第44話 闇の精霊王シェイド

 完全な暗闇である。

 反射的に携帯用魔法ランプを起動させようと確認するが、起動済みだった。

 元々、携帯用魔法ランプをオフにしてはいなかったのだ。

 だが、携帯用魔法ランプの光は全く目に入らない。


 本来闇は光の無い状態だ。光で照らせば消えるものである。

 だがどういう仕組みかわからないが、携帯用魔法ランプは起動しても全く光らない。

 壊れたのかも知れないと考えて、咄嗟にポケットから魔法マッチを取りだしてこすってみる。


 魔法マッチはこするだけで着火することのできる魔道具である。

 もちろん、これもヴィリが発明した。

 火をおこすのが格段に楽になったと評判の魔道具である。


 魔法マッチは、魔法の仕組みで着火する。

 だが、着いた火は魔法の火ではなく、物理現象としての火なのだ。

 魔法マッチで着火したというのに、全く明るくならなかった。


「魔法マッチの火もだめか」


 手をかざすと熱いし、魔法マッチの棒が燃える音と、独特の匂いもする。

 着火に失敗したわけではない。 


魔法灯マジック・ライトの魔法を使ってるのに効果がありませんわ! 発動してるはずなのに」

「ガウガウ!」


 リルとフェリルが慌てている中。


「じゅう~ぅ」


 ジュジュが、気が抜けるほど落ち着いた声で鳴く。

 するとジュジュはぼんやりと光り始めた。

 ヴィリからもらった携帯用魔法ランプやリルの魔法灯では払えなかった闇を払っていく。


「ジュジュ、光ってるけど大丈夫か?」

「じゅ!」


 元気に鳴くジュジュの光は強くなっていき、部屋を隅々まで照らす。

 俺の胸の辺りで煌々と輝いているのだ。

 正直まぶしい。


「ジュジュ、まぶしいから、光を抑えてくれないか?」 

「ジュッ!」


 ジュジュの光は全く収まらない。

 リルとフェリルもまぶしそうにしている。


 小さな太陽かと思うほどまぶしいジュジュは部屋を照らす。

 そして、いつの間にか闇の精霊王シェイドは俺の足元にいた。

 形は一緒だ。

 だが、巨大だった体は、フェリルよりもずっと小さくなっていた。

 ちょうど大型犬ぐらいだろうか。


「シェイドさん?」

「じゅ?」


 シェイドは地面にお腹とあごをぺたりと付け、俺の靴のつま先に鼻先を付けている。

 まるで俺の靴に口づけしているかのように見えなくもない。


 靴は綺麗ではないので、止めようとしたら、

「ジュジュさま、そしてその友グレンさまに終生変わらぬ忠誠を誓おう」

 そう、シェイドは、低く威厳のある声で言った。


 そして、シェイドから俺にジュジュを経由して何かが流れ込んできた。

 きっと魔力的ななにかだろう。


「ジュジュッ!」


 ジュジュは力強く鳴き、そして発光が収まっていく。

 再び周囲は暗闇に包まれていった。


 そのとき、俺の正面、シェイドの後方から声がした。

「いい加減にしろ。調子に乗って闇を出すな」


 その声は俺もよく知っているオンディーヌの声だ。

 そして暗闇の中バシンという音が響く。

 暗闇で全く見えないが、恐らくオンディーヌがシェイドをはたいたのだろう。

 するとたちまち闇が消えていく。

 精霊王を叩くなんてと思わなくもないが、そういえばオンディーヌ自身も精霊王だった。


「す、すまぬ、オンディーヌ。つい」


 闇が退いていくと、携帯用魔法ランプや、リルの魔法灯の光が部屋を照らす。

 その光で照らされた部屋の中、シェイドの後ろにオンディーヌがいた。


「近づけるようになったのか」

「うん。グレンがこいつの呪いを解いたから」


 そういって、オンディーヌはシェイドの背中をパシパシ叩く。

 シェイドの言っていたとおり、精霊王であるオンディーヌがここに近づけなかった理由は呪いだったようだ。


「我が名はこいつではない、シェイドだ」

「……グレンに名前を貰ったの?」

「ああ、まさにその通りだ! いいだろ」

「ふーん」


 そしてオンディーヌは俺の前に来て、ジュジュを撫でる。


「オンディーヌ、ジュジュは大丈夫か?」

「うん。大丈夫。完全な解呪ではないけど……」

「さっき、急に暗闇に覆われて、ジュジュが光ったんだが、大丈夫か?」

「大丈夫ではない」


 そう言って、オンディーヌはシェイドを睨み付けている。

 シェイドは大型犬ぐらいの身体を小さくしている。


「その暗闇はシェイドのせい」

「あれには一体何の意味が?」

「意味など無い。バカが力を取り戻してはしゃいでいただけ」

「我はバカではないのだが」


 シェイドはきまりが悪そうにしている。


「はしゃいでいたのは本当でしょ?」

「ああ。……すまぬ。急に力が沸いて……つい抑えるのを忘れてしまったのだ」

「間抜けが過ぎる。精霊王の面汚し」


 オンディーヌが、驚くほどに辛辣だ。


「か、返す言葉もない。気をつけるのである」


 シェイドはここまでオンディーヌに言われても反論しない。

 心底反省しているようにみえる。


「で、ジュジュが光ったのは、グレンが暗闇で困っていたから助けようとした」

「そうだったのか。優しい子だなぁ」

「じゅ!」

「精霊王が制御せずに魔力を垂れ流すなど、本当に危険な行為」


 そういわれたら、確かにそうかも知れない。

 オンディーヌが魔力を垂れ流したら大洪水が起こるし、シルヴェストルなら暴風が巻き起こるだろう。

 あの暗闇もただの暗闇であるはずが無いのだ。

 危ないからこそ、オンディーヌも怒ったのだろう。


「ジュジュが助けなければ危険があった。グレンは大丈夫だけどリルとフェリルは危なかった」

「なんで俺は大丈夫なんだ」

「強いから」


 オンディーヌがふんふんと鼻息を荒げていた。

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