空の門の聖女

 フェルサ達がグノンバルを出発して五日後、二人はモスランダの近くまで来ていた。

「おい、何か様子がおかしいぞ。この辺りはランマンの足跡がいっぱいだ」

 トトに乗ったラックが並んで話しかけた。フェルサは立ち止まって周りを見た。

「サイポスから外れた所から沢山のランマンの足跡が……まさか!」

 フェルサはゴーグルを着けてランマンを全力で走らせた。

「やっぱり盗賊か!」フェルサは舌打ちした。

 モスランダの入口で盗賊が騎士団と戦っていた。

「町が心配だ」

「フェルサ、入口は俺に任せろ。お前は町へ!」

「わかった」

 並走していたラックが上昇した。フェルサは剣を抜いた。

「どけっ!」

 ランマンに乗ったまま盗賊を切りつけた。

「モスランダは!」

 フェルサが立ち止まって訊くと騎士団の一人が「かなりの数の盗賊が入り込んだ。急いでくれ」と叫んだ。

「くそっ!」

 フェルサはランマンに乗ったまま階段を駆け下りた。

 長老の死の知らせを受けて盗賊達が強奪に来ていた。

 この時代、長老の死で混乱している町を狙って盗賊が襲撃していた。

 町では盗賊が暴れてあちこちの店を荒らしていた。

「おじさん!」

 フェルサが自宅に帰ると盗賊達が押し入ってロンデゴを踏みつけていた。

「お前ら!」

 フェルサは突進して盗賊が振り下ろした金属のこん棒をよけて剣を胸に突き刺した。そして隣の盗賊の首筋を切り裂いた。盗賊達が悲鳴を上げて倒れた。

「よくも!」フェルサは怒り叫んだ。

 残り二人も素早く胸や腹を突き刺して盗賊達を倒した。

「おじさん! しっかり」

 頭から血を流したロンデゴをフェルサが抱きかかえた。

「フェルサ……遅かったじゃないか」

「ごめん。勝手に飛び出して。しっかり!」

「俺は大丈夫だ。殴られて転んだだけだからな。レンディ様を守ってくれ」

 フェルサはロンデゴを寝室に寝かせて家を出た。

 外では盗賊達が暴れていた。

「この野郎!」

 フェルサは怒りに任せて盗賊達を倒しながら通りを進んだ。

「レッセル!」

 二人の盗賊と戦っているレッセルが見えた。フェルサは駆け付けて盗賊達の首を刺した。

「大丈夫か。おばさんは?」

「ありがとう。母ちゃんなら家の中で物凄い顔で構えているさ」

「ここは頼む。俺は長老の家に行く」

 フェルサはレッセルの肩を叩いて奥に走った。

 階段で盗賊を倒しながら屋敷の門に入った。

「ここまで来ていたか」

 庭で騎士団と見習いの子供達が盗賊と戦っていた。

「お~い、フェルサ。入口は何とか片付いた」

 トトに乗ったラックが降りて来た。

「そうか。ここは頼む。家に入る」

「はいよ!」

 ラックと別れてフェルサは長老の屋敷に入った。

 剣の交わる音が聞こえた。

 フェルサは階段を上がって長老の部屋に入った。コンファが盗賊達と戦っていた。

「遅いぞ」

 コンファが笑って言った。

「すまない!」

 フェルサは盗賊の腹を刺した。コンファは二人の盗賊を倒した。

 部屋が一旦静まり返った。

「ここはもういい。行くぞ、大事なお姫様の所へ」

 コンファが剣を担いで部屋を出た。

「盗賊のくせに」

 フェルサは倒れて呻いている盗賊の首を刺して後を追った。

 二人はスレンドルの部屋に入った。

 騎士団が盗賊を倒したばかりだった。

「フェルサか」

「はい。遅れました。あっ……」

 フェルサはスレンドルの右手の義手を見て言葉を失った。

「俺の事はいい。ここは大丈夫だ。コンファと一緒にレンディを助けてやってくれ。町の広場に行った」

「わかりました」

 フェルサとコンファは階段を駆け下りて屋敷を出た。

「フェルサ、こっちは片付いたぞ」

 ラックが庭でトトの首を撫でながら言った。

「おい、何だこいつは!」

 コンファは驚いた。

「こいつはラックで俺の友達。ラックが乗っているのはトト。まあ色々あってな。ラック、この人は騎士団のコンファだ」

「ああ、よろしく」

 ラックが軽く右手を振って答えた。

「面倒くさいガキが増えたか。まあいい。お姫様を助けに行くぞ」

 コンファは頭を掻きながら走った。

 フェルサ達はさっき来た通りと別の道を走り、盗賊達を倒しながら広場に出た。

「こ、これは……」

 コンファは立ち止まった。

 広場で騎士団や住民が数人倒れていた。

「あいつが親玉らしいな。俺が上から行く」

「頼む」

 フェルサが答えるとラックは上昇した。

 鎧を着た大柄な男がレンディと睨み合っていた。

「町での暴虐無人な行為、許さんぞ!」

「勇ましい姉ちゃんだな。殺さずに俺の女にしてやるよ」

「ふん。貴様の汚い手で抱かれる前にその首をはねてやるよ」

 レンディは男に突進した。男は大斧を振り下ろした。

 レンディはとっさによけて首を狙った。しかし男に剣を握られた。

「何!」

「この手袋は剣では切れないからな」

 男は剣を持ったまま斧を横に振った。

「くそっ」

 レンディは剣を放して斧をよけた。男はレンディを蹴り飛ばした。

「おらよ!」

 男が斧を振り下ろした。レンディがよけながら小刀を投げたが男の鎧がはじき返した。

「くそっ」

 レンディは舌打ちした。

「レンディ!」

 フェルサが叫んだ。

「フェルサ……助けは無用だ! 私が倒す!」

「おい! 何言ってるんだ」

「こいつは私の敵だ!」

 レンディはフェルサに叫ぶと立ち上がった。

「おお、勇ましいな。ますます欲しくなったぜ」

 男はレンディの剣を投げ捨ててにやけ顔で言った。

「ふん、でかい男は好きではないのでな」

 フェルサは空で待機しているラックに《待て》の合図をした。

「いくぞ」

 レンディは男に飛び掛かった。

「やれやれ捨て身の攻撃ってやつか」

「ふん。あいにく拳も強いのだよ」

 レンディは男の顔を殴った。

「くっ」

 男は鼻血を流してうずくまった。

「はあ!」

 レンディは顔に蹴り入れた。蹴りが顎に当たった男はのけぞった。

「とどめだ!」

 レンディは剣を手に取って男の顔面に突き刺した。

「死ぬ前に少しはいい男になったじゃないか」

 レンディはにやけて剣を抜いた。男はドサッと音を立てて倒れた。

「レンディ!」

 フェルサが駆け寄った。レンディは髪をかき分けた。

「遅いぞ! 勝手に飛び出してノコノコと!」

 厳しく言うレンディの口元が緩んだ。

「でもよかった。帰って来ると思っていた」

「悪かった」

 フェルサとレンディは握手を交わした。

「うわあああ!」

 トトに乗ったラックが叫んだ。

「あれは!」

 フェルサが叫んだ。

 黒い球状の機体がフェルサ達の上に現れた。

「何だあれは!」

 コンファが驚いて駆け付けた。

「前に俺達を助けてくれたやつだ」

 フェルサは機体を見上げた。

「フェルサ、そして仲間の皆さんもどうぞこちらに」

 機体から女の声がすると真下に丸い光が伸びた。

「どうするんだ」

 レンディがフェルサを見た。

「呼ばれたんだ。行くしかない」

 フェルサとラックとレンディとコンファは光に入った。


「何だよ、ここは!」

 ラックは驚いた。

 目の前に壁に囲まれた花畑が広がっていた。

「庭か?」「そうみたいです。どうなっているんだ」

 レンディとコンファが呟いた。

 花畑に座っていた女が振り向いた。三十代後半位の女だった。

「ようこそ、皆さん。私はシュア。この《空の門》の主です」

 水色のローブを着たシュアが微笑んで迎えた。

「あ、あの……フェルサです。この前は助けてくれてありがとう……ございました」

 フェルサは言葉を選びながら言った。

「いえ、カリュスから逃げられてよかったですね」

 シュアが穏やかな口調で話した。

「カリュスだと! お前はあいつらの仲間か」

 レンディが剣を抜いて怒鳴った。

 コンファが「隊長!」とレンディを諫めた。

「すみません。仲間という訳ではないのですが……少し話をさせて下さい」

 シュアは相変わらず穏やかな口調で話した。

「まあまあ、姉ちゃんさ。イキがってないでこの人の話を聞こうぜ」

 ラックが短剣を布で拭きながら明るく言った。

「姉ちゃんって……何だこの柄の悪いガキは」

 レンディは剣を鞘に納めながらラックを見て言った。

 フェルサは苦笑してレンディにいきさつを話した。

 それからフェルサ達はしばらくシュアと話をした。

「なるほどね。あんたの姉がギランクスという空に浮かぶ島で人間を滅ぼそうとしているという訳か」

 コンファが言うとシュアが頷いた。

「私も姉のデリミストもかつて人間が大きな戦いを起こした時から生きています。長い間、話し合ってきましたが残念ながら姉の決意は変わりませんでした。それにあの島を浮かばせている力の源であるカミラガロルの力が弱まって島が少しずつ降りているのです」

「カミラガロル? 何だそれは?」

 レンディが訊いた。

「元々ゼロラ人だったのですが、考えただけで物を動かせる力を持っていました。今は意識だけの存在となって島を浮かばせています」

「意識だけ? もう化け物じゃないか」

 コンファが驚いた。

「人間の奴隷として戦う事を嫌ったゼロラ人と一緒に私達はギランクスに逃げました。しかし人間達が私達やゼロラ人を島ごと消し去ろうとしたのです。それを救ったのがカミラガロルでした。彼は最後の力を振り絞って島を浮かせて守ってくれました」

 シュアの言葉に一同はしばらく黙った。

「けど、俺の村を……家族を殺したのはあいつらなんだろう? ゼラミアって奴が言っていたぞ。ボレダンを焼いたって」

「ゼラミア……お爺様を殺してお父様の右手を奪った女だ」

 フェルサとレンディの呟きに怒りが満ちた。

「カリュス、ゼラミア、ブリュバル……姉が作ったゼロラ人の上位種です。彼らは青い鍵を探しています」

「その青い鍵って一体何だよ」

 ラックが花畑に寝転がって訊いた。

「ギランクスのカミラガロルの部屋に入る為の鍵だそうです。姉が何度も部屋の扉を開こうとしたのですが開かなくて調べたところ地上のどこかに鍵がある事がわかりました。地の門がある場所を探したのですが駄目で盗賊を使って探しているようです」

「ボレダンが焼かれたのもそうか」

 フェルサが押し殺した口調で聴いた。

「姉はボレダンに鍵があると思って調べさせたのですが、見つからなくてギランクスの雷で焼いたそうです」

「その地の門っていうのは何だ」

 コンファが訊いた。

「フェルサはカリュスに連れられて見たと思いますがギランクスと各地を行き来する転送装置の事です」

「それじゃなぜ俺は狙われているんだ。ボレダンに鍵はなかったんだろ?」

 フェルサの言葉にシュアの表情が曇った。

「フェルサ……あなたにはまた辛い思いをさせてしまいますがどうか受け入れて下さい。こちらへどうぞ」

 シュアが一行を隣の部屋に案内した。

 部屋の扉が開いた。

「……!」

 フェルサは驚きのあまり言葉が出なかった。

 目の前に体が透けた少女が座ってこちらを見ていた。

「シャルマ……なのか」

 恐る恐る名前を口に出すフェルサに少女はキョトンとしたままフェルサ達を見ていた。

「シャルマ! シャルマだろ!」

 フェルサは少女に駆け寄った。

「あなたは誰?」

 少女の怯えた表情にフェルサはハッと我に返った。

「そうだ。シャルマは死んだんだ。あの時に……」

「フェルサ……シャルマはあの時、あなたのお父様の手で地の門からここに送られて来ました。しかし何らかの原因でシャルマの意識だけが送られて来たのです。おそらく村を焼かれて地の門が破壊される寸前に送られたのでしょう。あのワックルの力で何とかこの姿まで復元できました」

 シュアは宙に浮いているドーナツ型の機械を指差した。ワックルが赤く点滅した。

「保守用の自動で動く機械だな。飛んではいなかったが似たやつがテスジェペの研究所にあったな」

 ラックが呟いた。

「こんな……こんな姿になる位ならどうして復元したんだ!」

 フェルサがシュアに怒鳴った。

「確かに残酷すぎる。あれでは先程聞いた意識だけのカミラガロルと大して変わらん。肉体を失って年を取らずにあの少女の姿で生きているのだからな。それにあの体では外に出られない。あまりにも悪趣味だ。目的は何だ。人質のつもりか」

 レンディが目を伏せて呟いた。

「怒るのは当然です。確かにあの意識だけの状態では外に出られません。ですが今となっては青い鍵を知る手がかりはフェルサとシャルマだけなのです」

「だから何だよ、その鍵ってのは! 俺は知らないんだ」

 フェルサは苛立ってシュアを睨んだ。

「何かを思い出したから一人でボレダンへ行ったのではないですか」

 シュアが穏やかな表情で訊いた。フェルサはうつむいた。

「確かに父ちゃんが青い鍵の模様の服を着ていたのを思い出して行けば何かあるんじゃないかと思った。それだけだ」

「あなたのお父様は長老と地の門に関わる仕事をされていたそうです。シャルマに話を聞きました。意識だけの状態でも記憶がはっきりと残っているようです」

「ボレダンであんな機械は見た事がなかった。俺が知らなかっただけか」

 シュアとフェルサが話している間、シャルマがフェルサの顔をぼんやりと見た。

「お、お兄ちゃん……」

「えっ?」

 フェルサはシャルマを見た。シャルマが微笑んだ。

「お兄ちゃん、生きていたんだ」

「俺の事、覚えていたのか」

「顔が変わってわからなかったけど声を聞いて……そう良かった。あの時……」

 シャルマの表情がこわばった。

「どうしたんだ!」

 フェルサが叫んだ。

「あの時、お父さんに長老の家に連れて行かれて青く光る機械に突き飛ばされて……」

 フェルサはシャルマの言葉に頷きながら涙を流した。

「あの時……私が消えそうになった時にお父さんが私に何かを投げたの……青い何かを」

「まさかそれは……」

 シュアが呟いた。

「怖かった……お兄ちゃん。すごく怖かった」

 シャルマは泣きそうな顔で言った。

「いいよ。泣いていいから。俺はずっと一緒にいるから」

 シャルマの前でフェルサは泣き崩れた。

 フェルサを残してシュア達は花畑の部屋に戻った。

「それで俺たちに何をして欲しいんだ」

 コンファはため息をついてシュアに訊いた。

「姉はフェルサを狙って来ます。ですから守って欲しいのです」

「守ると言っても相手は化け物だぞ。剣も効かない。ゼラミアはたまたま傷を負わせたが次はうまくいかないだろう」

 花畑に座ったレンディもため息をついた。

「それで提案ですが、テスジェペで彼らに勝つ為の武器を作ってもらってはいかがでしょうか?」

 ラックは思わず「えっ!」と叫んだ。

「テスジェペって隣の大陸だろ? 行ったとしても強力な武器が出来るのか」

「テスジェペには古い時代から伝わる技術が数多く残されています。皆さんがお持ちの武器もその技術を流用したものです。テスジェペの長老に頼めば助けてくれるかも知れません。空の門でお連れします」

「なあ、教えてくれ。どうしてこいつは飛べるんだ? 飛んだら昔の戦争で空に撒かれた磁力兵器の残骸のせいで機械がいかれちまうんじゃないのか」

 ラックが訊くとシュアは薄く微笑んだ。

「空の門は機体の表面に磁力を防ぐ粒子を着けているのです。だから磁力が渦巻く空でも飛べるのですよ」

 ラックは「なるほどね」と頷いて答えた。

 レンディは少し考えてコンファを見た。

「コンファ、すまないがお前がフェルサを守ってくれ。今はまだ町が心配だ。また盗賊が襲って来るかも知れない。新しい長老の娘として町を守らなければならない」

「そうですね。任せてください」

 コンファが答えるとレンディは立ち上がった。

「シュア殿。残念ながら私はあなたを全て信用している訳ではない。しかしフェルサとシャルマを助けてくれた事に不純な思惑がないと信じたい。ここにいる者達に誓えるか」

 レンディは固い表情でシュアに訊いた。

「レンディさん。あなたは若いのに気高い方ですね。私の命に代えてでも皆さんと共にフェルサとシャルマを守る事を誓います」

「そうか。それを聞いて安心した。無礼を許されよ。私は降りるがみんな、フェルサを頼んだぞ」

 レンディは微笑んで言うと部屋を出て行った。

「全く……お堅い姉ちゃんだな。フェルサを好きだってバレているのによ」

「そう言うなよ。じゃあ俺達も旅の支度をするか」

 ラックとコンファも部屋を出て行った。

 その後、シュアから話を聞いたフェルサも降りて自宅に戻った。

「おじさん、そういう事だから行ってくるよ」

「ああ、俺は大丈夫だからシャルマをしっかり守れよ」

 フェルサはベッドで横になっているロンデゴに「じゃあ」と家を出た。

 旅の支度を済ませた一行が空の門に戻った。

「急に賑やかになりましたね」

 シュアが微笑んだ。

「お前、何でトトを中に連れて来たんだよ。でかくて邪魔だろ」

 空の門に戻ったフェルサはトトを指差してラックに訊いた。

「こいつだけ飛んでいたら敵に見つかるだろ。じゃあお前はこのランマンをどうするんだよ」

「これは着いたら使えるからな。新品だからもっと整備したいし」

 フェルサとラックが口論しているのを見てコンファは「緊張感がないな」と呆れた。

 そばに立っていたトトがコンファの肩をくちばしでつついた。

 一行はゾルサムでベリフとチャミを乗せた。

「レンディとテルステで話した時は意味がわからなかったけどこれは凄いな。長老が勉強の為にテスジェペに行けってさ」

「フェルサよろしくね。私がレンディ姉様の代わりに鍛えてあげるから」

 こうして一行を乗せた空の門は海を渡りテスジェペに到着した。

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