、生の豚の脂身のような皮膚が、垢のようにボロボロとれていった。
「さすがヴィリとオンディーヌが作った石鹸だな」
「じゅ~」
「そうだぞ、ジュジュがベッドをトイレにしたときにも使ったぞ」
「じゅ!」
あっというまにお湯が汚れる。
何度も桶のお湯を交換しながら、精霊を洗っていく。
汚れが取れていくにつれ、、精霊の本来の姿が徐々に露わになっていった。
生の豚の脂身のようなものの下には、黒い毛が生えていた。
まだベタベタしているが、きっと乾かせばモフモフになるだろう。
「じゅい!」
「そうだね、モフモフだね」
「じゅっじゅ!」
「まだだよ。顔の方もとってあげないとね」
顔を洗うのは他の部位より気を使う。
いくら大賢者石鹸とはいえ、耳に入るのは余り良くない。
大賢者石鹸は染みないので目を洗うこともできるのだが、耳はそうでもない。
石鹸に関係なく、耳を水を入れるのは余り良くないのだ。
「耳を押さえて……」
丁寧に耳の中に水が入らないように、ゆっくりと洗っていった。
顔の汚れをとっている途中、
「にぁ?」
精霊が小さな声で鳴いた。顔を洗われてさすがに起きたらしい。
そして驚いたのか手足をバタバタさせて暴れ始めた。
「乱暴はしないよ、大丈夫」
「じゅ~」
ジュジュが精霊の体を優しく撫でた。
「ぃぅ」
精霊はすぐに大人しくなった。
人間である俺の言葉で大人しくなったわけではない。
恐らくジュジュが声を掛けて撫でたから落ち着いたのだろう。
「良い子だね」
「じゅ」
「……に」
できるだけ急いで、だが丁寧に、汚れを落としていく。
顔の汚れを落とし、尻尾の汚れも落とし、最後に肉球の間の汚れも落とした。
汚れを綺麗に落とすと、精霊本来の姿がはっきりとわかる。
真っ黒な猫だ。大きさは成猫ぐらいある。
だが、顔付きや手足の感じなどが子猫っぽい。
リルの契約精霊である狼のフェリルのように成長すれば巨大になるのかもしれない。
「これでいいかな? ジュジュ、洗い残しはないかな?」
「じゅっ!」
「…………」
ジュジュが大丈夫と言ってくれる。
そして、猫の精霊は鳴かずに、固まっていた。
洗い終わったので、猫の精霊の体を清潔な布で丁寧に拭いていく。
ジュジュも少し濡れていたので一緒に拭いた。
「毛が乾くまでしばらくかかりそうだな」
俺は猫の精霊の体を布で包んだまま抱っこして、風呂場の外へと移動した。
猫の精霊とジュジュを机まで運んで、上に乗せる。
「ジュジュも、君もご飯を食べるだろう?」
「じゅ!」「…………」
ジュジュは尻尾を振っている。
一方、猫の精霊は布にくるまれたまま、無言でジュジュにくっついていた。
体の大きさは大差ないが、ジュジュのことを庇護者として認識したのかも知れない。
そんな猫の精霊をジュジュも優しく舐めたり撫でたりしている。
「猫だから……果物より卵かな」
魔獣でも精霊でもない野生の猫も、鳥の卵を食べることもある。
果物はどうだろう。野生の猫も、もしかしたら食べるのかもしれない。
だが、猫は肉食。卵の方がよさそうだ。
「まあ、精霊だし、ジュジュと同じ食事でいいってオンディーヌも言ってたし」
あまり深く考えなくても良いのかもしれない。
俺は適当にゆで卵を作る。
その間、ずっとジュジュは猫の精霊にくっついてくれていた。
「ジュジュ、それに猫の精霊。ゆで卵ができたよ」
「じゅ!」「…………」
猫はまだ不安げな様子で、布にくるまれたまま無言でじっと俺を見ていた。
人間にゴミクズという名前を付けられ、呪われ、虐められたのだ
人間不審になるのも当然だろう。
俺は怯えさせないように、ゆっくりとした動作でゆで卵の皮をむく。
茹で具合は半熟なので、卵が潰れないように気をつける。
「よし、ジュジュ。先に猫にあげていいか?」
「じゅ!」
「ジュジュはえらいな」
お腹が空いているだろうにジュジュは、猫に先に食べさせて欲しいと言ってくれる。
赤ちゃんなのに、とても偉くて立派だと思う。
ゆで卵をスプーンで細かくして、冷ましてから猫の口に持っていく。
「おいしいぞー」
「…………」
猫は警戒しつつも、匂いを嗅ぐ。
警戒心と、空腹が猫の中でせめぎ合っているのだろう。
「毒とか入ってないよ」
俺はぱくりと自分で一口食べる。
そしてジュジュにも一口食べさせる。
「じゅ~」
ジュジュも猫に美味しいよと伝えてくれる。
改めて、猫の口にゆで卵を載せたスプーンを近づけると
「…………」
匂いを嗅いだ後、無言でパクリと食べてくれたのだった。
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