テスジェペの小型機を借りて離陸したフェルサは旋回させて町を見下ろした。

　大きなすり鉢状のパネルの真ん中にそびえる塔と周辺の高い建物は近代的な力強さよりも空虚で頼りなく見えた。

　グノンバルに行きたいと言ったのは思いつきだった。しかしそれを誰も止めなかった事が悔しかった。

「俺って要らない奴なんだな」

　フェルサがレンディ達の前で言った時も誰も言葉を返さなかった。

「お前達は自分の町を守りたい使命があるが俺には無いからな。妹を殺された位だしな」

　言いたくない事を言ったフェルサは後悔した。それに対する彼らの返事が無言だった事に腹立たしさより悲しくなった。

「何だか一人で捻くれて出て来たけど、本当はあいつら何を思っていたのかな」

　小型機をグノンバルの方向に向けてフェルサは操縦桿を強く押した。

　レンディと一緒に来たホルベックのダルキアから操縦の仕方をひと通り学んだがまだ粗削りで機体が時々激しく揺れた。

「操縦の仕方はランマンと似ているが慣れないな。くそっ！」

　フェルサは計器を見ながら燃料の噴射量を調整した。機体の揺れはおさまった。

「トトの背中の方がましだな。そっちを借りてくれば良かったかな」

　ラックと共にトトの背中に乗って飛んでいた事を思い出した。

「でも股が痛かったからやっぱりこっちがいいか。ダルキアが言った通り低く飛んだ方が楽だな」

　独り言を呟きながらフェルサは機体を降下させて飛び続けた。

　海を越えて晩にグノンバルに着いた。幸い敵に遭う事はなかった。

「ここは大丈夫だった？」

　小型機を降りたフェルサは工房にいたダダンに声をかけた。

「ああ、町の蒸気のせいかな。空からの攻撃は緩かったよ」

　ダダンは明るく答えた。

　その日は工房の仮眠室で休ませてもらった。

　翌朝、フェルサはダダンと一緒に基地へ行った。

　以前にラックと一緒に探索した基地は古くは《ジルバンズ》と呼ばれていたらしくダダン達もそう呼ぶ事にした。

　ジルバンズはギランクスの攻撃を免れて抵抗軍の秘密基地になった。

　ダダンの紹介でフェルサは基地で働く研究員の護衛と兵器の開発に協力した。

　モスランダへギラド人が襲撃した事を知った各地の住民達は抵抗軍を作って活動を始めた。

　空の磁力が弱体化した影響である程度の遠距離の通信が可能になったが盗聴される恐れがある為、地上のサイポスを利用して暗号を使いながら人伝いに連絡を取り合っていた。

「旧時代では兵器を無人で制御できるようにしていたようです。通信が可能なら今の兵器に転用できるでしょう」

「それを乗っ取られたら敵の思うつぼだぞ」

　基地の会議室で研究員達が話し合っていた。

「取りあえず作ってみないか？　単純なやつ。操縦は俺がやってみるよ。外を見回ってくる」

　フェルサは思っている事を矢継ぎ早に言うと席を立って会議室を出た。

「話し合いは苦手だな」

　フェルサは剣を軽く振りながら呟いて基地の中を見回った。

　それから三日後。

「雷の門がここを狙っているぞ！」

　大声で叫ぶ兵士に基地にいた兵達がざわついた。

　フェルサは「俺が行く」と格納庫に向かった。

「すぐ撃てるじゃないか。嘘つきな竜だな。それとも基地を壊せる程の威力ならすぐに撃てるのか。さてどうする」

　何気にベリフの顔が浮かんだ。

「あいつなら待てと言うだろうな。あぶり出す罠かも知れないとか言ってな」

　少し苦笑して格納庫に止まっている白い三角形の戦闘機に乗り込んだ。

　その機体は資料の型番から《スレイサ》と呼ばれた。

「スレイサ隊は待機」

　無線から聞こえる声にフェルサは「わかった」と答えた。

　空からギラド人や魔物が飛んで来た。ギリギリまで待って攻撃が始まった。

　フェルサ達のスレイサ隊が出撃した。

　光る翼を広げて飛ぶギラド人がスレイサを次々と撃墜した。

「この野郎！」

　フェルサが撃った光弾がギラド人の体を粉砕した。

　機体に張り付こうとしたダークコンドルを旋回しながら振り落とした。

「思った以上に軽いな」

　勘をつかんだフェルサは次々と魔物を撃ちながら更に上昇した。

「見つけた！」

　雷の門が機体の下から砲身を伸ばしていた。

　遠くにある空の門から雷の門に光が伸びていた。

「こいつ！」

　フェルサは機体の先端から光弾を連射した。雷の門はびくともしなかった。

「くそっ、だめか」

　雲の中から巨大な火球が飛んで雷の門が炎に包まれた。

「何だあれは！」

　雲から赤い竜が頭をもたげて雷の門に向かった。

「竜か！　やめろ！」

　フェルサは叫びながら光弾を竜に放った。

　機械の顔をした竜がフェルサの乗ったスレイサを見た。

　竜の口が三方向に分かれて中から無数の小さな光弾がフェルサに向けて発射された。

「くそっ！」

　スレイサが数ヶ所被弾した。

「やめろ！」

　フェルサが叫んだ。

「おい人間。なぜ邪魔をする」

　フェルサの頭の中で声がした。機体を安定させて竜の背中に乗った。

「お前、テスジェペの竜の仲間だろ。人間とギラド人の戦いに干渉するのか」

「何だそんな事か。誰であろうと私より強い火の力を使う事を許さん。それだけだ」

「竜よ。お前の力の凄さは知っている。だから頼りたい気持ちもある。しかしどうか見届けてくれないだろうか。人間の未来を」

「ほお、子供の割にはしっかりしているな。何があった」

　火の竜はフェルサの頭の中に思念波を送った。

　フェルサは「うっ」と小さく唸って顔をしかめた。

「なるほど妹を殺されたか。そしてあいつらに助けられたか。シュルギマトラにシュルアズラ……ここのところ会っていないな。わかった。手を引こう。お前達の戦いを見届けさせてもらうぞ。フェルサ」

　竜はそう言うと体を雲の海に沈めた。フェルサのスレイサは浮上した。

「ありがとう」

　フェルサは目を閉じて呟いた。

「しかし気をつけろ。シュルギマトラ……金の竜は何を企んでいるのか分からんからな。じゃあな」

　火の竜の言葉にフェルサは「えっ」と小さく呟いた。

「今はあれの始末だ。三機上がって来てくれ。下から撃つ」

　フェルサは無線機に叫んだ。

　程なくして三機のスレイサが上がってきた。

「いくぞ！」

　フェルサの合図で一斉に火の竜の攻撃で燃えている雷の門に光弾を発射した。

　光弾が下部の砲身に次々と命中して雷の門は墜落した。

「二機は周辺にある空の門を探して破壊しろ。一機は俺に続け。基地の敵を叩く」

　フェルサは無線で伝えると急降下した。

「敵の勢いが早い。降りて迎え撃つか」

　フェルサは空中にいる魔物達を撃ちながら着陸した。

　操縦席から飛び降りるとすぐにギラド人を剣で切りつけた。

「カリュス達より弱いか」

　銃を持った兵と共に戦い、何とか追い払った。

　魔物達が逃げると兵達の歓声が上がった。

「あれは逃げた訳ではない。誰かが引かせたんだ」

　抵抗軍のリーダーで茶色の服を着た中年の男のゲオンが大声で叫んだ。

　一同は静かになった。

「クソむかつく上品な作戦だ。こんな事を考えるのは多分カリュスだな」

　フェルサの言葉がゲオンに聞こえた。

「ほお。お前は確か新入りの護衛だったな。ちょっと話を聞かせて欲しい」

　フェルサはゲオンと基地に入った。

「なるほど。ギラド人の中に切れ者がいるって訳か。妹の事で辛かっただろう」

　会議室でひと通り話を聞いたゲオンが優しい口調で話した。

「いや。仲間がいたから助かったし……でも……」

「その仲間もいい奴らじゃないか。非力なお前の代わりに仇を取ってやるつもりだろう」

　外での冷たい口調とは打って変わってゲオンは穏やかな表情で優しく言った。

「けど、俺はそんなに弱くない」

「それを思い上がりだと怒鳴り散らすのは簡単だがお前は機械を使った戦いが得意なんだろ？　さっきの空中戦といいその力はもっと伸びると俺は思う。だから仲間と戦えるようにしっかり鍛えないとな」

「ありがとう。父ちゃんみたいな事を言うんだな」

「お前がそう思うなら思っていいぞ。俺にもお前位の子供がいてもおかしくないしな。じゃあ頑張れよ」

　ゲオンは笑いながらフェルサの肩を叩いて部屋を出た。

　その二日後、テスジェペから大規模な作戦の参加依頼が基地に来た。

「テスジェペの防衛戦か……わざわざ隣の大陸まで行ってやるべきか」

「今でも武器の調達をしてやっているのにここの戦力は削れないだろう。グノンバルがやられるぞ」

　会議室での兵達の会話は不平不満ばかりだった。ゲオンも腕を組んで顔をしかめたままだった。

「だがグノンバルの技術力だけでは戦いは厳しい。それにホルベックは壊滅してゼロラ人を作れない。敵の戦力はわからない。バラバラに戦っていては無駄に死人を増やすだけだ」

　ゲオンは淡々と言った。

「どうだ、ゲオン。とりあえず向こうのリーダーと話してみないか」

　ゲオンと同じ年頃の兵が言うとゲオンは腕を組んだまま、

「時間はないが考えよう。みんなは基地の護衛を。あとスレイサを六機グノンバルで用意してもらってくれ」

　淡々と指示をすると立ち上がって部屋を出た。

「さてどうするか」

　ゲオンは歩きながら呟いた。

　その頃、フェルサはグノンバルでスレイサの整備をしていた。

「この機体は燃費が悪いな。どこかの回路がいかれているのか」

　操縦席でフェルサは薄型の端末と目の前の計器を見ながら呟いた。

「親方、そっちはどう」

　フェルサは耳に着けた無線機でダダンに呼びかけた。

「ああ、こっちの機体はちゃんと動くが操縦桿が少し緩いな。交換が必要だ」

「わかった。そっちは任せる。こっちは推進器の点検をする」

　ダダンの声にフェルサは答えて引き続き計器のチェックをした。

「俺なりの戦い方か……」

　レンディの顔を思い浮かべる度にフェルサは同じ言葉を呟いた。

（いくら昔の兵器を使ってもギラド人達に勝てるのだろうか）

　フェルサはふと不安になる時があった。

　計器を見ていると外でゲオンが手を振っていた。

　フェルサは操縦席のハッチを開けて飛び降りた。

「どうしたんだ」

「いや、散歩だよ。気晴らしに」

　笑顔で言うゲオンにフェルサは「あっそう」と呆れた。

「テスジェペから作戦参加の依頼が来たのか」

「ああ、参加するつもりだが……」

「勝てるかどうかわからない、だろ？」

　フェルサはゲオンの顔を見て言った。

「いくら兵器を投入しても敵はそれを昔から使っている連中だ」

　ゲオンは水筒の水を飲みながら言った。

「俺もそう思う。俺達にも何か強力な武器が必要じゃないかって」

　フェルサは端末を見ながら答えた。

「テスジェペにはまだ武器の設計図があるだろうか。あるなら欲しい。資材はグノンバルで調達する」

「通信でもらえないなら俺が取りに行ってもいいぜ」

「それは助かる。至急手配しておくよ」

「俺にそれをやらせたくて来たんだろ。最初から言えよ」

　フェルサはふて腐れた口調で答えるとスレイサに戻った。

「お前は勘がいいな」

　ゲオンは微笑んで基地に戻った。

　翌日、フェルサはテスジェペに飛んだ。