第39話 大きな精霊

 フェリルが氷の欠片をぶつけた場所を、リルは改めて丁寧に観察する。


「やはり傷一つついてませんわね」

「がう……」


 フェリルも少ししょんぼりしている。

 

「フェリルの魔法攻撃は立派だったぞ。気落ちするな」

「そうですわ、見事な攻撃でした」

「がう」


 俺はフェリルを元気づけるために頭を撫でた。

 ジュジュとオンディーヌに接した経験から、精霊は頭を撫でられるのが好きだと言うことがわかっているのだ。

 案の定フェリルも大きな尻尾をぶんぶんと振って喜んでくれていた。


 そして、リルは壁を触りながら険しい顔をしている。


「ここまで魔法耐性のある物質、いえ物質かどうかもわかりませんが、このような物を作り出せるとなると……」

「確実に精霊か」

「はい、それも非常に強力な精霊ですわ」


 俺も壁に触れてみる。

 無機物と言うより生物っぽさを感じる。

 それどころか、魔力を帯びているような気がした。


「たった一日で、魔法耐性のある謎の物質をここまで展開させたのか」

「凄まじい力と言わざるを得ませんわ」


 更に進むと大きな白い壁があらわれて、行き止まりになっていた。

 自動地図製作装置には認識されない壁である。


「倒すべき敵は、この奥……だよな」

「可能性は高いと思いますわ」


 もしかしたら自分の身を守るために白い壁を展開しているのかも知れない。


「グレンさん、なんとかなりませんか? 魔法は通じませんでしたし」

「がう」「じゅ」


 リルとフェリル、そしてジュジュが、俺のことを期待の籠もった目で見てくる。


「……剣で斬れるかもしれないな」

「さすがですわ!」「がう!」


 リルとフェリルが褒めてくれる。


「いや、斬れるかどうかまだわからないし、もし斬れたとしたら、すごいのはヴィリだよ」

「学院長の作った剣が素晴らしい物だったとしても、斬れたのならば誇っていいと思いますわ」


 リルはそう言ってくれるが、俺がすごいと思ったのは剣のことではない。

 もちろん、剣も充分すごい。

 だが、それ以上に、この状況を把握し対策したヴィリがすごいのだ。


「俺にこの剣を持たせたら、壁を斬れると判断したんだろう」


 俺は自分の剣の力量をまだ信用できていない。

 何しろ十年のブランクがあるのだ。

 だが、ヴィリが斬れると思ったのなら、恐らく斬れる。


「学院長はこの壁のことをご存じなのでしょうか?」

「昨日、一度逃げられたぐらいシルヴェストルが近づいているからな」 


 シルヴェストルから情報をもらっているはずだ。

 その情報があれば、ヴィリならば対策を立てることもできるだろう。


「さて、斬れるかどうかはともかくとして、もし斬れたならば向こうにいる敵と遭遇することになる」

「はい。警戒しますわ」「がう」


 リルとフェリルが警戒態勢に入るのを確認して、俺は剣を鞘から抜く。


「じゃあ、やってみる」


 壁を見る。

 自動地図製作装置によると、向こうには広い部屋があるはずだ。

 斬りやすいところはないか、よく観察していく。

 壁は一見全て同じにみえるが、けして一様ではない。


 じっくり眺めると、斬りやすい場所がわかってきた。


「はあ!」


 俺は剣を横に薙ぐ。

 剣が壁に当たる衝撃がほとんどなかった。

 そして、白い壁は水平に裂けていく。

 どうやら、うまく斬れたようだ。


「やりましたわ!」

「がう!」


 その裂け目は最初はゆっくり、だが少しずつ加速しながら拡がっていく。

 裂け目が拡がるにつれ、その向こうの様子が見えてくる。


 部屋は広く天井も高い。

 だが、壁も天井も床も全て白く、輝いている。

 少しまぶしいぐらいだ。

 そして、魔物の姿は見えなかった。


「いない?」「がう?」


 リルとフェリルが戸惑う声が聞こえてくる。


「いる――」


 いるぞと言いたかったが、最後までは言えなかった。

 言葉の途中で俺の眼前に実体化した魔物が殺気を伴って出現したのだ。

 先ほどリルを襲った魔物、いや精霊と同じ個体である。

 鋭い爪で俺の心臓を抉ろうとまっすぐに腕を繰り出してきた。

 それを俺は剣で弾く。


「……鋭いな」


 剣聖だった頃に戦ったどの相手よりも攻撃が鋭く感じる。

 ただ、十年のブランクがそう感じさせているだけかも知れないのだが。


「ぎぎあ」


 咆哮しながらその精霊は鋭い攻撃を繰り返す。

 速くて狙いも正確だ。心臓や首など、急所をまっすぐに狙ってくる。

 正確すぎるからこそ、防ぎやすい。


 精霊の鋭い爪の攻撃を剣で防ぎながら、俺は観察する。

 すると、その精霊の背後に何かが見えない糸のような物があるように感じた。

 それが何かはわからないし、本当に糸のような物があるのかもわからない。


 だが、とても気になる。


「斬ってみるか」


 俺は精霊の攻撃を躱し、その背後の見えない糸を剣で斬った。

 すると「ぎえええぇぇ」という咆哮とともに、精霊は消えた。

 実体化をやめたのだ。


「やったのですか?」

「じゅうじゅじゅっ!」


 リルの問いに俺が答える前に、ジュジュが大きな声で叫ぶ。

 そのジュジュの叫びに呼応するかのように、部屋の中央に大きな精霊が現われた。

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