22 trail

scripter:


 あるホテルの一室に、私たちはたどり着く。そして拳銃を取り出した。そして、陽子がドアを開けて、突入する。私も、コンシェルジュだった明穂さんも、銃を抱えて一緒に入っていく。

 けれどそこには、相変わらず誰もいなかった。その様子を見て、陽子がつぶやく。

陽子「また逃げたか、ひとたらし」

 ホテルのその中には、確かに人がいた形跡は残っている。ベッドのシーツはわずかに歪んで、洗面台の使い切りの歯ブラシも利用されてはいた。だが、それだけだった。

明穂「未冷様」

 私はお姉さんに呼ばれる。彼女の前にあるテーブルの上には、手紙が残されていた。お姉さんは言った。

明穂「脚本家様ミスター・スクリプターのサインですね」

 私はそれを開く。中には、ただこれだけが書かれていた。

『先生へ。ここでできることはすべてしたよ』

 そして、現地の香水が置かれている。

 私がためいきをつくなか、陽子がその中身を見て言った。

陽子「ジョン・ポール気取りも相変わらずか」

 私は陽子へ訊ねる。

未冷先生「やっぱり黒沢さんから作戦が漏れている?」

 陽子は頷いた。

陽子「でしょうね。彼女がおそらく、ひとたらしに任務を与えてきた。神託オラクルのように」

 私は俯く。

未冷先生「それならどうして、私たちに彼を追う任務なんか……」

 お姉さんが答える。

明穂「黒沢様は未冷様に、世界を見せてあげたいからなんじゃないですか」

 私は微笑む。

未冷先生「教え子のいない世界を?」

 お姉さんは首を振る。

明穂「教え子のえがき直した世界を、ですよ」

 私はホテルの窓から、下を見下ろす。そこは大量の銃弾、崩れた建物が溢れていた。けれど、そこには確かに人々が集まり、希望に満ち溢れた表情で国旗を思い思いの場所に立てかけ、そして思い思いの商品を並べ、売り買いしている。お姉さんは私の横に立ち、その外の景色を見つめながら言った。

明穂「あなたの教え子だった彼がここに訪れたからこそ、ここも再生へと向かいつつある」

 陽子も窓の外の世界を見つめる。そしてつぶやいた。

陽子「この星は、あのひとたらしの力でこうして変わってしまった。先進国はますます貧困を解消させ、犯罪率は信じられないほど下がった。こういった発展途上国は独裁国家との戦争の果てに、ついに平和を勝ち取った」

 私はつぶやく。

未冷先生「狂ってる」

 陽子は肩をすくめる。

陽子「あなたと同じくらいには」

 私は驚いて陽子へと振り返る。そんな様子を見て陽子は笑う。

陽子「先生だったあなたの願いを、彼は継いだ。脚本家スクリプターという名前とともに。こうして、私たちの事業の真の役目も、連合国軍最高司令官総司令部GHQの役目も、終わらせてしまった」

 私は拳を握りしめる。

未冷先生「ええ、私たちが一番望まない形で、彼はそれを叶えてみせた。だからここもやがて、新たな戦争が始まるでしょう」

 お姉さんは俯く。

明穂「内部分裂ですね」

 私は頷く。そして言った。

未冷先生「武力による闘争はなくせる。民主主義の行動は、現地の先生たちによって始められる。けれど、互いにいがみあうことを誰も止められない。彼なしでは……」

 陽子はため息をつく。

陽子「あいつ、自分にできたことは誰にでもできるって思ってそうだからね……」

 そして陽子は告げた。

陽子「彼は、どこにでもいそうな奴。なのに、助けに現れる。誰とでも仲良く、一緒に仕事をしていく。みんなその姿を見て、自分もそうなれるかもしれないとがんばれる。それがあいつがあれから偶発的に獲得した、真の才能。人類を次のステージへ引っ張り上げる象徴。主人公としての、学び生きる、教え子としての、才能。でも、答えだけを残して消えるから、誰も彼のところに辿り着けない」

 私は手紙を、そして香水を抱きしめる。そして、スマートフォンを取り出した。お姉さんは首を傾げる。

明穂「どうされるのですか?」

 私は答えた。今は平和なこの世界を見つめながら。

未冷先生「教え子の任務を、終わらせる」

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