第38話 白い壁
「なんとかなるって何が?」
「殺さずに呪いを解く方法ですわ」
本当にそんなことができるなら、そうしたい。
俺も精霊を殺したくはないのだ。
「グレンさんは精霊の発する殺気に気づかれたのですよね?」
「うん。ただの気配だと気づけないからな。恐らく殺気だから気づけたのだと思う」
シルヴェルトルやオンディーヌ、サラマンディルが姿を消して近くにいても俺は気づけない。
「殺気というのは極めて微量なる魔力のことらしいですわ」
「それはヴィリから聞いたことがあるな」
「はい。しかも魔力に乗った敵意、つまり意志を感じ取ったのでしょう」
「ふむ?」
「そうですわね。簡単にいいますと、グレンさんは魔力の流れ、特に意志による魔力の変化に敏感なのだと思いますわ」
全くもってそんな気はしない。
だが、優秀な魔導師であるリルが真剣な表情で言うので、本当なのかも知れないという気になる。
「私は魔導師なので呪いのことはわかりません。ですが、グレンさんならば、精霊にかけられた呪いによる魔力の歪みを見ることができるかも知れません」
「……ふむ。一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
「ジュジュや俺も呪われているらしいが、見てもわからないんだが……」
「それはオンディーヌさんの気配に気づかないのと同じでは? 殺気はやはり特別ですから」
「つまり、精霊が殺気を持って襲ってきたら、魔力の歪みに気づける可能性があると」
「はい。私はそう思いますわ」
「そうか。でも気づけたところで、どうすればいいのかわからないが」
「恐らくですけど、歪みを斬ってしまえばよろしいのでは?」
そうリルは笑顔で言った。
「そうか。そういえば、ヴィリも特別な剣をくれたし。これを見越していたのだろうか」
「きっとそうに違いませんわ! 学院長はとても偉大なおかたですもの!」
「ヴィリが偉大だという点には同意だ」
まだ確信はない。
精霊を倒せるのかわからない。
呪いによる歪みを果たして見ることができるのかわからない。
見ることができたとして斬れるかどうかもわからない。
そもそも、精霊の展開する魔法障壁を斬れるかもわからない。
「だが、やってみるしかないな」
「じゅ!」
ジュジュもお腹いっぱいになったようで元気に鳴いている。
先ほどより緊張もほぐれているように見えた。
「じゃあ、行きますか」
「はい!」「がう!」
「じゅ」
休憩から更に十分ほど歩くと、気配、いや殺気を感じるようになった。
「近いぞ。さっきの奴より殺気が強い」
「殺意が高まったのでしょうか?」
「高まったというか、多くなったというか、強くなったというか」
俺の発言の意味がわからないらしく、リルがこちらを見ていた。
確かにわかりにくい言葉を使ってしまった気がする。
「殺意が高くなったか、敵の数が多いか、強くなっているか、大きいか。その全部か。かな」
「なるほど。油断できませんわね」
「ああ、気合いを入れなおそう」
危険になったらオンディーヌが駆けつけてくれることになっている。
だが、オンディーヌは神ではない。必ず間に合うとは限らない。
いや、むしろ敵の素早い攻撃を察知して駆けつけて、間に合うとも思えない。
オンディーヌが助けてくれるのは、防戦一方になったりじり貧になったりした状況だろう
つまり、時間を掛けて、追い詰められていた場合、きっと助けに来てくれるのだ。
激しい戦闘の中では、自分とジュジュの身は、自分で守らねばならないことは変わらない。
俺は注意をしながら、ゆっくりと、大きな殺気の元に向けて歩いて行った。
「なんか、どんどん雰囲気が変わっていくな」
「はい。これは一体どういうことかしら」
進むにつれて壁が白くなっていく。
綺麗な白ではない。どことなく、豚の脂身に似ていた。
壁自体が鈍く発光している。
その光も、進むにつれて強くなり、今では携帯用魔法ランプなしでも充分明るいぐらいだ。
「この壁の色って」
「はい、先ほどの精霊の色に似ていますわ」
さきほどリルを殺そうとした精霊。
そのジュジュにどこか似た精霊の色と壁の色が同種の物に見えた。
「あの精霊の影響か?」
「かもしれませんわ」
ポケットから
すると見えている壁と、自動地図製作装置が認識している壁に差があることがわかった。
そのことを伝えると、リルは真剣な表情で言う。
「ダンジョンではない壁。壁自体が魔物に近いのかもしれませんわ」
「やっぱりそうか」
「自らの拠点として、魔力を発して周囲を変質させているのかも……」
このダンジョンに逃げ込んだのは昨日のはず。
昨日シルヴェストルが近づきすぎて逃げたからだ。
「敵の一部なら攻撃できるのか?」
「やってみますわ。フェリル」
「がう!」
フェリルが口から氷のブレスを吐いた。
そのブレスは鋭利な氷の欠片となって、高速で飛び壁にぶち当たった。
だが、壁には全く傷がつかなかった。
どうやら、壁は魔法攻撃が通用しにくいもので覆われているようだ。
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