レンディの怒り
「まだフェルサは帰っていないのか」
ロンデゴの店を訪ねたレンディはうつむいた。
「ボレダンへ行くと手紙を残してそれっきりです。しかも急にいなくなったので心配です」
「あいつなら大丈夫だろう。帰って来たら私の分も一緒にぶん殴ってくれ」
レンディが笑って言うとロンデゴは「わかりました」と笑った。
「何だあれは?」「人か?」
通りにいた人々が騒がしくなった。
レンディは「騒がしいな」と空を見た。
光る翼を広げた黒い鎧の人影が長老の屋敷に飛んで行った。
「あれは!」
レンディは思わず叫んだ。
「みんな、急いで家の中に入れ!」
レンディは叫びながら屋敷へ走った。
屋敷に続く階段を上り玄関の扉を開いた。
「うわあああ!」
父のスレンドルの悲鳴が聞こえた。
「お父様!」
部屋に飛び込むとスレンドルが右腕を押さえていた。その横でモハルダがうつぶせに倒れていた。
「お爺様!」
モハルダの体から流れた血で床が赤く染まった。
「あら、あなた、この家の人?」
ゼラミアがレンディの背中に剣先を突っついて訊いた。
レンディは一呼吸置いた。
「何者だ! カリュスの仲間か」
レンディが低い声で訊いた。
「あら、カリュスって有名なのね。私はゼラミアよ」
「何の真似だ」
レンディはゼラミアに背を向けたまま訊いた。
「青い鍵の在処を知りたくてね。ここにあるんじゃない?」
ゼラミアが話している途中でレンディが剣を抜いて振り向いた。
「あったとしたら何だ。お前に渡すとでも思ったのか」
レンディが剣を斜め下から振り上げた。ゼラミアが軽くよけた。
部屋にコンファが入って来た。
「これは! 隊長、そいつは俺に任せて早く長老とスレンドル殿を!」
コンファが大剣を抜いてゼラミアの背後から突き刺そうとした。
ゼラミアはかわした。
「何よ。そんな無骨な武器で私を切れると思っているの?」
ゼラミアは赤い目を細めて言った。
「言ってくれるな。化け物!」
コンファとゼラミアが戦っている間にレンディがモハルダの元へ駆け寄った。
「お爺様!」
レンディはモハルダを抱きかかえた。モハルダの腹から血が流れていた。
「私の事はいい……それよりあいつを早く倒すのだ……」
モハルダは息を切らしながら弱弱しく言って気を失った。
「レンディ、とにかくあいつを家から追い出してくれ。うっ!」
そばでしゃがんでいたスレンドルも弱弱しい口調で言った。
スレンドルの右ひじから下が切断されて大量の血が流れていた。
「お父様、しっかり! いやあああ!」
レンディは叫んで剣を持った。
「よくも、よくも!」
コンファと戦っているゼラミアにレンディは切りかかった。
ゼラミアは身軽に二人の攻撃をよけた。
「あら、血まみれのお嬢様。素敵じゃない」
「この化け物。その減らず口をこの剣で貫いてやる!」
レンディはゼラミアの顔に剣を向けた。ゼラミアは軽くよけた。
「へん。よけるしか芸がないのか。この化け物は」
コンファは大剣を音を立てて横に振った。
ゼラミアが掌で剣を受けた。
「何だと!」コンファは叫んだ。
「馬鹿なの? 私の肌はこんな安物の剣じゃ傷ひとつ付けられないのよ」
「肌が駄目なら」
ゼラミアの動きが止まった途端、レンディはゼラミアの顔を突き刺した。
「ぎゃあああ!」
左目に剣が刺さったゼラミアが悲鳴を上げた。
「お前、よくも私の顔に!」
「次は右目だ、この化け物が!」
血だらけの顔で睨むゼラミアにレンディが剣を構えた。
ガシャン!
窓ガラスが割れて黒い鎧の男が二人の間に立った。
「お前はカリュス!」
睨みつけるレンディを見てカリュスはにやりと笑った。
「ゼラミア、ここには鍵はなさそうだ。帰るぞ!」
「私は、私はああああ!」
錯乱したゼラミアが当たり構わず剣を振り回したがカリュスに頭を叩かれて気を失った。
「次はお前か!」
レンディが剣を構えて叫んだ。
「そんな事より家族の心配をしたらどうだ。邪魔したな」
ゼラミアを抱えたカリュスは黒い翼を広げて壊れた窓から飛び出した。
「ふん、作り物の光る翼を持った馬鹿が余計な真似を」
カリュスは抱きかかえたゼラミアを見て鼻で笑いながら呟いた。うなだれたゼラミアが拳を握りしめた。
その後、医者が屋敷に駆けつけたがモハルダは手当ての甲斐なく亡くなり、スレンドルは右手を失う重症を負った。
三日後に長老の葬儀が行われゾルサムからバリンツとベリフとチャミが自警団を連れて参列した。
「何も手助けできなくてすまなかった」
「いや、来てくれてありがとう」
屋敷でバリンツとスレンドルは酒を酌み交わしながら話をした。
「レンディのおかげで私は助かった。あの場で冷静にいられたのはわが娘ながら感心したよ。俺は長老をやられて怒りに任せた結果がこのざまだ」
スレンドルはため息をついた。
「レンディは本当に素晴らしい騎士になったな。良い後継ぎになるだろう」
「ありがとう」
二人は共に思い出話をしながら過ごした。
「何だ。フェルサはいないのか」
屋敷の庭でベリフはがっかりした表情で言った。コンファは笑って、
「ああ見えてあいつも色々考えているからな。長老の葬儀が終わったらボレダンに探しに行くつもりだ」
と答えた。
「そうか……あいつ何をやっているのだろう」
ベリフは星空を見上げた。
「姉様、大丈夫?」
自分の部屋で木製の椅子に座っているレンディにチャミが話しかけた。
「ああ、大丈夫だ。来てくれてありがとう」
「いえ。姉様の悲しい気持ち、お察し致します」
チャミは無造作に置いてある血の染みが残ったレンディの服を見て拳を強く握りしめた。
「私、許しませんから! ゼラミアを見つけたら必ず仇を取って差し上げます!」
チャミが力を込めて言った。
「ありがとう。その時は一緒に仇を取ろうな。もちろん、とどめは私が……」
遠い目で微笑みながらレンディはひじ掛けを握りしめた。
翌日、喪が明けて町にいつもの活気が戻った。
レンディは庭で黙々と剣を振り続けた。
その様子を二階の会議室の窓からバリンツとスレンドルが眺めていた。
「大丈夫か。レンディは」
「ああやって気持ちを鎮めているのだ。きっとゼラミアの姿を思い出しながら戦い方を考えているのだろう」
二人が話していると「失礼します」と騎士団が入ってきて打ち合わせが始まった。
「お爺様。私、もっと強くなります。必ず仇を取ります」
落ちて来た枯れ葉をレンディは微かな音と共に切り裂いた。
「必ず!」
レンディは剣を空に向けて振り上げた。
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