第28話 身体強化の魔法

「ヴィリをぶっ殺したりはしないが、強化魔法を使えるというのは面白そうな気がするな」


 なんだかんだで俺は剣が好きだ。自分が強くなるのも好きだった。

 だからこそ物心つく前から、ひたすら鍛錬を続けることができたのだ。


「だが、意外だな。魔法ってもっとこう、頭を使うものだと思っていたが」


 ヴィリが魔法について語る言葉は、いつも難しい。

 とても俺には理解できない。


「魔法の理論とか全く理解していないのに、魔法を使えるものなのか?」

「大丈夫。原理は理解できなくても、魔法は使えるから」

「そんなものかねえ?」

「グレンだって歩いているとき、どういう仕組みで歩けているかわからないでしょう?」

「歩くのに仕組みとかあるのか?」

「そりゃあるよ。頭で歩こうと考えたことが、どこをどう伝わって、足が動くのか。足の筋肉はどういう仕組みで……みたいなの」

「確かに、全く理解してないな」

「それに考えてもいないでしょう? 大腿筋にはこのぐらい、前脛骨筋にはこのぐらい力を入れて、みたいに」

「考えたこともなかった」

「でしょう? 普通はみんなそう。意識して動かしたりしてないよ。そして、身体強化の魔法だってそんなもんだよ」

「そういわれると、できる気がしてきた」

「その意気だよ!」

「打倒、ヴィリ。がんばろ」


 オンディーヌは真面目な顔でそんなことをいう。

 知らない人が見れば、本気で言っていると思われかねないぐらい真剣にみえる。

 だが、オンディーヌはヴィリのことが嫌いなわけではない。

 信頼し、力を託して良いと思われなければ精霊と契約するのは難しい。

 強大な力を持つ精霊王オンディーヌなら、特にそうだ。

 オンディーヌ自身、ヴィリのことを気に入っているのは間違いない。

 俺に優しくしてくれるのも、俺がヴィリの幼なじみで親友だからだろう。


「ヴィリを打倒したりしないが、自分なりに頑張ってみるよ。とりあえずはダンジョンの魔物討伐に全力を尽くすよ」

「うん。命大事に。もしものときはすぐ私が駆けつけるけど、油断はしちゃだめ」

「わかっているよ」


 俺の返事を聞いて、オンディーヌは満足そうに頷いた。


「さっそく、ジュジュに恩返しする機会ができたことだし」


 ありがたいことだ。

 もちろん恩が無くても、ジュジュを助けてあげたいという気持ちはあった。

 だが、士気がよりあがった気もする。


 俺は抱っこしているジュジュを撫でる。

 気持ちよさそうに眠っているようだ。

 今は呪いによる痛みや苦しみもあまりないのだろう。

 なによりなことだ。


 そんなジュジュのことを見ながらヴィリがいう。


「ダンジョンの魔物は、魔力の高いオンディーヌや僕が近づくと逃げ出すっていったよね」

「うん。それは聞いた」

「正確に言うと、強力な精霊の気配が近づくと逃げる、なんだ」


 だが、精霊ではないヴィリが近づいても逃げるとも言っていた。


「つまり、ヴィリが近づけないのは、契約精霊の強さのせいか?」

「そうだね。僕の魔力には契約してくれたオンディーヌたちの魔力が混じっているからね」


 ジュジュは赤ちゃんだし呪われている。

 強力な精霊とはお世辞にも言えない。

 そして、俺はただの人間。契約精霊もいないので、魔物は脅威に思わないのだろう。


 そのとき、一つ疑問が浮かんだ。


「ちょっとまて」

「どうしたの?」

「ペリシエさんの相棒フェリルはめちゃくちゃ強そうだったが……」


 リルの契約精霊フェリルは大きくて美しい狼だ。

 そして、並の魔導師の契約精霊より圧倒的に強いように見えた。


「うん、フェリルは強いよ。あれだけの精霊は滅多にいないね」

「……なのに、フェリルが近づいても逃げないのか?」

「そうだね。逃げないと思うよ。だから選んだんだ」

「つまり、フェリルよりダンジョンの魔物は強いのか?」

「うん。強いよ。リルさんとフェリルを合わせたよりもね」


 ヴィリが学院始って以来の天才と呼んだリルと、強大なフェリル。

 そんなリルとフェリルより強いとなると、勝てる気がしない。


「狭いから少人数で攻略しないといけなくて、入れる精霊の魔力の制限もあるのか」

「そういうことだね。ダンジョンの魔物は、負ける要素がないと考えているだろうね」

「でも、グレンがいれば勝てる」

「ありがとう、オンディーヌ、心強いよ」


 オンディーヌはそう言って励ましてくれるが、勝つのは難しいだろう。

 だが、やるしかない。

 ジュジュに時間の猶予はあまりないのだ。


「僕が、剣の達人、剣聖グレンに教えられることなんてほとんど無いけど……」


 そう前置きして、ヴィリは言う。


「魔法を斬るには、放たれた魔法に反応するより、放たれそうな気配に反応した方が良いかも?」

「難しいことを言うな」

「でも、グレンはできていたでしょう? 矢や剣を相手にしたときにはさ」

「それはそうだが……」

「魔法も同じだよ」


 そういってヴィリは微笑んだ。

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