蒸気と工房の町

 モスランダがゼラミアに襲撃された日、フェルサとラックは村の西にある洞窟に入った。

「ここは魔物の巣か」

 剣についた魔物の体液を振り払ってフェルサは洞窟を歩いた。

「この辺は序の口だ」

 ラックも短剣を持ってフェルサの後を歩いた。

 ラックがフェルサに止まるように合図した。

「さてここからが本番だ」

 ラックが短剣を構え、先にある台座に向かって石を投げた。

 石が落ちると同時に巨大な黒い蜘蛛が天井から落ちて来た。

 フェルサは思わず「いっ!」と叫んですぐに口を押さえた。蜘蛛はこちらを見たがすぐに岩を登った。

「見ての通りだ。ここから奥に行くのはあいつを倒すしかなさそうだ」

 ラックが嬉しそうに言うとフェルサはため息をついた。

「足が速いお前なら切り抜けられるだろう」

「その先に続きがあってな。それは見てのお楽しみって事で。いくぞ」

 ラックが再び石を投げた。登りかけた蜘蛛が飛び降りて来た。

「うおおおお!」

 フェルサは剣を振り下ろした。蜘蛛はとっさによけて足をフェルサの体にひっかけた。

「食われるなよ」

 その横をラックが走り過ぎた。

「他人事かよ!」

 フェルサは蜘蛛の足を剣で突き刺した。蜘蛛がひるんだ隙に頭を刺した。

 思っていた以上に蜘蛛の頭が固くすぐに反撃してきた。

「ちっ、固いな」フェルサは舌打ちした。

 鋭い爪の足の攻撃を剣で受けながらフェルサは蜘蛛の頭に乗り刺した。

 暴れる蜘蛛の横に飛び降りて前足の付け根を切断、その要領でもう1本を切断、更にまた頭にまたがって口に剣を刺した。

 蜘蛛は動きを止めてぐったりとなった。

「とどめを差すには時間がかかる。これでいいだろう」

 フェルサは蜘蛛から飛び降りて奥に進んだ。ラックが待っていた。

「ありがとうな。次はあれだ」

 広場には大蛇が二頭、とぐろを巻いていた。

「お前なあ。あんな化け物と戦って何も見つからなかったら殺すぞ」

「大丈夫だって。それじゃよろしく!」

 軽く言うラックに「全く……」とフェルサは呆れながら大蛇のいる広場に入った。

「なるほど、ここは倉庫か」

 フェルサは大蛇の攻撃をかわしながら頭を刺した。もう一頭もすぐに刺して大蛇は倒れた。

「こいつはいい鱗が取れそうだな」

 ラックは倒れた大蛇の体を短剣でこすって鱗を取った。隣で倒れていた大蛇が起き上がった。

「はっ!」

 フェルサは大蛇の口に剣を刺してそのまま頭をちぎった。

「へえ、やるな。お前」

「まあな。それで次はどうするんだ」

「扉を破壊する。そこから先は何が出てくるかわからない」

 ラックは小型の爆弾を扉に置いた。

 フェルサと岩陰に隠れてラックが爆弾に石を投げるとドーンと爆発した。

 扉の端が歪んだ。二人はその隙間から力を込めて扉を開いた。

 二人が入った部屋には整理された部品の箱が積まれていた。

「おお! 新品の制御基板に記憶装置の山だ」

 ラックが喜んで箱を次々と開けた。

「通信装置の部品のようだ」

 フェルサはしゃがんで箱の文字と基板を見ながら言った。

「へえ、詳しいんだな」

 ラックは感心したがフェルサは「隣の部屋を見てくる」と立ち上がって奥の通路に入った。

 しばらく歩くと広い部屋に出た。

「ここは通信室か」

 フェルサが目の前の端末を操作した。電源が入った。

「へえ、まだ使えるのか」

 画面を触ると文字が表示された。

「さっきの部品よりこれを持って行った方が高く売れそうだな」

 フェルサは薄い端末を一台持って部屋を出て倉庫に戻った。

「ラック、そっちか」

 倉庫に戻るとラックはいなかった。もう一つの部屋に入った。

「これは!」

 目の前には二人乗りの小型飛行機があった。

「これだよ。こいつのエンジンチップがお宝だ」

 ラックが機体の陰から声を出して手を振った。

 ラックのそばに駆け寄ってフェルサは剣を抜いて柄から小刀を引き出した。

「へえ、便利な剣だな」

「俺、ランマンの整備もやっているから剣と工具が一緒なんだ」

「なるほどね」

 二人は話しながら機体からエンジンチップを取り出した。

「向こうの部屋には何かあったか」

「通信室だ。後から誰かに取りに来てもらおう」

 フェルサはラックに持ってきた端末を指差して答えた。

「そうだな。あとはグノンバルの連中が何とかするだろう」

 二人は目ぼしい部品を持って部屋を出て大蛇の死体やぐったりした蜘蛛の横を歩いて外に出た。

「待たせたな。トト」

 ラックが話しかけるとトトは乗れと言わんばかりに姿勢を低くした。

「本当よくなついているな」

「これが血の絆のおかげさ。さあトト、飛べ!」

 ラックが手綱を引くとトトは翼を広げて飛びあがった。

「その血の絆って何だ?」

「テスジェペで魔物と交わす儀式みたいなもんだよ。俺の血と色々な薬を混ぜてこいつの首に注入したんだ。そうすると魔物が俺を主人だと思うんだって」

「へえ、凄いな。それで体が赤いのか」

 フェルサはトトの体を撫でた。

「そういう事だ」

「ラックはテスジェペで生まれたのか?」

「ああ、まあ色々あって今は盗賊やっているけどな」

 ラックは前を向いたまま言った。

 フェルサは余計な詮索をせずに「ふ~ん」とだけ答えて空を眺めた。

 二人は何度か休憩をしながら夕方にグノンバルに着いた。


 《グノンバル》……赤い鉄の建物が並ぶその町は地熱をエネルギー源としており常に蒸気があちこちから上って武器や機械の部品が作られている。

「親方、持ってきたぜ」

 工房に入りラックはエンジンチップを親方と呼ばれたダダンに渡した。

「おお、これはいい品だな」

 いかつい体格をしたダダンは小さなチップを眼鏡に近づけて見て呟いた。

「あそこの地下には通信室もあったよ。多分小さな基地の跡じゃねえかな。この前の地震で塞いでいた瓦礫が崩れたんだろうな」

「ありがとう。約束の金だ」

「ああ、ついでにこれも持ってきたよ。もし良かったらこれで中古のランマンを売ってくれないか。こいつにさ」

 ラックは薄型端末をダダンに渡すとフェルサを指差して言った。

 フェルサは頭を掻いて「お願いします」と頼んだ。

「う~ん……それじゃまた別の場所の発掘を頼むか。そこでエンジンチップがあれば譲ってもいいぞ」

 ダダンの提案にフェルサは「本当か、その話乗った!」と快諾した。

「だが強い魔物が住み着いているそうだ。頼んだ連中は怪我をして帰ってきた」

「それなら大丈夫。こいつ剣の腕もそこそこあるんだ」

 ラックが言うとフェルサは剣を抜いた。

「おっ、工具付きの剣か。お前は技師なのか」

「ああ、モスランダの騎士団でランマンの整備をやっているんだ」

「それなら少しは安心だが気をつけるんだぞ」

「わかった」

 フェルサは頷いて答えた。

 その晩、二人は宿屋に泊まり翌朝、発掘場所へ出かけた。


「ここも新しい洞窟だな」

 ラックが砂漠に出来た横穴の前で呟いた。

 二人は細かい砂が流れ落ちる洞窟に入った。

 フェルサは剣の柄にある小さな照明を灯した。小さな地震が起きた。

「最近、この辺りは地震が多いらしい」

「地面が温かいから火山帯なんだろうな」

 でこぼこの岩肌を照明で照らして見ながらフェルサは答えた。

 しばらく歩くと物音がした。

「来た!」

 フェルサが呟いてすぐにメガサソリの群れが襲ってきた。

「うわあ、ヤバいな」

 ラックが短剣を構えながら言っている間にフェルサは剣を抜いて突進した。

「うおおおお!」

 フェルサは先頭のメガサソリの頭に乗って剣を突き刺し、もたげてくる尻尾の毒針をかわした。その要領で次々とサソリを倒していった。

「お前、今日は荒れているのか」

 ピクピクと動くサソリの尻尾をラックが切断して袋に入れて訊いた。

「いや、大丈夫。先に行こう」

 フェルサは剣に付いたサソリの体液を振り払って歩き始めた。

(ゼラミア……今度会ったらぶっ殺してやる)

 魔物と戦う度にフェルサの脳裏にゼラミアのにやけ顔が浮かんだ。

 崩れかけた白い壁の穴を抜けると小部屋に入った。

 暗がりの中に数台の車が置いてあった。

「ここは地下の車庫だったのか」

 フェルサが辺りを見渡しながら奥へ進んだ。

 扉の前にうなだれている人影が見えた。

「おい、大丈夫か」

 フェルサが駆け寄った時、

「そいつに近づくな!」

 ラックが叫んだ。

「えっ」

 フェルサが立ち止まった時、その人影が立ち上がった。

「そいつはゼロラ人だ」

「こいつが? ゼラミア達と全然違うぞ」

 フェルサが戸惑っているとたくましい体格のゼロラ人が殴り掛かって来た。

 ゼロラ人の腕をフェルサは剣で受けた。

「くっ!」

 フェルサはとっさに体をひねった。ゼロラ人の腕の風圧が背中を伝って来た。

「まともに受けたら体が砕ける」

 フェルサは剣を構えた。

「俺はお前と戦うつもりはない」

 フェルサは叫んだがゼロラ人は襲ってきた。ラックが腹を蹴ると立ち止まった。

「無駄だ。こいつは目の前にいる人間を殺すように命令されているんだ」

「えっ! 言う事を聞かないのか」

 フェルサは驚いてラックを見た。

「元々こういう兵器なんだよ。人間が作った戦闘兵器だ」

 ゼロラ人が無言で二人に襲い掛かって来た。

「肌が固いから剣も効かない。退散するぞ」

 ラックは光弾を地面に投げた。辺りが真っ白に輝いた。

「急げ!」

 ラックの後をフェルサは追いかけた。後ろからゼロラ人が追って来た。

「くそっ、光弾も効かないか」

 大柄だがゼロラ人の足は早くフェルサの後ろまで近づいた。

「こうなったら」

 フェルサは振り返って剣を構えた。

「無理だ」

 ラックは叫んだ

「人間と同じなら頭を狙えば」

 殴りかかるゼロラ人の拳をよけてフェルサは剣を振り下ろした。

 剣をよけたゼロラ人はひるまずにフェルサの脇腹を殴った。

 フェルサは「うっ!」と小さく呻き声を上げてかがんだ。

「フェルサ!」

 ラックの叫び声と同時にフェルサはゼロラ人に首を掴まれて地面に叩きつけられた。

「逃げるしかないな!」

 フェルサはふらついて立ち上がり脇腹を押さえながら走り出した。

 何とか洞窟から出たが、ゼロラ人が追いかけて来た。

「早くトトに乗れ!」

 ラックがトトに乗って叫んだ。フェルサは足がもたついて転んだ。後ろからゼロラ人が襲いかかった。

「くそっ!」

 フェルサは転んだ姿勢のまま剣を前に出した。

「グオッ!」

 ゼロラ人が呻き声を上げた。背後から長い剣が体を貫いた。

「えっ?」

 フェルサは驚いた。うなだれたゼロラ人がドサッと倒れてその後ろには黒い鎧姿の男が立っていた。

「お前はカリュス!」

 フェルサは叫んで立ち上がった。

 カリュスは剣を鞘に納めてフェルサを見て赤い目を細めた。

「死にそうな所を邪魔して悪かったな。ちょっと付き合ってもらおうか」

 カリュスはフェルサの腕を掴んだ。

「何するんだ、うわっ!」

 フェルサはカリュスに持ち上げられて宙に浮いた。

「フェルサ!」

 ラックが叫んだがフェルサは何が起きているのかわからずに戸惑っていた。

「お前! えっ、翼?」

 フェルサはカリュスの黒い翼を見て驚いた。

「ゼロラ人は飛べるのか」

「あんなのと一緒にするな。黙っていろ。さもないと手を放すぞ」

 カリュスは空を見上げながら冷たく言い放った。


 フェルサが連れられた場所は古い都市の遺跡だった。

 カリュスに剣の先を首筋に突きつかれたフェルサは黙って階段を下りて部屋に入った。

「何だこれは!」

 部屋には青く光る大きな円柱状の機械がありゼロラ人達がそばで操作していた。

「お前の生まれた村になかったか。《地の門》だ。お前を連れて来いと言われたからな」

「こんな物は知らない。そうか。ゼラミアが言っていた門を潰すとはこの事だったのか」

「ゼラミアに会ったのか。まあいい。あいつはモスランダの長老を殺したぞ」

「何だと!」

 カリュスの言葉にフェルサは叫んだ。

「早くこれに乗るんだ。連れて行け」

 カリュスの命令でゼロラ人達がフェルサの腕や体を掴んで機械の円台へ運んだ。

「はなせ! 化け物!」

 フェルサが叫んだがゼロラ人の腕力にかなわなかった。

 地の門の円台に乗せようとした時、突然地響きがした。地の門がミシミシと音を立てて揺れた。

「今だ!」

 フェルサはゼロラ人達が力を緩めた隙に部屋を出て階段を駆け上がった。

「ラックが助けに来てくれたのか」

 フェルサが地上に出て見上げると黒い球状の物体が浮いていた。

「な、何だあれは!」

 フェルサは驚いた。

「ちっ」

 フェルサを追って来たカリュスが黒い物体を見上げて舌打ちした。

「カリュスですね。その子を放して下さい。姉には私から言っておきます」

 黒い物体から女の声が響いた。

 カリュスは「あの女、余計な真似を……」と呟き、

「わかりました。それではよろしくお願いします」

 と機体に向かって一礼して飛び去った。

「な、何だよ」

 フェルサが戸惑っていると、トトに乗ったラックが駆け付けた。

「あなた方も帰って下さい」

 再び女の声が響くと機体がスーッと消えた。

「消えた!」

 トトから降りたラックは驚いた。

「あれは光の反射を曲げているんだ。古い本に載っていた。昔、そうやって姿を消す飛行機があったって。まさか今でもあるなんて……」

「お前を追っていたらあれが飛んで来て様子を見ていたが凄いな。ずっと空に浮いたままだった。飛行機とは全然違うな」

 フェルサとラックは唖然と空を見上げた。


 その日の夕方、二人はグノンバルに着いてダダンに一部始終を話した。

「そうかゼロラ人がいたとは……大変だったな」

 ダダンは腕を組んだ。

「おじさん、お願いだ。ランマンを貸してくれ。モスランダでモハルダ様が殺されたんだ!」

 フェルサが焦って言うとダダンは「何だと長老が!」と大声で叫んだ。

「それなら俺がトトで連れて行くよ」

「いや、二人乗りだとトトが疲れて休む時間が必要だ。それよりもランマンで飛ばした方が少しでも早く着けるから」

 焦るフェルサの肩をダダンが軽く叩いた。

「お前、威勢がいいな。わかった。モスランダの長老は大事なお得意さんだからな。昨日教えてもらった場所からいい部品が手に入った事だし、礼を兼ねて表にあるヤツから好きな物を選んで乗って行きな!」

「ありがとう。おじさん」

「おい、フェルサ!」

 ラックの声を聞かずにフェルサは急いで工房を出た。

「おい、本気で行くのかよ」

「ああ、モスランダには俺が世話になった人が沢山いるから心配だ」

 フェルサはランマンの計器を調べながら言った。

「おい、フェルサ。こいつも持っていけ!」

 ダダンがゴーグルを投げた。

 フェルサはゴーグルを片手で掴んで「ありがとう!」とダダンに叫んだ。

「ラック、本当にありがとう。またどこかで会おう」

「俺もついて行くぜ」

「えっ?」

 フェルサが計器を調べる手を止めてラックを見た。

「だって青い鍵がまだ見つかってないだろ? あのカリュスって奴がお前をさらったって事はお前の近くに鍵があるって事だ。お前が知らなくてもお前が行くところに鍵がある。これ、盗賊の勘ってやつ」

 フェルサは笑って「その勘に頼るのもいいが、またカリュス達が現れても知らないからな」と答えてランマンの整備を続けた。

 ひと通り整備が終わって二人はダダンに礼を言って町を出た。

「みんな……無事でいてくれ」

 夜の砂漠をランマンで走りながらフェルサは呟いた。


 青白い部屋の壁かけの通信機が点滅した。

「お姉様、どうしてあの子をさらおうとしたのですか」

 通信機から女の声が響いた。

「お前に答える必要はない。よくも邪魔をしてくれたな。あんな小僧、いつでもここに連れて来てやるわ」

 椅子に座った黒い服の女が通信機に向かって言った。

「青い鍵ですか?」

「ああそうだ。お前の所にいる小娘があんな状態ではどうしようもないからな。今度邪魔したらお前だろうと殺す。覚えておけ!」

 女は冷たく言うと交信を切った。

 部屋がミシミシと音を立てて揺れた。

「目覚めの時が近いか……急がねば」

 女は目を閉じて呟いた。

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